第七話 生きる理由、決意の証

 ばんっ!!


「僕は反対ですっ!」




「――え? え?」


 どうやらまた、ブリルの悪い癖が周りの会話をすっかり遮断していたようだ。


 話の前後が分からず戸惑とまどいながらも視線を動かすと、わずかにかしいだテーブルを両手で打ち据え椅子から腰を浮かせたレイの視線の先には、びくっ、と身体を震わせ縮こまったキャンディアが座っている。


 だがしかし、その瞳は反らされない。


「……レイさんには分かってもらえると思っていました」

「いいえ、分かりません! 分かりっこないです! 馬鹿な考えは捨ててください! 今すぐっ!」

「え、えっと……」


 気の利いた科白など何も思いつかなかったが、それでもこの場を収める何かを言わないと、と口を開きかけたブリルの肩にメイベルがそっと手を置き、言い聞かせるように首を振る。


 ここは任せましょう――そういうことらしい。


「どうして……駄目なんですか……どうしてっ!」

「まだあなたは子供じゃないですか、キャンディアッ! そういうことは子供のやることじゃないんですよ!? 大体――!」

「……じゃあ、あたしが大人になるまで待てばいいんですよね?」


 キャンディアは笑う。

 それは、まだ幼さを残した少女が浮かべるには、あまりに、ぞっ、とする笑みだった。


「この先、きっと何人もあいつのせいで殺されることになるんでしょうね……。それでもそこから目を背けて見なかったフリをして、言いたいことも言えないままひたすらに口をつぐんで、痛みも哀しみも、憎しみさえも忘れたフリをして……っ!!」

「そういうことを言ってるんじゃないんです!」


 もつれた足を動かしてキャンディアのそばへと駆け寄り、その細い肩をしっかりと握り締めてレイは必死に言葉を連ねた。


「キャンディアには、キャンディアにだけは、そんなことをして欲しくないんですよ! 僕は!」


 何度も揺する。

 しかしキャンディアは目を合わせようとはしなかった。


「君は優しい子じゃないですか……! 僕たちが困っていても、この町の他の人は誰一人、手を差し伸べようともしてくれなかった……!」


 レイは諦めない。

 自分のその言葉で、誰かの人生が変わる――少年の純粋な想いは、ひたすらにそう信じていた。


「でもです、キャンディアはそうしてくれたじゃないですか! ……僕は凄く嬉しかったんです! 本当に嬉しかったんですよ! 何だか……僕の妹に似てるな、って思えてしまっ――!」




 唐突に、レイが言葉を切った。

 蒼白になり、見るからに平静を失っている。




(レイ君、妹がいるんだ……)

(でも、だからって、どうしてそんなに動揺しないといけないんだろう……? 何が……?)


 またブリルの中で謎が一つ増えた。

 そしてキャンディアもまた、レイの心の隙を見逃しはしなかった。


「あたしには……もうそう言ってくれるお兄ちゃんはいないの! もういないのよっ!!」


 キャンディアは微笑み、涙を流していた。


「……あなたに……あなたに私の気持ちが分かりますか!? ええ、分かりますよ、っていつものように優しく笑いながら言ってみてください! できませんよね!? できっこありません!!」


 キャンディアはドレスの胸の中心を、ぎゅっ、と拳の関節が白くなる程掴んで、己の中に止めどなく湧き上がる負の感情を確かめながら叫んだ。


「もう言葉だけの優しさなんてうんざり! もうとっくに限界なんです! ……まだ私は一〇歳になったばかり。でも、あともう三年も待つことなんてできません! 両親に捨てられ、兄を失って、私がこの一年間、どんなに苦しい思いを抱えて必死で生きてきたのか、あなたに分かるんですか!?」

「ち、ちょっと待って……待ってよ……!」


 ふと耳にした言葉にブリルは慌てて口を挟んだ。


「まさか……一三歳って、キャンディアちゃんは剣銃遣いにでもなる気だったの? 嘘でしょ!?」

「……いけませんか?」


 そこでキャンディアは、自分の胸元を掴む手を緩め、そこから今の自分にとって、何より大切なある物を取り出した。




 それは、生きる理由。

 それは、決意の証。






 それは――キャンディアの人生の終着点。






「……先程の鍛冶職人ガンスミスの作ですね?」

「そうです」


 メイベルが口にした事実をキャンディアは静かにうなずき肯定した。鈍い輝きを放つその小振りな剣銃は、レイたちに惜しみない優しさを向けた少女の持つ物としてはあまりに不釣り合いで、いかにも危うげに映った。


「この辺りには誰もいませんから、この一年間、一人でずっと練習してきたんです。その甲斐もあって、今では六発のうち、一発だけなら必ず的に命中するまでになったんですよ? 凄いでしょう――!」

「……それを、僕に渡してくださいませんか?」

「嫌――!」


 ゆっくりと手を差し出すレイに向けて、キャンディアが震える手で剣銃を構えた。反射的に一歩動こうとしたメイベルをレイが左手で抑える。


「それで、一体どうするつもりなんですか、キャンディア?」

「決まってるじゃないですか! これでマニングマンと《決刀》をするんです。そして……お兄ちゃんの仇を討つんです! あたしの手で!」

「無理です。できっこない!」

「やってみないと分からないじゃないですか!!」

「いいえ、無理です! 無理なんですよ!」


 揺れる銃口を物ともせず、レイは激しい手振りを交えて何とかキャンディアに言い聞かせようとした。


「――あのマニングマンが、僕が思った通りの人物であるならば、そんなちっぽけな剣銃一つじゃ手も足も出ません! どうして分かってくれないんですか! 今度、殺されるのはあなたなんですよ!?」 

「あいつに復讐できるなら、死んだって――!!」






 ぱしいっ!!






「あ………………」

「す、済みません……! 叩くつもりは……」


 バランスを崩し、顔を押さえたキャンディアを見て、レイは反射的に彼女の頬を叩いてしまったことにようやく気付いた有様だった。何て馬鹿なことを――自分の軽率な行為を悔やむように、思い通りにならない現実に歯噛みするように、銀灰色の髪をくしゃりと押さえつけて項垂うなだれている。




 が、それが良くなかった。

 きっ、と嫌な目つきでレイを睨み付けたキャンディアは、最後にこう言い残す。




「レイさんなんて――大っ嫌いっっっっっ!!」

「しまっ――!」


 そして、止める間もなく家を駆け出して行く。


「お願い、メイべ――!」


 しかし、




 ぐらり。




 長身のメイドは主の願いを叶えることができなかった。突然、ふらつき始めたかと思うと、隣にいたブリルにすがりつくようにしてその場に崩れ落ちてしまった。それに慌てたのはブリルだ。


「うわわっ! ち、ちょっと! って、重……っ! ね、ねえ! どうしたってのよ、メイベル!?」

「何でも……あり……ません……」

「いやいやいや! 何でもなくはないでしょ! レイ君、彼女一体どうしちゃったっていうのよ!?」

「ああ……まさかこんなタイミングで……!」


 レイは知っているのだ。

 だが少年には、それより優先すべきことがあった。


「ブリル! 申し訳ないのですが、メイベルのことを頼みます! 僕は……キャンディアを連れ戻してこないと! あのままだと、きっと彼女は……!」

「待って! 待ってってば――!」


 すっかり気が動転したブリルは必死に引き留めようと、レイに言ったのだが、


「――あーもう! 分かったわ! 後のことはこのブリルお姉さんに任せなさい! どーんとねっ!」


 最後に振り返った顔がはにかんだように微笑む。


「だから僕、ブリルのこと大好きなんですよ! 頼みましたからね!」

(もー……。レイ君の……ばか……)


 思いがけず飛び出した、場違いすぎる告白(?)に頬を赤らめながら、ブリルはこれからどうしたものか……と途方に暮れたのであった。



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