第十四話 異変

 それは夜にやってきた。


 ぶる!

 ぶごっ!


 何となく寝付けないまま、うとうとと夢と現実を行き来していたレイナードは、外に繋いだままの竜が発した耳慣れない唸り声で身体を固くした。


(う……ん……? どうしたんでしょう……?)


 何だか妙にはしゃぎすぎてしまった。

 身体を起こそうにも、なかなか言うことを聞いてくれない。


 ふと、隣を見る。




(あ……れ……?)


 ロッジの姿がない。




 反対側を見ると、そこにはすやすやと眠るヴァイオレットの横顔があり、窓から差し込む月の光で白く照らされていた。


(起こさないように……っと)


 ごそ……と静かに研究所据え付けの簡易ベッドから抜け出し、扉の方へと忍び足で歩いていく。そうしながら、しん、と静まり返った中、耳を澄ました。


「……っ! ……っ!?」


 話し声が聞こえたような、そんな気がしたが、まだ少し寝惚けているのかもしれない。


 それにしてもロザーリオは何処に行ったのだろう?

 ぼんやりとそう思い、扉に手をかけ――。


 ぎい。


「――!?」


 白々と冷たく澄んだ光に照らされたそこに数人の人影が見えた瞬間、レイナードの思考は凍りついた。


「だ――誰ですか、あなたたちは……?」


 顔までは見えない。

 人影は十人――いや、十二人いる。


 いずれも一様にローブですっぽりと全身を覆い、そして誰一人としてレイナードの問いかけに答えようとはしない。少し異様な雰囲気だ。


 その時、認識の外にいた十三人目が叫んだ。


「レイ! 逃げろ! そいつらは――!!」


 はっ、と声のした方へ振り向く。


(ロッジ――ロッジは!?)

(ロッジは……ああ、無事でいてください!)


「ああ、それは良くない行動だ、魔法使い・レイナード・ニーディベルン」

「――!?」




 ごがんっっっっっ!!




 金属同士を擦り合わせたような耳障りな声が間近で囁きかけてきた次の瞬間、レイナードの頭部には衝撃と激痛が駆け抜け、彼の意識は漆黒の闇の中へと、深く、何処までも深く落ちて行く。


 何処までも深く――。











 夢を見ていた。


『糞っ! 何なんだ、てめえら! ぐはっ!』


 肉を打つ音。

 ときおり銃声が静寂を粉々に打ち砕く。


『に、逃げろ! 逃げるんだ、ヴィー! お前だけでも……!』

『で、でもっ! レイが……レイが……!!』

『あいつのことは必ず助ける! だからお前だけは……やめろおおおおお!!』

『いやあああああああああああああああああ!!』


 ああ、悪い夢だ。


 たとえ夢であっても、ロザーリオとヴァイオレットが苦しむ姿を見るだなんてあんまりだ。




 どうか、神様――お願いです。




『ロッジィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』

『俺の……ことは……良い……早く行け……!!』


 がぁん!!

 また、銃声が――。


『てめえら……何をしちまったのか分かってるんだろうな! ヴィーを……ヴィーを泣かせたな!!』




 酷いな。

 酷いよ。


 明日は出発なのに。




『生きて帰れると思うなよ……!! 俺は、ヴィーのためなら……神をも殺すと誓った!!』




 起きなきゃ。

 そして、こんな悪い夢から早く目覚めないと。


 そう思うのに、レイナードの意識は生暖かいどろりとした物と共に抜け落ちていく。だんだんと虚ろに、徐々に冷たくなっていく。






『糞があああああああああああああああああ!!』


 がぁん!!!




 ああ、やっと静かになった。











 でも――静かすぎる。



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