第十三話 ふと芽生えた感情
次の日になり再び村はずれにあるレイナードの研究所に集まった三人は、まとめ上げた積み込み予定の荷物を一つ一つチェックし、几帳面なレイナードが作っておいたリストと照合できたものから竜車の荷台に運んで行った。
「それにしても、紙束が多すぎやしねえか?」
「仕方ないですよ……よっと」
横合いから声を掛けられたレイナードは、抱え込んだずっしり重い荷物に弾みをつけるようにして位置を整える。
「ええと……まずは理論図。これがないとどういう魔道機関なのか誰も理解できません。次に設計図。これも組み立て直す際には欠かせないものです。あとは魔法経路図に操作教本もいりますし、試験結果表も――これが一番量が多いんですけど――ないと駄目です。ああ、そうそう。それより何より――」
「わ、分かった分かった! もう良いって!」
忘れていた――まだ話し足りなさそうなレイナードの科白を、慌てて手を振りロザーリオが遮った。こと『実験』の話題になると、いつもは弱気でおどおどしがちなレイナードは見違える程人が変わる。素人の興味本位で軽々しく聞くのはご法度なのだ。
「ね、ねえ! こっちも手伝って頂戴!」
山のような荷物を携えてヴァイオレットがよたよたと姿を見せると、ちょうど荷物を積み終えた二人は仰天して駆け寄り、それを等分して抱えた。
「無茶すんなって、ヴィー!」
「その呼び名は嫌い、って言ったわよ?」
「……レイが言っても怒らねえ癖にな」
ぼそり、とした呟きで、ヴァイオレットの眉根にたちまち黒々とした暗雲が立ち込める。
「何・か・仰・っ・た・お・兄・様・?」
「言ってません言ってません言ってません!」
ううう……おっかねえ。
ロザーリオは早速話題を変える。
「あと、まだやることはあるのかね?」
「もう大体終わりました!」
そう言いながらもレイナードは遠くの空を見つめ、嘆息まじりに苦笑する。
「と言っても、結局陽が落ちるまでかかってしまいましたね。やっぱりロッジはさすがです。早めに竜車を手配してきてもらって本当に良かった」
「いいんだぜ? もっと褒めてくれたってな?」
お道化てせり出した胸を拳で、どん、と叩いてみせると、レイナードは神妙な表情で二人それぞれの顔をじっと見つめ、静かに告げた。
「本当に、いつも感謝してるんです、二人には」
いきなりのことで戸惑う二人だったが、やがて照れ臭そうに、しかし、真剣そのものの顔をした。
「ば、馬鹿。それは俺だって同じだって」
「もちろん、あたしもよ? 当たり前じゃない」
十七歳のレイナードとロザーリオ。
そして、彼らより三つ年下のヴァイオレット。
それぞれ、物心つかないうちに親を亡くし、預けられた教会で偶然にも出会い、共に成長してきた。共に助け合い、時には喧嘩をして、倒れそうな時には肩を貸し、涙が零れる時には慰め、その今にも押し潰されそうな哀しみを分かち合ってきた。
彼らはいわば家族だった。
だから、共に笑う。共に喜ぶ――そうやって今日まで生きてきた。
(でも……いつかは僕たちも大人になる――)
その時はもう近い。
それぞれが、それぞれの伴侶を見つけ、新たな生活を始めるのかもしれない。いや、それは確かな未来としてすぐそこにあるのだろう。
(そう、きっとヴィーだって……)
自分でも気付かないうちに、大輪の花のごとく色鮮やかで眩いばかりの笑顔を浮かべるヴァイオレットを目で追ってしまっていた。思わず頬が熱くなり、何かに怯えたように顔を反らしながらもレイナードは心に刻み込んだ誓いを今一度思い出した。
(僕が、ヴィーの未来を守ってあげないと駄目なんです……絶対に!)
でも、その時――。
彼女の隣にいるのは、果たして誰なのだろうか。
そう考えると、急に胸が苦しくなる。
けれど、レイナードにはそれが一体何故なのか分からなかった。
「大丈夫か、レイ?」
いきなり黙り込んでしまったレイナードを気遣うようにロザーリオがそっと肩に手を添えた。
「だ――大丈夫です。何でもないですから」
「へぇ。どうだかねえ?」
からかうようにそう言ったロザーリオは二人の身体を引き寄せ、こう宣言した。
「しっかたねえ! 明日の出発は早いんだぜ? 今日はこのまま三人で研究所にお泊りってのはどうだ? 教会を出てから、こんなのなかっただろ?」
「それ、いいかも! ……あ」
勢い良く同意したまでは良かったが、ヴァイオレットは急に浮かない顔をした。
「あたし、お風呂がないと嫌。ここあるの?」
「あ――ありますよ、ちゃんと使えます」
「良かった! じゃあ賛成! ってレイ、お風呂があるなら、実験中もちゃんと入って頂戴ね!」
「あ……あははは………………ごめん」
間に立っているロザーリオ越しにレイの身体に鼻先を近づけ、大袈裟にひくひくと蠢かせるヴァイオレットの仕草に、どぎまぎしながらも詫びる。どうも夢中になって忘れてしまうのだ。やっぱり臭かったのかな――今更ながらに恥ずかしさがこみ上げた。
「まあまあ。じゃあ、三人で入りますか!!」
今度真っ赤になったのはヴァイオレットだった。
「ロ――ロッジの馬鹿っっっ! 大っっっ嫌い!」
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