心を持った
のぶなが
心を持った
最近この辺りは雨期に入り、それらしく土砂降りが数日続いていた。しかしそれにしては珍しく今日は晴れている。
私は、雫が落ちる木々の隙間を縫い、小川にかかった丸太を渡り、きらきら光る蜘蛛の巣を潜り抜けて、町へ繰り出した。
この町はとても平和だ。ソラキくんは戦争中の国だって言っていたけれど、この町だけそんな戦争のある世界から切り取られたように平和だった。
小さな町だが、緑に囲まれて、近くに大きな河が流れ、貧しいながらも幸せに暮らす人々が住んでいる。
町の中心部にある商店街で、私は果物がたくさん並んだ店の前に足を止めた。
「おばさん、おすすめは何ですか?」
「あらお嬢ちゃん、いらっしゃい。もうすぐ旬が終わるから、レモンなんておすすめよ」
「じゃあ、それください。二つ!」
もちろん、私とソラキくんの分だ。
私はソラキくんからもらったコインと引き換えに、レモンを受け取った。
「まいどあり! あ、そうそうお嬢ちゃん」
「なんですか?」
おばさんが口元に手を添えたのに合わせて、私は耳を寄せた。
「最近この辺りを政府軍が見回っているらしいわ。なんでも、政府の脱走者を探しているんですって。何するかわからないわ、お嬢ちゃんも気をつけなさいな」
脱走者。面白い話を聞いた。帰ってソラキくんに話してあげようっと。
「ありがとうおばさん。気をつけます」
「いい子だね。じゃ、またいらっしゃい」
「はい!」
私、いい子か。そっか! ソラキくんにも褒められるといいな。おつかい、ちゃんと出来たから。
私はその場を後にする。おつかいは完了したから、寄り道せずに帰らないと。
パアン、と乾いた音が鳴る。
私にはそれが何の音なのかわからなかった。でも、さっきまでさえずっていた小鳥たちが一斉に押し黙ったから、何か良くいことが起きたと察した。
少し不安になって森を見上げていると、目の前に大きな影が映る。見上げると背の高い男の人だった。
「……迷子か?」
「え? 違います」
「そうか、気をつけて帰りたまえ」
「は、はい」
聞き慣れない喋り方にどぎまぎしつつ、私はその人を避けた。
私はレモンを入れたカゴを前に抱くと、森へ向かって走り出す。
後ろの方で、女の人の金切り声が聞こえ、またパアンと乾いた音が鳴った。
「……ソラキくんのところに帰らないと」
私は来た時とは別の道を帰っている気分だった。
蜘蛛の巣には大きな蜘蛛が乗っかっていて怖かったし、小川の水嵩が心なしか増え、勢いも増しているようだったし、木々から降ってくる雫は針のようだったし。
それでも何とか家に向かって走った。
二回滑って転んだ。靴も服も泥まみれだ。
帰り着く頃にはまた雨が降り出して、私はびしょ濡れ泥だらけの姿で家の扉を開けた。
「お帰りー、さっちゃん……ってうわあ! もしかして雨降りだしちゃった? 早く乾かそう!」
「ソラキ、くん、私、あの、あの」
息を切らしてカゴを差し出す。ソラキくんは慌ててタオルを持って来たが、にこりと笑ってカゴを受け取ってくれた。
「おつかい、ちゃんと出来たんだね。何買ってきてくれたの?」
私の頭にタオルをかけてくれながらそう言った。
「レモンだよ」
「レモンか。レモンかぁ……確かに果物を買ってきてと言ったのは俺だけど……」
成果がこれだけとはしょっぱいなあ、とソラキくんは困ったように笑う。
「ソラキくん、レモンはしょっぱくないよ?」
私がそう言うと、彼は一瞬意を汲めなくてきょとんとした。しかしすぐに、
「あはは、そうだね」
と軽快に笑った。
ソラキくんが笑うと、不思議な感じがする。何だか、気持ちよくて、温かくて、まるでお日様に当てた布団に飛び込んだみたいな。
「服も着替えた方がいいね。泥だらけだし」
「うん。着替えてくるね」
脱衣所に入ってから、私はふとあの店のおばさんが話してくれたことを思い出した。
ソラキくんに聞こえるよう少し大きな声で話す。
「そうそう、あのね、ソラキくん。最近政府軍の人がこの辺りを見回ってるんだって、脱走者を見つけるためみたい」
何も応えないソラキくんを変に思って、私は脱衣所から顔だけ覗かせた。
ソラキくんの表情はまるで氷だった。冷たく、悲しげに、どこか思いつめたような、でも口元は少し緩んでいる……まるで何かを諦めたように。
着替えを終えた私は、恐る恐る彼に近づく。
「ソラキ、くん?」
「おいで、さっちゃん」
私は言われるがままソラキくんの腕の中に収まる。ソラキくんの脈拍はいつもより早く、呼吸もし辛そうだった。
私より頭三つ分程背の高いソラキくん。
私は彼のことをほとんど知らない。いや、彼のことだけじゃない。
私は私のことさえ、いつも曖昧だ。
「ねえ、さっちゃん」
「ん」
「約束してほしいことがある」
そう言ってソラキくんは、いつもは絶対に入れてくれないラボに私を連れて行った。
ラボは、この家の質素な作りに似合わない、近未来的な煌々と光る四角い板が何枚も置いてあり、まるで新しい家に来たみたいだった。
「ラボの暗証番号は、〇五一六だ。でも、必要な時にしか絶対に入っちゃいけない」
ソラキくんは有無を言わせない雰囲気で私の手を離さなかった。
「この部屋の本棚、よく見てみて」
「……? あ、ここ」
「そう、そこは隠し扉になってる。その奥に秘密の宝箱があるんだ」
秘密の宝箱。そう聞いて私は、昨日居間の本棚からとって読んだ「パンドラの箱」のお話を思い出した。
「それって、開けていいの?」
「さっちゃんが、どうしても開けなきゃいけないって思ったら開けて」
「……」
私に任せる、のか。それは私にとって、とてもとても怖いことだった。
間違えたらどうしよう、タイミングを間違えたら……怒られるのかな。
「あのね、さっちゃん。いや、サツキ。俺は、その箱を君に開けさせないためにいるんだ」
「それ、どういう……」
ソラキくんは言いかけた私の口に人差し指を添えて、いつものように笑った。
その夜、私は不思議な体験をした。
私は大きなガラスのようなものを隔てて外を見ている。ガラスのこちら側には水のようなもので埋められていたが、不思議と息苦しくはなかった。
何かを思うこともなく、ガラスの外から視線を外すこともなく、ただただ外を見ている。
忙しそうに歩き回る白衣の人々。ときどきやってくる偉そうなおじさん。その中でも、一際目を引く人がいた。
ミディアムヘアを後ろで引っ詰めた、私より頭三つ分程背の高い青年。
瞬間、ガラスの外に人影が一つも見えなくなる。
私は黙ってそれを見ている。
しばらくすると、視界の右端から青年がやってきた。
青年が私の足元の光る板に触れてから少しして、ガラスの中を埋めていた水のようなものが減っていく。
だんだんと液体が私の腰のあたりまでになり、私は立っていられなくなった。そのまま液体に身を任せるように座り込んでいく。
完全に液体がなくなると、青年はガラスを開けてくれた。
ガラスの向こうは明るい世界だった。
青年は力の入らない私を抱きかかえると、
「よし、行こうか」
そう言って、見慣れた笑顔を浮かべた。
次の日の朝、起きたときには隣のベッドのソラキくんはもういなかった。
さっきまでのは何だったんだろう。
どうして私はガラスの中にいたんだろう。
上半身を起こすと、目から何かが溢れて頬を伝った。
「さっちゃん、起きた?」
「ソラキくん」
何だろうこれ、と私は頬を伝うものを指差してみせる。
「……それはね」
ソラキくんは少し悲しげに言った。
「それは、涙だよ」
「なみだ?」
「何か悲しいことでも思い出した?」
ソラキくんは私のベッドの淵に座って、その涙を拭ってくれた。
「あの、ソラキくん。昨日の夜、私をガラスの中に入れた?」
「入れてないよ」
どうして、と問いかけた彼に、私は食い気味に話し出す。
「昨日の夜、ラボみたいな場所でガラスの中にいたの。ガラスの中は液体が詰まってて、でも息苦しくはなかったよ。そしたら、誰かがそのガラスを開けてくれて、私を外に連れ出してくれたのよ」
ソラキくんは目を丸くして、それから優しく微笑んだ。
「そっか。それはさっちゃんにとって悲しいことかな?」
「……わからない」
「まあ、うん……今はまだわからなくていい。さ、食事の準備が出来てるよ、朝ごはんにしよう」
「はい」
私は腑に落ちなかったが、それでもいいと思った。だってソラキくんがそう言ったから。
ソラキくんに続いて居間に行く。きっと今日もいつものように平和だと思っていた――その時までは。
唐突に、それこそノックもなしに玄関扉が開く。入ってきたのは、立派な軍服を着た男の人だった。
「久しいな、ソラキ博士。どこに隠れたかと思えば、こんな辺鄙な森に潜んでやがったか」
「……政府の犬がうろついてるって聞いたけど、まさかウォルバ閣下直々にお出ましとはなあ」
ソラキくんの声色は、いつもと全然違った。緊張感を帯び、さらには嫌悪まで滲んでいた。
「んん、なんだそのガキは……ああそういえば、昨日町で会ったな」
そうだ、よく見たら昨日迷子かどうか聞いてきた男の人だ。でも、どうしてその人がソラキくんと……?
「ソラキく」
「黙ってろ!」
初めて飛んできた大声に、私は思った以上に恐怖を感じた。
「おーおー可哀想に、どうせ何にも知らない子どもを人質にでも取ったんだろ? 町の奴らはどうもお前について口が堅くてなあ。まるで弱みでも握られてるかのように」
「人質? そんなわけないだろ。慈善事業の賜物と言ってくれないか」
ソラキくんの言葉なんて構いもせず、その人は続ける。
「そういや果物売りの旦那は死んでも口を割らなかったらしいなあ。ギャーギャー喚いた奥方と一緒に今頃天国だろうよ」
「え」
今、何て言ったのだろうか? 果物売りのおじさんとおばさんの話?
「ま、そんな二人の痛々しい努力も、目の前で人が死んでビビった奴のせいで無駄になったわけだけども」
「はっ、人が死んでビビらない奴なんているのかよ」
「その言葉、二年前の自分自身に言いな」
彼は吐き捨てるように続けた。
「現地の戦争も知らないのに、よく人の死を見て平気で笑っていられるよなあ、ソラキ博士?」
「ねえ、どういう――」
「黙ってろと言っただろう」
ソラキくんは押し殺すように絞り出すと、男の人を見据える。
「お前の望みは何だ」
「おお、流石天才博士だ、物分かりがよくて嬉しい」
「さっさと言えよ」
「お前が持ち逃げした殺戮兵器『メイ』だ。ネーミングセンスの欠片もない、五月に完成するから『メイ』なんてな」
五月に完成するから、メイ。
それはどこか懐かしいフレーズに似ていた。
「もちろん、タダでとは言わない。逃げ出したことをチャラにして、兵役も免除してやろう。これから先二度と、政府の軍事には関与しなくていいように計らってやるよ」
ニタニタと笑うそいつの提案はよくないと直感した。ソラキくん、信じちゃダメ、そいつは絶対あなたを裏切る――!
「――メンテナンスの時間が欲しい」
「いいだろう。明日また来る。それまでに用意しとくんだな」
そう言うと彼は、乱暴に扉を閉めて出て行った。勝利の凱旋を謳うかのような彼の笑い声が、家の中までも聞こえてくる。
「……ねえ、ソラキくん。どうして私の名前って、サツキなんだっけ」
「……五月に生まれたからだよ」
ごめん。
消え入りそうな声でそう言うと、ソラキくんは崩れる。
嗚咽を噛み砕いて、目をぎゅっと瞑って、ソラキくんは泣いた。
私はそんなソラキくんに、どうしてあげたらいいのかわからなくて、ふと朝食の用意されたテーブルを見た。
私の席には、小さなケーキがあり、ろうそくが一本立っていた。
それは雨季に入って少しした頃。
あの日から、今日で一年が経つ。
「おはよう、気分はどう?」
「……あなたは誰?」
私は身を起こさずに、ベッドの傍らに座った青年を見上げる。
「俺はソラキ。君は?」
「私……?」
「やっぱりか。無理もない、君は記憶喪失なんだ。記憶がなくなっちゃってるんだよ」
「きおく、が?」
「そう、ちなみに君の名前は――」
五月に生まれたから、サツキ。
あれがソラキくんとのファーストコンタクトだと思っていたけれど、どうやら違ったみたい。
私の名前はサツキ。ソラキくんに記憶喪失だと言われてから、ずっとそれを信じてきた。
でもよくよく考えたらおかしな話だ。
どうしてソラキくんは私の名前を知っていたのか。
どうして私に血の繋がった家族らしき人がいないのか。
……私を名付けたのがソラキくんだとしたら?
……私を生み出したのがソラキくんだとしたら?
疑問を覆って見えなくしていたヴェールが剥がれるのと、その疑問の解が現れるのはほとんど同時だった。
泣き止んだソラキくんは、遠くを見つめながら言った。
「……君はアンドロイドだ。俺が作った、人を殺すための兵器なんだ」
ほら、証明完了。
「でも、私、誰も殺せないし、殺したこともないよ」
「うん、それは君が未完成だからだ。昨日話した秘密の箱、あの中に君を兵器として完成させるデータが入っている」
そうか、だからソラキくんは、私に任せると言ったのか。
「君は感情のないただのロボット兵器になるはずだった。でも、開発途中でバグが見つかったんだ」
「バグ?」
感情だよ、とソラキくんは少し嬉しそうに答える。
「決めてたんだ。感情を持つロボットを作ることができたら、その子を連れて逃げようって。感情を持って人を殺すことが、どれだけ辛いことか、俺は知ってるから」
それで私を連れて逃げ出したのか。
「君と過ごしてる間、とても楽しかった。家族が出来たみたいだったんだ。俺、親に捨てられて、孤児院で暮らしてたから」
頭がよかったから、政府に拾われたんだ、今は苦い思い出だよ。
初めて私に過去を語ってみせるソラキくんは、どこかやりきれないように笑った。
「あの、ウォルバって人は……」
「あの人は知らないだけだ。人が死んで平気なわけがないじゃないか……政府にいたときは、そう見えるほどに心が死んでいたんだ」
こころ。こころ、か。それは私も持っているのかな。
「さっちゃん、今まで騙しててごめん」
「……」
私は思ったより冷静だった。受け入れて飲み込むことが、楽に出来た。それは、私がロボットだから?
「ソラキくん」
まただ、今朝と同じ。
瞬きの度に水分が溢れては頬を流れていく。
「私は、ソラキくんと一緒じゃなかったんだね、人じゃなかったんだね」
「……ごめん」
「ううん、なんだかしっくりきちゃった。それにね」
ソラキくんとこの一年間過ごしてきたことは、紛れもない事実で。
「私がロボットで、例えこの気持ちがバグでも、私は今存在してるでしょう? 生み出してくれて、ありがとう。ソラキくんに会えて、私は嬉しいよ」
「さっちゃん」
ソラキくんは、泣き笑いしながら私を引き寄せて抱き締めた。
ねえ、ソラキくん。私に考えがあるの。
この世に生まれたものに、永久不滅なんてありえない。それは人もロボットも一緒だよね。
私はソラキくんとずっと一緒にいたい。
それがもし叶わない願いでも、私は願わずにいられない。ソラキくんの隣で、ずっと二人で、静かに暮らしたい。
私はその夜、パンドラの箱を開けた。
中には宝石のように光る小さなチップが入っていて、その裏に「右の奥歯」とあり、挿入口は意外と簡単にわかった。
特に何も変化はなかったので、そのまま寝室に向かう。
ソラキくんは私の隣のベッドで眠っている。私がソラキくんの頬を優しく撫でると、少しくすぐったそうに首を傾けた。
かわいいなあ。
私はふと自分の顔に触れた。緩んでいる。ああ、笑ってるのか。
私もソラキくんみたいに笑えるんだなあ。
明け方、私は家を出た。
「ソラキくん、待っててね」
今まで守ってくれてありがとう。今度は私が守るから。
警報が響く。
「緊急発令! 緊急発令! 少女型兵器が本部を襲撃している模様!」
「くそっ裏切者めが!」
「いかがしますか、閣下」
「迎撃しろ! 何としても殺せ!」
「殺せるの?」
私は彼に負ぶさるような状態で首筋にナイフを当て、にこりと笑った。ウォルバは硬直し、部下たちは驚いて銃を取り落とした。
音もなく、空気すら変えず、誰も気づかぬうちに、私は彼の背後に回って、それこそ羽根のようにふわりと飛びついたのだ。
ウォルバは必死にナイフから逃れようと、カメのように首を反らしている。
私の目の前にはいつもと違う光景が広がる。まさに電子ゴーグルを通して世界を見ている感覚。敵の脈拍、弱点、行動パターンまでもが瞬時にわかるのだ。
すごい、すごい、すごい!
これなら誰が敵でも相手じゃない!
「あはは!」
私は無邪気に笑い、容赦なく喉を掻き切る。倒れこんだウォルバは、掠れた悲鳴を漏らしながらしばらく出血部分を抑えていたが、やがて動かなくなった。
「次はどなた?」
そう言うが早いか、私は次の獲物を目掛けてナイフを突き立てた。
頭のいい兵士が数人、やっとの思いで逃げ出し、勇敢な兵士が数人、私を目掛けて銃弾を飛ばす。
面白い、もっと抵抗しなさいよ。
もっと、もっと、もっと――殺し足りない!
「楽しい!」
自然とそう口から溢れた。
銃弾を軽く躱し、武器を手にしている奴を優先的に攻撃する。切って刺して避けて、を繰り返すうち、部屋の足場はだんだん悪くなる。物が壊れ、人が倒れ、それでも私は器用にその隙間を跳ねる。
一通り生命反応がなくなってから、倒れた兵士から散弾銃を拝借して、制御システムであろう機械を片っ端から撃った。
「ふぅ、ここはこんなものかな」
近接武器だけじゃ心配だ、何か武器を調達しないとなあ。
私は掃除を終えたような感覚でその部屋を後にする。
スキップするような軽快な足取りで、次々と部屋を回った。
人がいるなら殺し、武器があるなら奪い、重要そうな機械は壊した。
いつのまにか本来の目的を見失っていることにも気づかずに。
「あはは! みんな殺そう、みーんな殺しちゃおう! そしたらきっと褒めてくれるよね!」
そう言って私はふと疑問に思った。
あれ。
褒めてくれるんだっけ。
スキップのリズムが狂う。ととと、と勢いを殺して立ち止まってしまった。
「――ま、いいか」
「よくないよ、メイ――いや、さっちゃん」
バチン。
何それ、スタンガン……? 脳が直接電流を食らったようにビリビリと痺れ、私は動けなくなった。
「あ、れ……? あなた、は――」
倒れた私を見下ろすのは、よく見知った顔だった。しかし、あのお日様に当てた布団に飛び込んだような感覚はない。
一年間共に過ごしてきた……はず、なのに。
誰、だったっけ。
私の思考はそこで暗転した。
*
「ごめんね、さっちゃん。こうするしかなかったんだよ」
開発してしまった。責任者は俺だ。
俺がサツキに話した過去は、少し誤りがある。
正しくは、俺は天才博士ソラキのクローンロボットだということ。
孤児院で暮らしていたのは本当だ。頭がよくて政府に拾われたのも本当。
――そう教えられたから、俺の中ではそれが真実だ。
オリジナルのソラキは二年前に自殺した。俺の目の前で。当時の俺はそれがどういう行為なのかわからず、ただハリボテの愛想笑いを浮かべていた。
それから俺はオリジナルに代わって、オリジナルが設計した殺戮兵器「メイ」を作らされた。
彼女の形があらかた出来たとき、俺は決めたんだ。
もしこの子が感情を持ったら、そのときはこの子を連れて逃げよう、と。
結果このザマだ。
サツキは心を、感情を持ったわけじゃなかった。それこそ、本当にただのバグだったのだ。
だから彼女に殺戮の知識を与えたら、その快楽に身を滅ぼして記憶メモリーまで改ざんしてしまった。
彼女は、最初からただの兵器だったのだ。
しかし納得できない。
それしか導き出される答えはないというのに、俺は納得いかなかった。
「それならどうして、あんなに――」
あんなに、俺に執着したのか。
心を持たないのに、どうして俺に感謝できたのか。
「サツキ」
彼女はもう二度と起き上がらない。いざというときのために、ショートに弱いよう作っているから。
俺はサツキの左手に握られた拳銃をそっと手にした。
「ごめんね――」
震える手で口内に銃口を突き入れる。
パアン。
もし君にもう一度だけ会えるなら、伝えたいことがあったけど、叶わないだろうな。
心を持った のぶなが @nobunaga0108
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