第三話 《神像化》――それは真の不治の病

 ある日のことである。


 ロザーリオは、いつものように湯浴みが済んだ後のヴァイオレットの緩くウェーブのかかった金色の長い髪を乾かす手伝いをしている時に、その陶器のような白く滑らかな肌の手触りに微かな違和感を覚え、それを見つけてしまったのだ。


(嘘……だろ……こいつは……!?)


 噂くらいは聞いたことがあった。


 だが、ヴァイオレットの肩甲骨けんこうこつそばに白く浮き上がったまだ砂粒程度のサイズの石斑せきはんを見つけた時、ロザーリオの心は凍りついた。


(嘘だ……頼む、嘘だと言ってくれ……!)


「きゃっ……! な、何!?」


 反射的にその石斑を、ぐり、と指先でこそげ落とそうとしてしまい、敏感な個所に痛みを覚えたヴァイオレットが悲鳴を上げた。


「痛いじゃない、ロッジ! やめてってば!」

「あ……」


 あまりのショックの大きさに、表情を取りつくろうのも忘れてしまっていた。ロザーリオは大慌てで引きった笑みらしきものを浮かべてみせる。


「わ、悪ぃ悪ぃ……て、手が滑っちまってさ……」

「もう、意地悪! 自分でやるから、もういい!」


 癇癪かんしゃくを起したヴァイオレットにブラシをひったくられた後も、ロザーリオの手の震えは止まらない。どうしても止めることができなかった。ぶすー、っとむくれたまま髪をかしている愛する妹の姿が、ぐにゃり、と視界の中で歪んでいく。


(ああ……神よ……! お願いだ! 連れて行くのは、こいつじゃなくて、俺にしてくれよ……!!)






《神像化》は不治の病だ。


 進行こそ遅いが、ひとたびかかれば遅かれ速かれ全身が石膏像のように石化していき、決して元に戻ることはないと言う。徐々に硬化していく中で罹患者りかんしゃは己の死期を悟り、示し合わせたように祈るような姿勢を取るのだそうだ。


 その様はその名の示す通り《神像》のごとく――。




 が、




(嫌だ、嫌だ! そんなこと……俺は絶対に認めねえぞ!? あきらめてたまるものか! たまるかよ!)


 ロザーリオは泣くことよりも、怒ることを選んだ。


(そんな結末なんて糞喰らえだ! 何が神だ! 何が運命だ! まだできることがある筈だ……まだできる……ことが……!)




 その時、ロザーリオの脳裏に浮かんだのは――。




(ははは……っ! 俺もヤキが回ったな……!)


 きゅっ、と凶暴な笑みが浮かび上がった。


(あいつがいるじゃねえか! あいつならきっと! いや、絶対やってくれる……! 何たって……!)




 ――大親友様なのだから。






「……できるよな、レイナード?」

「……」


 答えが返らない。

 だが問われたレイナードは、いつものように気弱で優柔不断な態度を取ることは決してしなかった。


「おい……レイ……?」


 えも言われぬ不安に駆られてもう一度問うと、親友であるロザーリオが思わずたじろいでしまった程、今まで一度たりとも見たことのない真剣な、奥の方に怖いものを宿した眼差しが静かに見返してくる。


 やがて、ゆっくりとその口は開いてこう告げた。


「……やるよ。できるとか、できないとかじゃない。僕が必ずヴィーを助けてみせる」

「よし――」


 聞きたかった答えは寸分違わずそれだった。


「そのために必要な物は、何だって俺が揃えてやる。……今まで伊達に剣銃遣いをやってた訳じゃないんだ。蓄えもあるし、腕だって散々磨いてきた。欲しい物があったら何でも言ってくれ。そいつを手に入れるためだったら――」


 喘ぐように一呼吸置いて、ロザーリオは感情を失くした瞳を糸のように細め、こう締め括った。




「――俺は神でも殺す。殺してやる」



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