第四話 レイナードのひらめき

 それからというもの、レイナードはひたすらに実験に没頭した。


 食事をるのも。

 風呂に入るのも。

 寝ることさえわずらわしかった。


 元々、レイナードが魔法使い――魔法医を志したきっかけは、世の中の病に苦しめられている人々を救いたい、その切なる想いからである。


 レイナード、そしてロザーリオとヴァイオレットのシープヘッド兄妹は、幼くして両親を戦争と流行り病で亡くしていた。彼らは孤児だった。共に引き取り先の教会で育つうち意気投合し、やがて独り立ちできる歳になると、二人の少年は同じ志と想いを胸に、別々の道を選ぶことになる。


 一人は、戦争で誰かを死なせないよう、剣銃遣いになる道を。

 一人は、誰かが病で命を落とさぬよう、魔法使いになる道を。


 しかし――この時すでに皇国中にその名を馳せる稀代の凄腕剣銃遣い、ロザーリオ=ザ・ボウイとの二つ名を与えられた親友とは違って、レイナードの方はいまだ魔法使い見習いの身分でしかなかった。


 この二つの職には、同じようでいて全く異なる点があった。それが徒弟制度である。剣銃遣いのそれは師匠と弟子であり、魔法使いのそれは教授と生徒にあたると思えば多少は理解しやすいだろう。


 剣銃遣いを志す者は、それと見込んだ師匠に自ら弟子入りを志願し、彼の者の下、その腕と技を磨く。しかし、基本的にはどちらもはぐれ者の身であって、辛うじて組合ギルドと呼ばれる上位組織は存在するものの、協力や援助はほぼ望めない。だがそれ故、それこそ命懸けで日々鍛錬を繰り返し、やがて独り立ちする。


 一方――。


 魔法使いを志す者は、皇国に点在する魔法学院へ入学するための高難度の試験をクリアすることで初めて、魔法学を学ぶ資格を得、一対多の状況下で魔法の何たるか、その原理と仕組みを習得する。今の皇国の繁栄は、先に述べた通り魔道機関なくしては語ることが出来ない。そのため、それを開発し、供給できる魔法使いは常に人手不足だった。だからこそ、このような人材育成のシステムが確立されているのである。


 だがその反面、図抜けた才能を発揮する者が少ない傾向にあるのは事実だった。特にレイナードのように何処かの領主や皇国お抱えの組織に属さない者は、よほど独自の理論や魔法体系を編み出しでもしない限り、単に魔法を行使できる者――それでしかない。


 だが、今、レイナードが成さねばならぬことはまさにそれだ。《神像化》は不治の病――その考えをくつがえすことは、いまだ誰も成し得ない命題である。


 もちろん魔法医を志すレイナードであるからこそ、ごく一般的な治療魔法であれば一通り行使できる。治癒ヒール――解毒キュア――麻痺回復ディスパラライズ――清浄化リフレッシュ――そういった物である。しかし、大司教や神官のような高位の魔法行使者でもなければ発動の印を結ぶことすらままならない蘇生レイズのような上位魔法に関しては、レイナードはまだ一度も成功に至っていなかった。


 足りないのは知識ではない。

 理解と体得である。


 皮肉なことに、最も誰かの手を必要とする時期に、独力で挑まなければならない宿命にあるのが魔法使いなのである。


(せめて……学院の研究所にでも席を置いておくべきだったんでしょうかね……)


 悔やんでも遅い。時間は戻らない。


 事実、レイナードは卒業の段になって、懇意にしていた教授から学院に残らないかと話を持ち掛けられた。それを蹴って、ロザーリオとヴァイオレットの待つ村に戻る道を選択したのである。


 不意に、そのうちの一人、ロザーリオが何気なく呟いた台詞が頭をよぎった。


(糞っ……今すぐ治す方法が見つからないってんなら、せめて、時を止めることさえできりゃあ……)


 そんなことできっこないよ――そうレイナードは答えるしかなかった。できることなら彼だってそうしたい。だが、時を操る魔法なぞ、魔法の何たるかを学んだレイナードですら、いまだかつて見たことも聞いたこともないのだから。


(もう時間がないってのも分かってるよな?)

(このままじゃヴィーの身体は……じきに)


 分かってる――わざわざ言われるまでもなく、レイナード自身がこの瞬間もそれを痛感している。


 だから、はやる。

 だから、焦っているのだ。






 それにしても――。


 時間、時間、時間、か……。






 そう繰り返した刹那、レイナードの果ても見えない混沌とした思考の中に、一条の光にも似た、天啓とも呼ぶべき一つの発想が芽吹いた。




 そうか――!


 誰も見たことのない魔法なら、




 ――僕が作れば良いんです!



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