第七話 七連装の魔剣銃
時間を無駄にしたくなければ――アイリスのその言葉に偽りはなかった。
「これは……剣銃……ですか?」
レイナードは手に取ったそれを顔の前にかざしてしげしげと観察しながら驚嘆と困惑の入り混じった声を出す。
それでも完成に至るまでには一昼夜を費やした。
不思議と疲れや眠気は感じなかったが、どうやらアイリスの住まうこの屋敷にはそういった不思議な力が働いているらしい。時間の流れも外とは違っているようにすら思える。
「僕は魔法使いなのですから、剣銃は……」
アイリスは薄っすらと微笑み、レイナードに言う。
「いいえ。あれとは異なる物です。それには火薬も必要なければ弾もない。そうですね……言うなれば、魔剣銃、といったところでしょうか」
「魔剣銃……ですか?」
聞いたこともない。
そもそも、剣と銃、そして魔法――そういう世界なのだ。両者は共に存在はしているものの、決して交わることはなかった。少なくとも、今までは、だ。
「わたくしはね――」
少し疲れたように手近な椅子に腰を降ろし、アイリスはゆっくりと語った。
「そういった
「?」
目の前のアイリスは、レイナードにはまるで少女のようにしか見えないのだ。本当は何歳なのか。
それよりも――。
「今、あなたはこれを《機関》だと言いましたよね、アイリス? まさかこれが……?」
「そうです。それは小さくても魔道機関なのです」
「!?」
にわかには信じ難い。
サイズの方は、いまだ腰に下げたままのロザーリオのナイフ程度のものでしかなかった。今まさに手にした感触も重さも、それより多少くらいは重い、その程度である。
外観は魔法使いが好んで用いる
魔術杖とは明らかに異なる最も特徴的な点とは、持ち手に近いところに設えられた一際太い筒状の可動部分だ。手のひらを押し当て、緩やかに滑らせると、ちきちきちき……と小気味良い澄んだ金属音と共に回転する。まさにこれは、剣銃で言うところの
(――いいか、レイ? もし自分だけの剣銃を手に入れたなら、何よりも最初に、頭にしっかり叩き込んでおかないといけないことってのが――)
同時に今は亡き親友の科白が脳裏をよぎり、レイナードは再び添えた手のひらを滑らせながらカウントしていった。
「一、二、三……」
ちきちきちき……。
「――七。ん?」
数え間違いでもしたのだろうか。
もう一度繰り返してみたが、結果は同じだった。
「どうかしましたか、レイ?」
「い、いえ。あの……」
レイナードの思い込みだろうか。
しかし、それでも聞いてみたい誘惑の方が勝った。
「ふと僕の親友の、剣銃遣いが言っていたことを思い出したものですから。剣銃の弾倉は六発きり、生き残るチャンスも六回きりだ、と。そのたった六回で何とかしなけりゃ次に倒れているのはお前だ――そう教えてくれたんです。しかし、これには……」
七発ある。それが妙に気になっていた。
「すでに教えましたよ? あれとは異なる物だと」
そう繰り返してからアイリスは言う。
「お前ならもちろん、魔法の源である五大元素については十分理解していますね? しかしこのわたくしは、まだその先があると確信しています」
「その先……ですか?」
「そうです」
鷹揚に頷き、先を続けた。
「お前は、何故今まで時間を操る魔法がなかったと思うのですか? それをわたくしは、すでにお前とは異なる形と方法で解き明かしています」
「!?」
驚きのあまり声も出ない。
であれば、レイナードの語る魔道機関と時間魔法について、アイリスが興味を持つ素振りを一切見せなかったのも納得ができた。
「火・水・木・金・土……これだけでは足りないからです。この世界を構成する要素は、それだけではまだ足りないのです。それは何か――答えは天空にあるものです。お前なら、もう分かりますよね?」
「太陽と月、でしょうか?」
しかし、自ら口にしておきながら、レイナードには疑問が残った。それは魔法学校で教えられた事実に反しているからでもある。
「ははあ。そういうことですね? さしずめ、太陽は火と土、月は金と土によって再現できる、とでも教わってきたのでしょう?」
図星である。
「ならば問います。お前は太陽と月を生み出すことができますか? 他の誰でも構いません。できた者を知っていますか? できないのです、誰も。何故ならあれらは五大元素に属さない、別の元素そのものなのですからね」
そう言ってアイリスは、レイナードの手に収まっていた魔剣銃を取り上げ、右手で高く掲げたそれを振ってついてくるように指図した。そのまま屋敷の外へと出る。森は墨を溶かし込んだかのように暗かった。時間の感覚がすっかり麻痺していたが夜なのだろう。
「手本を見せましょう。一度しか見せませんよ?」
言うが早いか、アイリスは作り上げたばかりの魔剣銃を一層深い闇の中へと優雅な仕草で構え、何事かを冷たい空気の中にそっと呟いた。
そして――
次の瞬間――。
凜!
瞬時にいくつも虚空に描き出されたミニチュアサイズの魔法陣と軽やかな鈴の音に似た響きとともに、魔剣銃の先から実体のない弾丸が射出された。揺らめく青白い炎を纏ったそれが、狙った先にある大木の幹に瞬きより早く突き刺さる。
ぎゅん!
初めはそれだけだと思った。
しかし、そうではなかった。
めきょっ!
着弾点を中心に、見る間に大木が渦巻き吸い込まれるように変形していく。
めきょめきょめきょっ!
ず……ん。
遂に思い地響きとともに大木は倒壊した。
魔法の灯りを手に、駆け寄ったレイナードがそこで目にした光景はにわかには信じ難いものだった。
「どうやったらこんな風に……?」
燃やしたのでも爆散させたのでもない。まるで内側から物凄い力で捩じられ、引っ張り込まれたかのようである。もちろん中身のぎっしり詰まった大木の幹にそんなことができる者はいない。それでも、そうとしか考えられないのだ。
「今は、月の出ている夜ですからね。その《闇》の力を糧としたのですよ」
恐れの入り混じる茫然とした表情で振り返ったレイナードに、アイリスは薄く笑い返した。
「いいですか? 闇の元素は、すなわち悪という意味ではありません。太陽が光なのであり、月がそれに相対する闇なのだ、というだけのことです。恐れることはありませんよ?」
「分かりました、アイリス」
素直なレイナードは見るからにほっとする。それに頷き返してから、アイリスは手の中の魔剣銃を再びレイナードの手の上に、そっと載せた。
「あとはお前自身で使い方を覚えなさい。……ああ、これだけは教えておきましょう。どうして弾倉が七つあるのか、という質問ですが――」
「対応する元素が七つだから……そうですよね?」
アイリスは答えなかったが、嬉しそうに笑った。
そして告げる。
「では、もうお行きなさい。わたくしは常にお前とともにあります――《
最後にアイリスは、もう一度手渡した魔剣銃に触れ、それから小さなレイナードの身体に両腕を回して耳元で小さく囁いた。
「お前にご加護を。愛しい我が弟子、レイナード」
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