第七話 その名は《結命晶》
「こいつの出番はとりあえずこれで終わりです」
「?」
レイナードは、にこり、とそう告げたが、一体これで、何が起こったと言うのだろう?
ロザーリオは
そこでロザーリオも、はっ、と思い出した。
そうだった! あの
その答えはすぐに分かりそうだった。レイナードは一つ頷き、再びハッチの取っ手に手をかけて、息を一つ吸う。しかし、不意に二人の脳裏をよぎったのは、レイナードがさっき口にした、ショッキング、という単語だった。
まさか! いやいや――いや、まさか!
「ち、ちょっと! 見えないじゃないっ!」
「い、いやいやいや! だってお前――!」
いきなり目隠しをされたヴァイオレットは憤慨しつつ兄の手を乱暴に払い除ける。だが、ロザーリオには悪意はないどころか妹の身を気遣って
「大丈夫です。彼は無事ですよ?」
そう言ってレイナードはハッチを開き、中を覗くように二人を促した。なるほど――確かにその中には、さっきとまるで変わらない姿をした地鼠が行儀良く座り込んでいた。小さな被験者をそっと掴み上げ、
「?」
さっぱり訳が分からない。
「おいおい、レイナード? まるで何も起こってないみたいじゃねえか? これでも成功か?」
「はい」
頷く顔は自信に満ちていた。
それから地鼠を抱えたままその場にしゃがみ込むと、魔道機関の下の方にある小さな取っ手を掴んで前に引く。ぱかり、と開いた中に手を差し入れ、レイナードはそこからある物を取り出して二人の目の前にかざしてみせた。
「何だか……綺麗ね……」
うっとりとヴァイオレットがその輝きに魅入られたかのように呟く。
透き通った真紅の結晶――。
妙に艶めかしく、不思議と生々しくも感じる輝きと色。ルビーにも似ているが、均整の取れた完成された形状をしている。よくよく観察すれば、その表面は全てが毛筋ほどの狂いもない正五角形一二枚で構成された正十二面体であることが確認できただろう。
だが、小さい。
豆粒ほどしかない。
「そりゃあ、一体何だ?」
「僕はこれを《
ゆっくりと彼らのいる位置まで戻ってきたレイナードは、そのまま通り過ぎてしまうと、最初の、あの木箱の中に残されているもう一匹の地鼠を見つめ、申し訳なさそうに数回首を振った。
「ショッキング、と言ったのはここからです。ねえ、ロザーリオ? お願いがあるんだけどさ――」
「嫌な予感しかしねえな?」
「うん。それ、間違ってないと思う」
レイナードは頷き、こう告げた。
「この箱の中の地鼠くんを……君のナイフで刺してもらえないかな? できれば死なない程度に」
「「!?」」
しかし、見る間に蒼白になるヴァイオレットとは違って、ロザーリオはすぐにも頷く。
「必要なんだな? そうすることが?」
こくり、無言でレイナードが頷き返すと、
ぞん!
瞬きする暇も与えず、腰のバックルからナイフを引き抜いたロザーリオが無慈悲にそれを突き立てた。
「うぷっ……」
ヴァイオレットの白い顔は一層血の気を失った。
それでも気丈に一部始終を見守っている妹に向けて、ロザーリオは今更ながら詫びるように肩を
「おいおい。戻すんなら外で頼むぜ? つーかだな、無理して見てなくったっていいんだからな?」
「い……や……よ! う……っ。またそうやって、あたしを除け者に……する気……なんでしょ?」
視線の先で、木箱の底板ごと刺し貫かれた地鼠がぴくぴくと痙攣している。じきにヴァイオレットの胃袋も同じリズムで痙攣し始め、違和感が込み上げる。
「うぷっ……」
堪えるだけで必死だ。何とか言葉だけを絞り出す。
「早く楽にしてあげて、レイ!」
「分かってますよ。でも――死なせはしません」
え?――と二人が意外な科白に驚いていると、レイナードは叫びの形で凍りついている地鼠の口の中にさっき取り出したばかりの《結命晶》を入れ、呑み込みやすいように下顎に手を添えて閉じてやった――刹那のことである。
「え!? え!?」
ぽうっ、と深手を負った地鼠の全身から淡く眩い真紅の光が放たれた。
いや、それだけではない。
その背から腹部へと貫かれた筈の傷が、見る間に塞がっていく。
「す、凄え!」
二人の兄妹も、レイナードが治癒魔法を使う場面を目にしたことは何度もある。だがこれは、それとは明らかに別の物だ。別種の力だ。やがて元の姿を取り戻した地鼠の隣に、手の中で心細そうに震えるばかりだったもう一匹を戻し、レイナードは満足げに頷いてみせた。
それから言う。
「さて……ここまででご質問は?」
ただただ呆然とする二人である。
どうやらそれを誤解したらしいレイナードは、ゆっくりとこう告げた。
「では、さっき、僕は言いましたよね、二人にも見て欲しい物があるって? それをお見せします」
しばしの沈黙。
「……えええ! 今のは違うの? 嘘でしょ!?」
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