第五話 それはいつも唐突に終わる


「ちょ――! 道を空けてってば!」


 もう!

 誰も聞いちゃいないじゃない!




《決刀》は唐突に始まり、唐突に終わる。

 それもまた、ルールの一つだ。


 と、同時に、通りは始まる前よりも騒がしくなり、噂を聴きつけて吸い寄せられるようにさらに輪をかけて集まってきた野次馬連中でごった返していた。こんな町の何処にこれだけの人間がいたのか、と驚くばかりだ。


 一人の剣銃遣いがその輪のほぼ中央に倒れ、伏せていた。だが、ときおりその薄く開かれた唇から呻きが漏れている。


 死んではいない、ということだ。




「あーもうっ!」


 そんな中、腹立ちと苛立ちを隠そうともしない黄色い声が響き渡ったが、すぐにも酒臭いざわめきにかき消されてしまいそうになる。


「通して、って言ってるでしょ!? ……わわわ! あたしのお尻触ってるの誰だゴラァ!」


 ごぎん!

 拳で肉を打つ音が聴こえた気がする。


 それでもこの場にひしめいているのはすっかり出来上がった酔漢ばかりなので、女の細腕一本程度では大して効果はなかったようだ。


「ふえっ! やんっ……胸触んないでってばっ!」


 可愛らしく悲鳴を上げたかと思うと、


「って……うぉい、ゴルァ! 今、触るほどねえじゃねえかとか言いやがったのは何処のど――!」


 拳を振り上げ――それは分厚い手に絡めとられていた。


「……何やってんだ、小娘。少しは落ち着け」


 その手の主・ドングは呆れたようにぐるりと目を回してみせると、押し寄せる酔漢たちからその少女を庇うようにして輪の外へと連れ出してやった。ふと見れば、その愛嬌ある顔には見覚えがある。


「店に来てた奴だな? 何を慌ててやがる?」

「放してってば! あたし、追いかけないと――」


 礼を言うのもそっちのけで、少女の薄蒼い瞳は通りの向こうに釘付けになっていた。自由な方の左手は、肩から下げている魔道写機を胸のあたりで大事そうに抱え込んでいる。背中には小洒落たデザインのリュックを背負っていたが、一人旅だと言っても大した荷物は入りそうになく、ドングにしてみればいかにも物足りなさそうに思えたが、旅の途中であるらしい。


「ははあん。あいつらが気になるのか?」


 確かに思い当たるフシがある。


「じゃあ、早く行った方が良い。ま、何だ、いつかお前さんがこの町に戻ってきた時は――」

「ありがとね! 助けてくれて!」


 少女はドングの科白を最後まで聞かず、遅れていた礼の言葉を述べると、顔中で、にかっ、と笑った。


「あと、約束するわ! だってあたし、超一流の新聞記者なんだから! 覚えといてね!!」


 忙しなく何度もサイドステップを踏みながらそう言い捨てると、脱兎のごとく走り去ってしまった。


「お――」


 残されたドングは、呆気に取られしばらくあんぐりと口を開いたままだったが、


「おいおいおい……」


 じき苦笑を浮かべながらぽりぽりと禿げ頭を掻いて、誰にともなくぼそりと呟いた。


「覚えといて、ってお前……てめえが何処の何様か、名乗るの忘れてるじゃねえかよ……」


(ま――いいか)


 ドングにはやるべきことがたんまりとあるのだ。




 それはこの《決刀》の後始末と、浮かれた熱を冷まそうとこの後サルーンに殺到することになるであろう飲んだくれ共のお相手。


 今日は夜までさぞや忙しくなることだろう。



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