第八話 新聞記者ブリル・ラウンドロック
「そういえば、ブリルはどうして僕を探していたのですか?」
下から見上げるようにしてレイはブリルに尋ねた。
状況的に少し言い出しづらくなってしまったが、少年に乞われて断れるブリルではない。
「……あー。さっきの《決刀》を見てたのよね、あたし」
「え――?」
空気が変わったのを感じる。
それでもいまさら言い止めるのは難しい。
「あたしね、新聞記者をやってるの。と言っても、何処に雇われている訳でもないんだけどね――」
ふと気付くと、レイはブリルの手をすり抜け、メイベルの手の届く範囲までさりげなく移動している。
警戒されている――そういうことだ。
「だからね、つい好奇心に負けて追っかけて来ちゃったのよ。迷惑だった?」
「あ、あの……」
「レイ様――先を急ぎましょう」
メイベルの様子も明らかに変わっていた。一人キャラバンと揶揄したくなるほどの大きな荷物を再び苦もなく一気に背負ってしまうと、後ろ髪引かれる素振り見せているレイの手を取り、その場から足早に立ち去ろうとする。
「あ――」
あまりの変貌っぷりにしばし茫然と立ち尽くしていたブリルだったが、慌てて小走りで追いつくと次なる質問を投げかけた。
「い、いや、ちょっと待ってよ! 逃げなくたっていいじゃない! ……ね、彼は一体何処に消え失せちゃったのよレイ君? 君はあのノーマンって剣銃遣いと共に旅をしている、そう言ってたよね?」
「あの……僕は……」
「――答える必要はありませんよ、レイ様」
弱り果ててメイベルを見上げると、正面を向いたままのメイドは無感情な声で言い捨てた。しかし、それではブリルの胸のもやもやは増す一方である。
「ね、何処まで行くの?」
矢継ぎ早に言葉を連ねる。
「何処かで彼と合流するのかな? まさかとは思うけれど、女一人子供一人、歩きで隣町まで行くつもりじゃないよね? さっき酒場のおじさんにも言われたの――遠出するなら竜を買うか借りた方が良いぞ、って。大抵はそうするらしいわ。この町で借りた竜でも、向こうで返せば大丈夫なんだって」
二頭立てにしろ一頭立てにしろ、とてもブリルの経済力では竜車を用立てることまでは難しかったが、鞍を付けただけの竜単騎であれば、何とか借りるくらいはできる値段だった。海向こうの大陸とは違って、ここアメルカニアの道は何処も未整備で乗り心地は悪そうだし、そもそも騎乗した経験すらないブリルではあったが、すぐに馴れる、と教えられた。
「そ、そうなんですね」
「――レイ様」
短く窘められ、少年は弱々しい笑みを浮かべる。
ブリルはそれでも構わず続けた。
「次の町、オールドバニーって言うんだけどね、何も老い耄れウサギがいたからそんな名前って訳じゃないらしいわよ? 何でも、最初にそこに辿り着いた開拓者がバニーって人だったらしくって――」
ざっ――。
突然、メイベルが足を止めたので、後ろから追いすがっていたブリルはその背の荷物に激突しそうになって、うぉっと、とたたらを踏んだ。
すっ、と振り返ったメイベルは、
「……良く喋るお嬢様ですね。ですが、私たちは旅の道連れを求めてはおりませんので。いずれ、また何処かでお会いしましょう――良い旅を」
そう一息に言い放ち、再び前を向いて歩き出す。
拒絶――。
口調こそ丁寧ではあったが、それは明らかだった。
「あ……えっと……」
しばし返す言葉もなくその場で呆けていたブリルだったが、どうしても自分の中にむくむくと湧き上がる疑問を解消したいあまり、今まで口に出すまいと決めていた一つの《事実》が飛び出してしまう。
「あたし、見ちゃった――見ちゃったのよ!」
一つの溜息と共に二つの足音が止まった。その背に向けて、ブリルは半ば感情的に言った。
「さっきの《決刀》、彼――ノーマンの剣銃捌き、それは見事だったわよね!? ……でも、違うでしょう? 撃ったのは彼じゃなかった。あの一撃は、レイ君、あなたがやったのよね!?」
「「――!!」」
ブリルの目の前にある二つの背中に緊張が走った。
ゆっくりと振り返る。
長身のメイドの丸眼鏡の奥の瞳に宿っている光は、さっきまでとは違い、無感情とは異なるものだった。
(う……)
反射的に、ブリルの身体に止めようもない震えが駆け抜け、思わず自らの肩をかき抱くようにして身を縮こませてしまった。
(やば……っ)
(殺される――!)
そんな野蛮な行為とはおよそ無縁そうな二人を前に、場違いで不吉すぎる予感めいたものがブリルの脳裏をよぎったが――もちろんそうはならなかった。
「何を言い出すかと思えば……」
呆れた、と鼻を鳴らす。
「レイ様はまだ一〇になられたばかりですよ。剣銃遣いになるための《剣と銃の試練》を受けられるご年齢までは、まだ三年もあります。そもそもレイ様はそういった荒事がお嫌いです。失礼ながら言わせていただければ、実に……馬鹿々々しいお話です」
「ちょ――!」
そうまで言われると、かちん、とくる。
「確かに見たんだってば! この目で!」
ブリルは何度も自分の薄青い瞳を指さし、急に思い出したように首から吊り下げている魔道写機を取り上げて高々と掲げた。
「それに! これでばっちり決定的瞬間って奴を撮っちゃったんだから! いい? 見てなさいよ!」
これは父から貰った物だ。だが、いくらそれが高価で最新式の魔道写機だとしても、今の技術では写真が現像されて吐き出されるまでの時間で紅茶を片手に優雅なひとときが過ごせてしまうというのは考え物だった。しかし、そろそろ頃合いの筈である。
「来た、来たわよ!」
まるでタイミングを計ったかのように現像完了を示す緑色のランプが弱々しく点灯すると、ブリルは早速ボタンを押して、入れ替わりに吐き出されてきたほのかにアンモニア臭の残る写真を摘み出し――。
「……」
ぴっ、と横合いからメイベルがそれを掠め取った。
「あっ! ち、ちょっとっ!」
すぐさま取り返そうと掴みかかってきたブリルの緩くウェーブのかかった栗色の髪をした頭を左手一本だけで器用に押さえつけながらメイベルは浮かび上がった像に視線を注ぎ、それから溜息を吐いた。
「いやはやまったく――」
首を振る。
そして、飼い犬に骨を投げてやるかのごとく、手にした写真をブリルに投げ返した。それに飛びついたブリルも何となく犬っぽい仕草である。
メイベルは言った。
「さあ、どうぞ。お嬢様ご自身で、それをご覧いただければ納得されるのではないでしょうか?」
「えっ」
(そんな馬鹿な――!?)
しかし確かに写真をじっくり見たところで、あの黒衣の物言わぬ剣銃遣い・ノーマンが腰あたりで構えた剣銃の銃口から閃光が迸っている――ある意味、その決定的瞬間の一枚でしかなかった。
「え、えーっと……」
ブリルの主張どおりレイの姿も確かにノーマンの後方付近に映り込んでいたものの、いかんせん角度が悪かった。見方によってはブリルの主張と一致する点もあるにはあるのだろうが、大勢的にはやはりノーマンが撃ったとしか見えない。
「……お分かりですか?」
「うっ……。でもでも、あたしは見たのっ!!」
あまり他人には言いたくないことだが、この際仕方ない。ブリルは叫んでいた。
「あたしが見た物は絶対なのっ! 見間違いなんてしないんだからっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます