七連装《セブン・バレット》の魔剣銃

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

1.ここは始まりの町、イスタニア

第一話 剣銃遣い、荒野より来る

「まったく! 傑作だったな、あの驚いた面ぁ!」

「違いねえ」


 手の中のぬるいジョッキを、ぐびり、とあおる。


「討伐中だったってのに、こちとら腹抱えて笑い転げそうになっちまったぜ! しかし、あのコボルドって連中はいつだって――」



 からん。


 樫のスウィングドアの上の方に辛うじてぶら下がっているベルが来訪者を告げると、サルーンは水を打ったように一気に静まり返った。



「……」


 若い、男だ。


 目深に被った鍔広の鉄兜の下の方で陰鬱な光を宿している瞳が、昼間から盛況なサルーン中を探るようにゆっくりと一巡する。


「ち――剣銃遣いか」


 誰かが言った。


 しかし、誰でもなかったかのように、どの客の顔にも大した感情は浮かんでいない。ただ、じっ、と若い剣銃遣いの一挙手一投足を見逃さぬようにと、生気の抜け落ちた淀んだ視線を向けている。


「……」


 物も言わず、その剣銃遣いは使い込まれたブーツの踵を鳴らして一歩踏み出した。


 足を踏み出すたび、がちゃり、がちゃり、と金属同士がぶつかり合う音がする。見れば、荒野を旅する冒険者が好んで身に纏う藍色の外套の左の腰あたりにはアンバランスな膨らみがあった。それを足元の方へと辿っていくと、丈の長い外套の裾から鈍色の金属で意匠を施した鐺が顔を覗かせている。それで、この場の誰もが否が応にも男の正体を確信した。やがて年季の入ったカウンターの前へと辿り着いた剣銃遣いは、見た目にそぐわぬ皺枯れた声を発した。


「人を――探している」


 しかし、カウンターの奥の禿げ頭の巨漢は、使い込まれてすっかり曇ったグラスを磨く手を休めようともせず、じろり、と怪訝そうに一瞥しただけだ。


 剣銃遣いの細くこけた顔に、僅かな苛立ちが浮く。


「……聴こえたと、思うんだがな?」


 溜息のようなその問いを耳にすると、禿げ頭の巨漢――この《始まりの地》イスタニアで長年サルーン『血塗れ酒場』を営んできた店主・ドングは音を立てぬように手の中のグラスをそっと棚へと戻し、カウンター越しに身を乗り出して威嚇するように低く唸った。


「そうかもしれねえ。……だがな? ここはサルーンだ。酒の一杯も頼まねえ無作法な流れ者とお話ししたところで、俺の商売にはちっともならねえと思うんだが。……違うかね?」




 沈黙は長く、ひりつくほど痛い。




 やがて、耐え切れなくなった誰かが身じろぎを一つすると、それに呼応するかのように剣銃遣いがゆっくりと右手を外套の中に伸ばした。


 だが――。


 そこから出てきたのは一枚の鉄貨だ。


「一杯、貰おう」


 こおん。

 カウンターを響かせて置かれたのは、水、である。ドングは言った。


「鉄貨一枚で酒なんぞ出せねえ。で、何の用だ?」


 酒ではなかったが、話を聞く気にはなったらしい。剣銃遣いはその大して清潔そうでもないグラスを横目に見、不満げに鼻を鳴らしたが、結局取り上げて乾いた喉に流し込むことにする――ぬるい。


「俺は、人探しをしている」


 剣銃遣いはもう一度その言葉を口にした。


「最近、この街に見かけない奴が来なかったか?」

「ああ、見たとも」


 即答するドングの顔を見つめ、続きを促すように、ぴくり、と片眉を上げると、面白くもなさそうな巨漢の顔からつまらなさそうな答えが返ってくる。


「若い剣銃遣い――ほら、俺の目の前にいる奴さ」

「おいおいおい……」


 剣銃遣いは止めていた息を吐いて首を振る。


「こっちはあんたの冗談に付き合える気分じゃない。真面目に答えてくれねえかな、おっさん」

「俺だって、尻の青い若僧相手に冗談言えるほど暇じゃなくってな。糞が付くほど真面目だぜ?」

「へえ――」

「……悪いことは言わねえ。止めとけ」


 見ると、剣銃遣いの右手がいつの間にか外套の中に潜りこんでいる。だが、ドングの一言でその動きは辛うじて止まっていた。


「それは、あんた次第だと思うぜ?」

「いいかね、若僧」


 静かに引き絞られる剣銃遣いの感情をなだめすかすかのように、ドングはゆっくりと諭した。


「お前さんが何処から流れてきたものか俺は知らないし、知りたくもねえとも思ってる。だがな? 少なくとも、このアメルカニアって未開の地には流儀ってモンがあってな。それを少しくらいは学んだ方が良いんじゃないかと、俺は思うんだがね?」


 そこで言葉を切り、すっかり空になったグラスを再び満たす。じっとその様を見つめ、伺うようにドングの黒い瞳を覗き込むと、やれ、と促された。


 剣銃遣いは仕方なくグラスを手に取り、その中身を一気にあおった。


「ぐ――」


 中身は――酒だ。

 しかも、とびきり強い。


 ただし、生温いのには一切変わりはなかった。


 くぐもった呻きを上げて咳き込む剣銃遣いを呆れた表情で見つめたまま、ドングは話の続きをする。


「知ってるか? 海の向こうの、束の間の平穏ってぬるま湯に漬かり切ってる糞面白くもねえ皇国領から、わざわざ二〇余日も船に揺られてこのだだっ広い土地に渡って来る奴には三通りしかいねえのよ」


 そこでドングは、剣銃遣いの前に拳闘士紛いの岩のようなゴツい右手を突き出し、一本、指を立てた。


「一つ。このアメルカニアでドでかいことを成し遂げてやろうと意気込んでいる奴。……ま、早い話が序列も階級もコチコチに固まり切った皇国にいたんじゃあ、どう足掻いても一生下の下の平民のままだってんで、何もかもが新しいこのアメルカニアならのし上がれる、ってな御大層な夢を酒や薬の力も借りずに真昼間っから見ているピーター・パン様だ」


 それを黙ったまま聞いている剣銃遣いが合槌代わりに軽く肩を竦めてみせると、続けてドングは隣の指を立てた。


「二つ。ただでさえ糞みたいな人生だってのに酷いへまをしでかした挙句、皇国中の何処にも居場所が無くなっちまって逃げてきた奴だ。盗みだ、不貞だ、密通だのと言ってるうちはまだマシな方でな? 中には親殺しだの国家転覆を企てただの、終いには悪魔と契約して皇国に呪いをかけただの言うイカれ野郎だっているんだぜ」


 自ら語っておきながら、ドングは、やれやれ、とばかりに口端をわずかに引き上げ、笑みらしき形に薄い唇を歪めながら大仰に肩を竦めて見せる。


 だが、


「……」


 一方の剣銃遣いは今度は身じろぎ一つしなかった。


 それを目にすると、ドングは溜息と共に再び小さく肩を竦めた。ノリの悪い野郎だ――そう言いたかったのだろう。諦めたように続きを口にする。


「どいつもこいつも似たような糞どもだが、一つだけ、ただ一つだけ連中には共通点があってな――」

「……それは?」


 問われるがままにドングはにやりと笑い、最後の三本目の指を立てた。


「三つ。その糞どもの糞みたいな人生を終わらせるために遥々追ってきたもっとドでかい糞。遅かれ早かれ、いずれそいつに殺される運命だってことだ」


 繰り返し口に出された下品極まりない単語に剣銃遣いは露骨に眉を顰めたが、ドングにはどうでもいいことである。


「今日か? 明日か? 一か月――一年後か? そいつは神様でも分からねえ。この世に神様ってのがいるんだったら、って話だが。……ま、つまりは誰にも分からねえ、ってことだ」


 神なぞいない――その割に、ドングの発達した大胸筋の谷間には煤けた色をした銀のアンクが居心地悪そうにぶら下がっていた。彼が神聖十字教団の信徒である証である。ただし、その信心のほどまでは計り知れない。しかし、どっちにどう転んでも、若い剣銃遣いにとってはさして面白い話でもなかったようである。


「……ここなりの流儀、って話はどこに行った?」

「知るもんか。糞喰らえだ」


 ステージが終わったピエロのごとく大きく両手を広げ、お道化た素振りで一礼をしてみせたドングのにやにや笑いに、ご丁寧にも一しきり付き合ってみせた直後、剣銃遣いは懐に手を突っ込んで目にも留まらぬ速さでナイフを抜き放った。そして、そのにやにや笑いの下の方でごくりと唾を呑み込んだ喉元に突きつける。


「お……おい……止せって……!」

「俺はあんた次第だと――言った筈なんだがな?」

「わ、悪かった! 悪かったって!」

「もう一度尋ねる」


 剣銃遣いは冷徹な表情を崩さず、ドングの謝罪の言葉には一切構わずに続けた。


「近頃、俺以外に余所者を見かけたか? ……おっと、今度は答える前によくよく考えた方が良い」


 ドングは大きな喉仏を動かし、口腔に溜まった唾をやっとのことで飲み下すと、


「あの奥の奴だ……あの奥のテーブルに座ってる男……あんたと同じ剣銃遣い――」


 そこまでをつっかえつっかえ口にすると、ようやく冷たい感触が遠ざかるのを感じ、引き攣った愛想笑いを浮かべた。もちろん、目の前の剣銃遣いが背を向けた途端、その表情は唾を吐きかけそうなものに変化したのだが。


 がちゃり。

 がちゃり。


 店内の飲んだくれ共の視線が剣銃遣いの動きに追随する。やがてもう一人の剣銃遣いの前に立った男は感情を押し殺した声音で静かに尋ねた。


「おい。……あんた、何処から来た?」


 だが、


「……」


 答えはない。


 よく見ると、薄汚れた黒い外套と、血のように赤いバンダナで全身はおろかその表情まで一分の隙もなく覆い隠している長髪の剣銃遣いの隣には、銀灰色の髪が特徴的な小柄な少年が座っていた。


 連れ、だろうか。

 それにしては若い。歳の頃は一〇くらいだろう。


 ふと、この剣銃遣いの息子なのかもしれない――そんな考えが頭をよぎったものの、あたかも知性を宿すかのごとき青緑の瞳と中性的ですべすべとした顔立ちに、じき自信が揺らいだ。旅慣れているのか、少年のいで立ちからそれが伺い知れる。




 だが、どうでもいいことだ。


 この剣銃遣いはもうじき死ぬ運命にあるのだから。


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