第5話 木喰オーロックスと無理難題 後編

 ウーナーは魔力の籠った水に布を漬け、繊維の奥に浸透するまで待った。

その間に、エンチャント用の溶液を作成した。

今回はインクに魔力の籠った粉を混ぜ合わせたものだ。

 そのインクで水分をふき取った布にエンチャントの文字を書き込んでいく。

 強度をどのくらいにするかで少し悩んだが、

ある程度まばらに、強すぎない程度で付与をすることにした。


 付与が終われば、それを釣り込んだ木喰オーロックス革の靴に被せる、

そして緊縛のエンチャントを発動させ、そのまま放置した。

 後はそのまま放置してウーナーは別の仕事に取り掛かった。

絶対に成功することを祈りつつ、靴に付ける底の製作である。

 底に使用する革は別の鞣し業者からまとめて仕入れている。

鞣し剤と木の渋み、つまりタンニンの両方で鞣された革は、

厚みはあるものの、頑強でかつしなやか、そして靴の底には最も大事な、

摩擦への強さを獲得している。

 その底革を適切な大きさに切り出し、2枚を接着して片足分として

本命予備合わせて4枚の革の前半部に、底の1枚の革にだけ横から

少し切り込みを入れ、めくれるようにする。

その後、革に縫い合わせるための穴を開けていく。

 何せ厚さは革を2枚合わせると下手なステーキよりも分厚いのである、

針などは通らないので、前もって穴を開けておくのだ。

 そしてめくれるようにした革で覆うと、最終的に縫い目が隠れる。

これによって靴底を接続する糸から水が染みにくくなるのだ。

 次にウーナーは靴のかかと部分を作成した、これも同じ底革を使い、

かかとの形に切り出した後、何枚かを重ねて接着する。

靴に付けるのは、底を靴に縫い合わせた後なので、このかかとには

貼り合わせた後は何も行わず、そのまま置かれた。

 

 作業が終わった後、ウーナーはもう一度木喰オーロックス革の靴に

祈りをささげ、食事に出かけた。今日はもう何もしないつもりである。

 下手にやきもきするよりも、すっぱりと成り行きに任せる、

この方が精神衛生には良いということを彼はよく知っていた。



 翌日恐る恐る被せた布を取ってみると、

釣り込まれた木喰オーロックスの靴は釣り込みができているように見えた。

 その靴に彼は底を縫い合わせていった。

ただし、その方法は単純に底を縫い合わせる方法では無かった。

 底と甲革の間に、細い革を1枚介在させる、

それによって靴の中に水や泥が侵入するのを防ぐ、

そして直接底と甲革が繋がっていないので、甲革が健在な限りは、

何度でも細い革と底を取り換えることができるのだ。


 ウーナーはまず細い革を甲革そして甲革の底に付けられた中底に

縫い合わせていく。

 底部側面にまるで帯のように細い革が巻かれ、それが縫い合わされる。

 糸を縫い付ける際には、やわらかくした松脂を嫌というほど、

糸に擦り付けてから靴を縫っていく。

 この松脂が水を防ぎ、糸が水分を含んで切れるのを防ぐのだ。

 甲革へ細い革を縫い付け終わると、今度は中底に

シャンクと呼ばれる細い鉄のパーツを入れる。

 このシャンクが入ることで足が支えられ、靴の変形を防ぐ。

 そしてその上に練られたコルクが埋められていく。

 このコルクがクッション代わりになり、履き心地を良くするのだ。

またコルクが段々と足の形に変形することで、履き心地がさらに向上していく。

 コルクで中底が埋まると、次は底を細い革へと縫い付けていく。

底と細い革が接続されることで、細い革はL字状になり、

甲革と底の隙間を塞ぐことで、水や泥の侵入を防ぐのだ。

 底を縫い終わると、熱したコテでめくれるようになった部分を

底へと貼り付けていく。

 貼り付けた後は、かかとの部分を乗せ、接着した後、釘を打ち込む。

 もちろん釘は内部まで貫通せず、底に食い込む程度の長さである、

これでかかとの部分を靴に固定するのだ。

 かかとの固定が終わると、かかとのパーツの端を覆うように

L字型の鉄板を打ち込んでいく、かかとの消耗を防ぐのだ。

 それが終わると、鉄の鋲を底の前部に間隔を空けて打ち込んでいく、

この鋲によって地面への食いつきを良くするのだ。

 冒険者は町中でもなければ舗装された道はまず歩かない。

むき出しの地面にはこのような靴が最も向いている。

 その加工が終われば、やすりで底の周囲を整えていく、

底側面を面一にすることで、靴の外見は整っていくのだ。

 これで全ての作業が終了した。

 

 底を付け終わったウーナーは、おもむろに靴から木型を抜いていく、

その際かなりの力が必要だったことから、

緊縛のエンチャントによる釣り込みの補助は上手くいったと彼は確信した。

 木型を抜く際に力が必要だったということは、

甲革がきちんと成型され、

木型の形になりぴったりと密着していたことを示すからだ。


 仕上げにオイルで靴を拭ったあと、布で磨く。

それが終わると靴紐を通し、靴が完成した。


 同様の作業を予備の牛革の靴にも施していく。

上質の革を使ったお陰か、1日早く釣り込みが終わっていたのだ。

もう必要は無くなったが、せっかく上質の木喰オーロックスの皮の余りを

もらえるのだ、サービスしておくことに越したことは無い。

 そして靴は普通複数を使いまわすべきであるのだ。

同じ靴をずっと履いていると、靴の痛みが早くなるし、

何より靴の中に湿気が溜まって水虫になってしまうからだ。

製靴ギルドは3足を使いまわすことを推奨しているが、

そんな贅沢ができるのは一部の者たちだけである、基本靴と言うのは高価だ。

 そして予備の靴があることで、本命を修理に出している間でも、

新しい靴を追加する必要もないし、タダなのだから

フロイデンベルグも喜んで受け取るだろう。そう考え

ウーナーは作業を続けていった。



 期日に訪れたフロイデンベルグはできた靴の出来栄えに狂喜乱舞していた。

無論、予備の方の靴もタダでもらえるとあってその喜びようは尋常ではない。

何度も礼をウーナーに述べた後、フロイデンベルグは足取りも軽く去った。

 そしてウーナーも笑顔のままである。

 木喰オーロックスの見事な皮をこれからどう使おうか、

それを考えるだけでも実に楽しい気分になるのであった。

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ウーナーさんの革工房 ~エンチャントを添えて~ こうがしゃ @osprey335

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