第三話 黒衣の剣銃遣いは再び現る
「うるぁあああああああああああああああああ!」
「
一斉に男たちがノーマン目がけて武器を振り下ろした。見れば、サイズこそまちまちだが、そのほとんどが斧の形状をしている。隆とした四肢とずんぐりとした体格に見合ったその獲物は、ひょっとすると彼らがドワーフの血を少なからず受け継いだ者たちなのかもしれないと思わせる代物だ。
あわや、と思った次の瞬間――。
「何っ!?」
びょうっ!
斧は空を斬り、何人かがバランスを崩した。それを乱暴に一際大きい斧の刃先で押し退けると、リーダーの男は何かを察して頭上を見上げ、それを見つけた。
「う、上だ! と……飛んでやがるだど……!?」
そうではない。
ただ《視ている》だけしかできなかったブリルは知っている。
幾重にも凶刃が迫り来る直前、ノーマンは関節の可動域を超えるほど姿勢を低く落とし、そのたわんだ全身のバネを余すところなく使って上空へと一気に身を躍らせた――あの時と同じだ。
がぎり。
リーダーの男は再び大斧を構え、大声で吼えた。
「じゃら臭い! こいつで叩き落としてやるわ!」
ぶぉん!
ぶぉん!
ぶ――ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!
そのまま器用に頭上で大斧を風車のように回し始める。見る間に速度を増したそれは、一枚の大皿のようになった。桁外れの物凄い
「……!」
やがて、重力に引かれてノーマンの身体が落下してくる。このままではまともに喰らってしまう。
「ぬんっ!」
――当たってしまった!
ノーマンの身体が再び上空へと打ち上げられた。
「は――!」
だが、あまりの手応えのなさにリーダーの男の歓喜の叫びが凍りついた。
おかしい――きゅっ、と手元の動きを止め刃先を確認してみると、そこには一滴の血も見当たらない。
「――?」
しげしげと見つめると刃の表面に妙な跡がある。
ブーツの………………足跡?
「馬鹿な――っ!」
それは
いいや、違う。
ブリルが《視た》ものは絶対だ。あまりに現実離れしすぎていて信じることが難しかったのである。
「ま――まさかっ!」
リーダーの男は、大斧を構えることも忘れ、額にびっちり脂汗を浮かべて悲鳴に似た叫びを上げた。
「この回転している刃を踏み台にして、もう一度跳んだ……だと!? ば……化け物か――っ!!」
ばさばさと漆黒の外套を
「ひ――っ!」
リーダーの男は恐怖に顔を引き
ご――がっ!
が、無駄だった。
頑丈そうな斧の柄はぽっきりと折れ、そのままノーマンの右足がリーダーの男の脳天に蹴り込まれる。
「ん……が……!」
ずうん、と地響きを立てて巨体が崩れ落ちた。
し……ん。
一瞬の静寂。
ようやく事態を悟った残りの一団が一斉に動いた。
「よぐもぉおおおおお! ……ぐふっ!?」
「ぐるぁあああああ! ……んごっ!?」
だが誰一人、徒手空拳である筈の華麗で俊敏なノーマンの動きに太刀打ちできず、無残にも次々と崩れ落ちていく。
強い。強すぎる。
そこには、舞踏にも似た美しさがあった。
ブリルは信じられない思いで、しばし茫然と、魅入られたように見とれていた。
と――。
『ブリル! ブリル、僕です。レイですよ!』
「レ――レイ君!? ホントにレイ君なの!?」
心の何処かでずっと待ち望んでいた囁き声に、思わずブリルの声が一オクターブ跳ね上がってしまう。
しかし、
『お静かに!』
しーっ!、とたしなめられてしまった。
『気付かれちゃいますって! 今のうちに逃げますよ! 待ってて、すぐ解いてあげますから!』
『ご、ごめん……うひっ! くすぐったい……!』
やば――っ、漏れ……そう……っ!
終焉の日は近い。
頑強な結び目と一生懸命格闘しているレイを責める訳にもいかず、ぎゅっ、と目を閉じてひたすらに耐えるブリル。少年のたどたどしい指先が肌に触れるたび、さっきのリーダーの男に触れられた時とは別種の震えが全身を走り抜ける。
「で、出来ましたっ! 行きましょう!!」
「ありがと! きっと来てくれるって――!」
今すぐにでも腕の中に抱き締めて、過剰すぎる感謝の気持ちを伝えてあげたい衝動に駆られたブリルだったが――。
「何ら!? お前は――っ!?」
優しく微笑みかけてくるレイの後ろに、ぬっ、と大きな影が見えた。
「……!?」
「だ――駄目っ!」
ノーマンとブリルは咄嗟に共に反応した。
「レイ君を傷付けないでえええええ――っ!」
ブリルは反射的にレイの身体を引き寄せ、ひし、とその腕の中に抱きかかえてその身を犠牲にしてでも守るようにと身体を丸めた。
「……!!」
ノーマンは残る一人の首筋を手刀で激しく打ち据えると、ここでようやっと腰に下げた剣銃を鞘ごと抜き払った。だがその分、動きが遅れてしまう。
「この餓鬼めぇえええ! ご――ごばっ!?」
間一髪。
ノーマンが繰り出した剣銃の鞘が側頭部にめり込み、最後の男の巨体が物凄い勢いで横に吹っ飛び、ブリルたちの視界から一瞬でフェードアウトした。
「……はっ! 助かっ――!」
止めていた息を吐き、ブリルが口元をわずかに
ご……ん!?
何故か舞い戻ってきた剣銃の柄が、ついでにブリルの栗色の頭にも直撃して、意識が遠のいていく。
『ブ――ブリル!? だ、大丈夫で――!?』
……あー。
星がきらきら綺麗ねー。
何だかほんわかした気分でブリルは幸せだった。
――特に足の付け根あたりが重点的に。
最後に何処かで聴いた気がする声が呟いた。
『いやはやまったく――』
その声の主を、ブリルは確かに知っている。
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