第二話 剣銃遣いと剣銃遣いと少年

「俺は質問……してるんだがな?」


 男は、もう一度、もう一度だけ、辛抱強く繰り返した。


 しかし、やはり答えない。

 代わりに口を開いたのは、連れの少年の方だった。


「あの……よろしいでしょうか?」


 見た目どおり控え目な、そして見た目にそぐわぬ丁重でしっかりとした口調に、剣銃遣いのざわつき始めた心が一瞬の穏やかさを取り戻していた。


「聞こう」

「彼――に何か御用でしょうか? 誠に申し訳ないのですけれど、彼は昔負った傷のせいでうまく会話ができないのです。なので――」

「お前はこいつの息子か何かか?」

「い、いえいえいえ! 違いますよ!」


 話の途中で剣銃遣いが挟み込んできた質問を、慌てた少年が何度も手を振るように打ち消した。


「僕たちの関係は……そうですね、主と従者、だと考えていただければ間違いないでしょう。こうやって、彼ができないことを代わりに――」


 そこで物言わぬ剣銃遣いが不意に少年の耳元に顔を寄せて何事かを囁くと、何を言われたものか少年の白い顔には一瞬で朱が射し真っ赤になった。


「え……あの……」


 途端、しどろもどろになる。


「つ、つまり、そういうことなんです。こ、こうして彼の代わりに会話のお相手をしたり、とかですね。だんまりでは長旅をするのに何かと不便ですから」


 話し終えた少年は若い剣銃遣いの同意を求めるように、えへへー、と愛くるしく笑ってみせたのだが、返ってきたのは一層昏く翳りを帯びた氷のように冷たい視線だけだった。


「長旅……と言ったな?」


 若い剣銃遣いは瞬きをしない。


「つまり、海の向こうから来た、ってことだと受け取った。もう少し、話をしようか」




 しばしの間が空いた。




 この三人の誰でもない他の客が身じろぎする音が聴こえ、ようやく止まっていた時間が動き出した。


「………………僕、そう言いましたっけ?」

「どうだかな?」


 若い剣銃遣いは曖昧に頷き、物言わず彫像のように微動だにしない剣銃遣いをちらりと見て続けた。


「だが、俺の方は俄然興味が湧いてきたよ。そして、お前も否定はしなかったろう? だから、もう少しお話しをしよう、そう言っているんだ」


 少年も――隣の物言わぬ剣銃遣いの、唯一外気に晒されている双眸に目を向けた。


「……」

 すると、ようやく彼が彫像でないことを示すかのように、わずかに肩を竦めるのが男にも分かった。


 溜息を一つ。


「はあ……困ってしまいました……」


 それにしても、少年はこの状況下においても歳不相応に落ち着き払っているようにすら見える。今してみせた表情に至っては、危うげでアンニュイな、色気すら感じさせる実に悩まし気なものであり、男との関係を邪推したくなる程だ。彼にできないことを代わりに――つまりはそういうことも含まれているのかも知れない。

 もやついた気持ちを振り払うように首を振り、若い剣銃遣いは柳眉を寄せる少年に諭すように言った。


「困る必要なんてないだろう? これから俺がする質問に答えてくれさえすればいい」

「僕、それが困ると言っているんです……」

「では、まずは聞こう」


 構うことなく続ける。


「お前たち……旅の途中でフランキの港町、シェールフルには立ち寄らなかったか?」

「ああ! 僕、困っちゃいます……!」

「答えろよ」

「どうしても……ですか?」

「答えたくなるようにしてやってもいいんだぞ?」




 そこからの動きは唐突で一瞬だった。




 若い剣銃遣いは、先程ドング相手にしてみせたように、懐に右手を差し入れ、風のごとき刹那の速さでナイフを抜き放ったが――その手は今まで動こうともしなかった物言わぬ剣銃遣いの右手に絡み取られてしまった。


「――!」


 遅れて少年が蒼褪める。


 ぎり。


 若い剣銃遣いのわずかに開いた唇の奥から奥歯の鳴く音が漏れたが、意外な程ほっそりとした物言わぬ剣銃遣いの右手を振り解くことができない。どころか、今にも握り砕かれそうな握力に己が右手が悲鳴を上げ始める。


「あんたが生きていてくれて嬉しいぜ……これから殺そうと思っている仇がそこで死んじまってるものかと思ってたんだからな」


 強がりと憎しみの入り混じった科白を口に出すと、右手はようやく解放された。だが、間違っても苦痛も安堵も顔には出さず、手の中のナイフを器用に空中で一回転させてから狙いをつけるように構える。


「お前、シェールフルで女剣銃遣いを殺したな?」


 その瞳に冷たく黒い炎が、めら、と立ち昇った。


「……あれは俺の姉貴だった! 俺の名はエッジズ。お前が殺めたベラッサ=ティースボーンの弟であり、お前の……死神の名だぜ!」

「ひ、人違いじゃ……ないですかね……?」


 少年は慌てて何度も手を振るが――。


 エッジズとその手の中にあるナイフをじっと見つめたまま物言わぬ剣銃遣いの鋭く細められた瞳は、そうは言っていなかった。少年は思わず頭を抱える。


「ああ……! 困りました……どうしよう……!」




 こうして唐突に始まるのだ。


 そう、この《剣と銃と魔法の世界》において唯一許された、人の善悪を定めるシンプルな儀式――《決刀》というものは。


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