第十話 目指すは、イタレリア

 次の日――。


 レイナードはロザーリオとヴァイオレットの手を借りて一度は組み上げた魔道装置を分解し、膨大な研究文献を何とか一くくりにまとめ上げ、共にイタレリアへと搬送する手筈を整えている最中である。


 ぶるる。

 ぶおん。


 ロザーリオは昨日のうちにいずこからか竜車を手配してきた。さすがの行動力に驚く半面、餌代だって馬鹿にならないのに――とヴァイオレットは気の早い兄を責めたが、積み込みの時間が確保できたのは良いことだ。研究所の前の更地でまどろんでいる二頭の竜が鳴らす鼻息が今も聴こえてくる。


「はい、こっちは終わり、っと。ね、レイ? まだ他に荷造りする物はあるの?」


 繊細な部品もないではないのでヴァイオレットが区切りをつけるように目の前の包みを、ぺしぺし、と叩いた様を複雑そうな苦笑で見つめるレイナードである。


「何とか終わったと思います。手伝ってくれて助かりましたよ。僕、こういうの苦手で……。でも、本当に一緒に行くつもりですか、ヴィー?」

「あ、当たり前でしょ!?」


 せっかく機嫌が良さそうだったヴァイオレットは途端にぷくー!と頬を膨らませる。


「ロッジとレイの二人旅なんて、心配しかないじゃない! それに、あたし一人でお留守番なんて、絶対に嫌ですからね!」

「あ、あはははは……」


 結局、それが本音のようである。




 しかし、実はまだもう一つ、別の魔道機関が残されていることをレイナードは二人に秘密にしていた。というより、少なくともヴァイオレットには教えられない目的の下、開発された魔道機関がある。


 それに、どのみちまだ実用試験ができていない。


 例の地鼠を使った実験すらまだだ。


(あそこなら、誰かに見つかって悪戯される心配もないでしょうし、仕方ないですよね……)


 レイナードはこっそり溜息を吐いた。《結命晶エージス》の抽出を可能にする理論は、一応のところ実証された訳で、あの魔道機関も期待通りの動作をしてくれる筈だ。その確信がレイナードにはある。


 ひょっとすると、今回の旅とは別にもう一度、その魔道機関を伴ってイタレリアまで出向く必要が生じるかもしれないが――それはその時に考えよう。




「そういえば……ロッジは遅いですね?」

「食料を買い込んでくる、とか言ってたわ。多分、余計な物にまでついつい手を伸ばして、持ちきれなくなって途方に暮れている、とか?」


 揃ってくすくすと笑い出す。


 ロザーリオならありそうな話だ。ああ見えて、料理のスキルはなかなかのものがあるのだ。野営の機会が多い剣銃遣いだからこそ磨かれた技術、ということか。ただ困ったことに、ロザーリオには食材にやたら凝るという変な癖があったから、ヴァイオレットはそれを揶揄しているのだろう。


「ね、レイ? 聞いても良い?」

「何でしょう?」

「この魔道機関を作ろうと思ったきっかけは何?」


 う、とレイナードは口ごもった。




(絶対に――言うなよ?)




「秘密、ってのはなしよ? 本当のことを言って」

「それは……」


 先手を打たれたレイナードは落ち着かなげにあちこち視線を彷徨わせた。だが、何処を向いてもヴァイオレットの真っ直ぐな視線がじっと見つめている。


「誰も成功していない魔法だからです。僕が、この僕が絶対に成し遂げてみせる――そう誓ったからです」


 ようやくそう告げた。


「本当に……それだけ?」


 嘘よね?――そう少女の瞳は語りかける。


「あ……あの……」


 レイナードはまるで魅入られたかのように、慌てふためくことすらまともにできなくなってしまった。




(言ったら殺してやる――)

 親友の言葉がリフレインする。




 しかし、もう限界だった。


「あの……あのですね……ヴィー……!」


 が――。


 ぶるる!

 ぶふっ!


 騒がしくなった外の気配に、二人は顔を見合わせた。無言で頷き合い、慎重な足取りで様子を窺う。そこに、いきなり人影が飛び込んで来た。


「レイナード! 魔法医レイナードはいるか!?」


 村で見たことのある顔だ。引きり、蒼白な面持ちだが間違いない。


「た、頼む! 一緒に来てくれないか!? ウチの坊主を助けて欲しいんだ! このままだと、あの子が死んじまう! あんたしか頼れる人がいない!」

「ど、どうしたって言うんです!?」


 繰り返しレイナードの身体を揺さぶっていた男は、力なくもたれかかるようにして声を絞り出した。


「怪我――しちまったんだ! 酷い怪我で……!」


 今にも消え入りそうな声でその男は続けた。


「ウチの坊主がたまたま村を通りがかった街道竜車の前に飛び出しちまって足をやられちまったんだ! ロザーリオってのはあんたの友達だよな!? 彼が必死で止血してくれてるんだが……止まらない……止まらないんだよ! このままだと……じきに……死ぬだろうって……!」


 言い終えた男は、レイナードに縋りついたままずるずると体制を崩し、足元で嗚咽を漏らしている。


「ねえ、助けてあげないと! 行こう、レイ!」

「で、でも……僕にはそこまでの……」


 得られた情報は限りなく少ない。


 果たしてレイナードの治癒魔法だけで助けられるのだろうか。少なくとも、傷口を塞ぐくらいのことはできる。だがその前に、命の源である血液が大量に失われてしまっては、もう助かる保証はない。




 時間が――足りない。




 いや――あるじゃないか!




 ぎゅっ、と胸のポケットにしまいこんでいたそれをローブの上から握り締め、レイナードは決心する。


(これっぽっち……だけど、可能性はあります!)


 危険な賭けかもしれない――だが、その迷う時間すらなかった。


「立ってください! やれる限りのことはやってみますから! さあ、急ぎましょう!」



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