第六話 実演開始

「では、やってみせますね」

「お……おう」

「う……うん」


 訳も分からず、ごくり、と唾を呑んだ兄妹の目の前にはふたのない木箱が置かれている。そしてその中では、可愛らしい二匹の地鼠じねずみがくるくる忙しなく駆けずり回っていた。


「まずは――彼に手伝ってもらいましょう」


 そう言って、レイナードはそのうちの一匹に手を伸ばし、慣れた手つきで優しくつかみ上げた。地鼠はあまり抵抗する様子も見せず、きょときょとと辺りを見回し、最後に手の主を見つめると、ふんふん、ふんふん、としきりに鼻をうごめかしている。


「……」

「……」


 ロザーリオとヴァイオレットは固く強張った表情のまま、無言でそれを見つめることしかできない。


 その理由は――。


「おい、レイナード?」


 から目を逸らすことなくロザーリオは尋ねた。


「お前の望む通りにこのボロ家を、一回りも二回りも馬鹿でかく建て直してやったのは確かに俺だよな。だが……あの妙ちきりんな代物は、一体何なんだ? もしかしてあれは――」

「そう。僕の作った魔道機関です」


 まさに今、そのそばへと歩み寄りながら答える。


「そして――恐らくまだ、この僕しか作ったことのない魔道機関です。僕以外には誰も、見たことも、使ったこともない筈です。きっと、ね?」


 見上げるほどに大きい――そもそも魔道機関などと言う高価で、これまでの彼らの慎ましやかな生活には一切必要なかった異物を目のあたりにした兄妹は、その感想をひねり出すのが精一杯だった。


「これ、何ができるの?」

「それを今から君たちにも披露しようと思ってるんですよ、ヴィー」


 何が始まるのかと不安げに尋ねたヴァイオレットに向けてレイナードは宣言し、こう続けた。


「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ君にとってはショッキングかもしれませんけど、許してくださいね?」

「………………え?」


 もう不安以外の何物も残らない。


 それには気付きもせず、レイナードは地鼠の背中を右手でそっと一撫でしてから、同じ手で魔道機関の前面に据え付けられているハッチを開いた。ひょろりと背の高いレイナードでも背を丸めれば潜り抜けられるサイズで、ちょうど顔の位置にあたる位置に透明なドーム型の、分厚いガラス製の覗き窓がめ込まれている。つまり、誰かが中に入る前提の作りらしい。


「ねえ、君、お願いだからじっとしてるんだよ?」


 がらんとした魔道機関の中から出てきたのはレイナードだけ。代わりに金属床の上にとり残されたのは、さっきの地鼠だ。盛んに鼻をひくつかせ、不思議そうに見上げている地鼠をそのままに、レイナードは再びハッチを閉じてしまう。ハッチのすぐ脇には、幾つもの計器の他に半円柱状の三桁のダイヤルがある。その数字をレイナードは、ちきり、ちきり、と慎重に動かし、合わせた。




 〇・〇・一。




「さて、と。これでよし」


 そうして最後に、二本突き出たレバーの、右側にある一本に手を添えて、見ているだけの二人を振り返った。


「少し離れていた方がいいかも――行きますよ!」

「ちょ――!」


 素直に従おうとしたのだが、間に合わない。


 気休めにしかならないだろうが、ロザーリオは咄嗟とっさにヴァイオレットを守る盾になろうと前に出る。それとほぼ同時にレバーは最大限引き下げられた。




 がきん!


 ごん――。

 ごん――ごん――。


 ごんごんごんごんごんごんごんごんごんごん!




 周期的な振動は徐々に大きさを増し、あっという間に耳を弄する程のけたたましい騒音を奏で始めた。




 みー! みー! みー! 




 そして程なくその不協和音の中に警告音のような物が混じり始めた。すわ失敗か――思わず首をすくめかけたロザーリオを他所よそに、レイナードは残るもう一本のレバーに手をかけ、一気に引き下げた。




 ごん――ごん――。

 ごん――。




 静寂が訪れる。



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