第三話 ……では、遠慮なく

 しばらくメイベルは、黙ったまま考え込んでいた。

 その隣に、ぽすん、とブリルが腰を降ろす。


「どう思う、メイベル?」

「恐らくは――いえ、いずれにせよ確かめてみる必要はあるでしょう。そうしなければいけません。それが私とレイ様の間で交わした契約ですので」


 ブリルの顔に、束の間複雑そうな感情が浮かび上がり、消えた。自分はそれすらも打ち明けてしまったのだろうか――メイベルはその記憶が欠けている。


 それよりも、だ。


「あの少女とレイ様の行方は分かりましたか?」

「屋敷の中じゃないみたい」

「まさか……」

「違う違うわよ! さすがにあたしもそこまで脳天気じゃないってば!」


 違ったんですか?――そう言いたげなメイベルの視線は見なかったフリをしてブリルは言葉を継いだ。


「町の他の人たちにも聞いてみたの。二人が飛び出して行った時にはまだ明るかったもの。案の定、見かけた人は何人かいたわ。でも、一緒にいるところを見た人はいない。いなかったの。もう追いついていればいいんだけど……」


 キャンディアはまだ子供だ。


 一時の感情に流されて、そのままマニングマンの下へ駆けつけて、敵討ちの《決刀》を持ち掛けないとも限らない。子供の戯言と端から相手にされない可能性も十分あるだろうが、何せキャンディアは剣銃を持っている。そして、殺意も。


「私は行かなければ――」

「だ、駄目だってば!」


 立ち上がろうとするところをすぐに制止する。


「まだふらついてるじゃない、メイベル! 聞き込みついでにいろいろ買い込んで来たの。どういうのが好みか聞いとけば良かったんだけど……。ねえ? そういえばあたし、あなたが何か口にしているところを見たことがないんだけど? 少しは食べなきゃ参っちゃうわよ?」


 早速ブリルはベッドの上に戦利品を並べ始めた。


 新鮮な果物、肉汁と付けダレの滴り落ちる串焼き、焼き立ての芳ばしい匂いが鼻腔をくすぐるパン、よく冷えたミルク――だが、それらをじっくりと検分した後に上げられた顔は、ふるふると左右に振れた。


「え……? じゃあ、お酒、とか?」

「違います」


 はあ……と溜息が零れた。

 どうやら、肝心なところは話していないらしい。


「何でも言って! あたし、調達してくるから!」

「………………本当ですか?」

「当たり前じゃないのさ!!」

「私にそれを、無償で提供いただけると?」

「くどいわよ!? 覚悟を決めた、って――!」

「………………では、遠慮なく」


 次の瞬間――。


 感情の乏しい顔が一気に距離を詰めてきたかと思うと、抗う隙も与えずにブリルの唇に冷えた感触が押し付けられていた。そして、ぬるり、と一個の生き物のような舌が艶めかしく滑り込んでくる。




 こ、これって――!?




「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 塞がれたままの唇の下で声にならない絶叫を上げつつ、まだ男も恋もロクに知らないブリル・ラウンドロックは痺れるような甘美な感覚に包まれたまま、呆気なく気絶したのであった。



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