第四話 真昼の《決刀》


 がぎぃん!


 先手を取ったのはエッジズだ。




 乾いた大地を割り砕きそうな一撃を、継ぎ目のない小手を装備したノーマンの右腕が辛うじて受け止めた。日差しを避けるような仕草で額の前に掲げられたその下から、赤いバンダナの奥にある冷たい色を湛えた二つの瞳が、憎しみに駆られたエッジズの表情を冷静に観察している。


「……」

「どうしても――抜く気は――ねえってか!?」


 ぎり、とエッジズの歯が鳴いた。そのまま力任せにノーマンの身体を弾き飛ばし、一定の距離をおいたところで上段に構えた剣銃をくるりと腰溜めに構え直して引き金を引いた。


 ごおん!


 閃光がほとばしり、轟音が鳴り響く。




 剣銃とは――。


 グレイルフォード皇国による一強支配以前に存在した北の小国・ロスニアで生まれ、皇国の治世において今の姿に洗練された武具である。その特徴の一つとして、遠・中・近距離の、さまざまな状況の戦闘に対応できる変形機構を持つことが挙げられるだろう。


 近距離では、剣として。


 遠・中距離では、銃として。


 ただし、遠距離での命中精度はそこまで高くはない。その理由は銃身の短さにあった。銃弾を安定させるだけの適切な速度と螺旋回転を生み出すための精密な製鉄技術がこの時代にはまだ存在していないためである。

 それでも、実にバラエティに富んだフォルムと機構を備えた剣銃が各地に点在する鍛冶職人ガンスミスの手によっていくつも生み出されていた。中でも《銃匠》の称号を得た鍛冶職人の作は、敬意をもってその名を冠するのが通例となっており市場でも高値で取引されている。


 どうやらエッジズの手にある剣銃は長剣の柄に短銃を仕込んだタイプのようで、外見が大きく変化するほどの目立った変形機構はないらしかった。多様性を犠牲にした分、剣形状での戦いにより重きを置いた剣銃、ということになるだろうか。


 放たれた銃弾はわずかに狙いが逸れ、乾いた地面を浅く抉っただけだった。だが、その腕前は口先だけでは済まないものがある。


「次は当てるぜ!」

「……」


 手首を返すように剣銃を跳ね上げると、エッジズは狙いを定めるように再び上段で油断なく構えた。一方のノーマンは、まだ腰に下げた剣銃はそのままで、ただ直立して大きく両手を広げている。


「ち――」


 ぎらつく陽の光がノーマンの煤けた鉄兜を焦がすように反射して、エッジズの視界に割り込んでくる。それを嫌がってブーツの底をぐりぐりと擦りつけるようにして右へと移動すると、呼応するようにノーマンが左に歩を進めた。これもまた計算ずく、ということらしい。


 ざざ――!

 がぎぃん!


 斬りかかる。


 それをノーマンが今度は左腕の小手で外へと受け流し、がら空きになったエッジズの喉元目がけて右拳を突き出してきた。


「糞っ!」


 ごおん!


 再び轟音が鳴り響いたが、それはノーマンを狙っての一撃ではない。飛び出す銃弾とバックファイヤの反動を利用したのだ。瞬時に軌道の変わった剣筋がノーマンの右拳を下方から一気に跳ね上げた。


 形勢逆転――この隙を逃すエッジズではなかった。


「喰らいやがれえええっ!」




 一閃。




 しかし次の瞬間、驚愕して血の気を失ったのはエッジズの方だった。


「な――!?」


 びょうっ!


 瞬きよりも早く、エッジズの眼前から漆黒の剣銃遣いの姿が掻き消えた。


 ――上だ!


 一拍重心を落としたかと思った次の瞬間、常人とは思えないほどの跳躍力でノーマンが宙に身を躍らせたのだ。陽光を浴びながら、くるり、と身を翻すと、《決刀》開始前とほぼ同じ距離を置くようにして、とっ、と軽やかに音もなく着地してみせる。


「……」


 そして、構え。

 いまだ徒手であった。


「てめえ……化け物か……!」


 乾いた唇を湿らせながら、エッジズが掠れた声で独り言のように呟いた。


「糞っ……まさか……お前も《辿り着いた者ゴールド》だ、って訳じゃねえだろうな……!?」




 その言葉に、


「――!?」


 はじめてノーマンが動揺する素振りを見せた。




「今……何て言ったんです……!?」


 その変化は、傍らで見守る少年にもまた顕著に表れていた。悲鳴を押し留めるように口元を両手で覆い、その指先は小刻みに震えている。


「《決刀》の最中だ。邪魔するんじゃねえ!」


 自分の口にした何気ない一言が予想外の効果を生んだことに内心驚きつつも、エッジズは少年の問いかけを吐き捨てるように一蹴した。


「知りたければ、そいつに剣銃を抜かせれば良い話だろう? 万に一つ勝てでもしたならば、俺は知ってることを話すかもしれねえからな――」

「……!」


 唯一外気に晒されたバンダナの奥のノーマンの瞳には、今まで決して見せなかった激しい感情のうねりが覗いていた。


 憎悪、だろうか。


 たっぷりと時間をかけてから、その双眸が許しを乞うように少年に向けられたのだが、


「だ、駄目――駄目ですよ!」

「……?」


 少年が銀灰色の髪を揺らして応じると、何故だ、と物言わぬノーマンの瞳が喰い下がる。


「もうあんなことは……! 駄目……なんだ!」


 その脳裏に浮かんでいるのは何か。


 少年は今にも泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めると、そのイメージを追い出そうとなおも激しく首を振る。だが、無駄だった。


「……!」


 やるぞ、とノーマンは有無を言わさぬ意志をその瞳に込めて、一度だけ頷いた。


「……分かりました」


 ようやく動きを止めた少年の口から漏れ出たのは、思わず息を呑むほどの低く昏い声だった。


「けれど……忘れてませんよね、僕たちのした契約を? 約束しましたからね!」


 ああ――と応じ、ノーマンは強張りを解くほぐすように指を蠢かしながら、ゆっくりと左腰に下げた剣銃に向けて左手を伸ばして――。


「いいぞ! ようやくやる気になったってかよ!」


 エッジズは牙を剝き出すように笑みを浮かべ、






 ごおん!


 直後、二つの轟音がシンクロした。



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