第4話 木喰オーロックスと無理難題 前編
その日やってきたのは、創水師のアックワであった。
水に濡れても平気なように、ロウ引きの灰色ローブを羽織り、
いかにも魔術師です、と言わんばかりの髭を伸ばした顔をしている。
「で、今日はいかほど創ればよろしいのです?」
「そうだな、小さい樽二つ位でお願いするよ」
注文に応じ、アックワは水を創成する。
小さな羊皮紙の切れはしが樽に入れられたかと思うと、
あっという間にそこが水で満たされた。
小さいとはいえ、子供の背丈ほどはある樽である、
その魔法は見事なものであった。
「ではお代を頂戴します、今回は少ないんで銀貨1枚ですな」
「あいよ、毎度ありがとうよ」
銀貨を渡されたアックワはそれを懐に収めると、
そのまま出口へと向かったが、思い出したかのように振り返り、
ウーナーに告げた。
「そういえば、そちらのギルドの方で何やら新しい話があるそうですよ
私も詳しくは知りませんが」
それを聞いたウーナーは腕を組む、そういった話は聞いていないという
風であった。
「新しい話か、何だろうな、俺には心当たりが無いなぁ」
「そうですか、それではまた」
そう言って創水師は去っていった。
ウーナーはそのまま作業へと戻る。
急ぎの仕事であった、5日前に急に入った注文があった。
それは常連の冒険者フロイデンベルグの持ち込んできた、
木喰オーロックスの見事な皮であった。
それを1週間、つまり明後日までに靴に仕立てないといけないのだ。
木喰オーロックスは、魔力の豊富な樹木や草の葉を食べ続け、
その魔力により変異し大型化した化け牛と言っていい存在である。
その厄介な点は、あらゆる植物をものすごい勢いで食い荒らすことである。
1日に下手をすれば小さな森を不毛の地へと変えてしまうことすらある。
そのような恐ろしい生態のため、発生すれば直ちに冒険者ギルドから、
高額の賞金がかけられ、冒険者たちによる討伐が行われる。
その討伐で手に入れた皮をフロイデンベルグが持ち込んできたのだが、
それを7日で新しい靴に仕立てるというのは一言で言って無理難題である。
そもそも皮を鞣す工程を除いて、靴の縫製は1日で仕上げてしまえるにしても、
靴は成型、正確には釣り込みと言うが、それを行うのに木型に据えて、
1週間はかける必要があるのだ。
それに木喰オーロックスの皮には非常に厄介な性質を持っている。
鞣す際に特定の処理を施さなければ、木質を溶かしてしまうのだ。
この処理を怠れば、木型に据えることもできず、またよしんば、
木型を木ではなく例えば石膏で作り、釣り込んで靴を作っても、
いずれ縫っている糸を溶かしてしまうし、おちおち靴下も履けない。
その処理は石灰に漬けて毛を抜けやすくする際に、
石灰を溶かした水をある程度高温に保ち、木を溶かす力を失わせることである。
高温に保つことはある種のエンチャントの施された羊皮紙があれば、
それこそ恒温であるとか、熱でも構わない、それさえあれば簡単であるが、
これを使うと石灰が皮に浸透しすぎるので、浸透のエンチャントを
施された石灰は使えず、3日は漬け込む必要があるのだ。
そして鞣し自体は1日で済ませることが可能だとしても、
ウーナーには時間が圧倒的に足らなかった。
そもそも製作日数が間違っている話ではあるが、
フロイデンベルグは木喰オーロックスを倒した功により、
とある貴族のお抱えになるという話が上がったのだ、
そのための会合が木喰オーロックスを倒した7日後に設定されたのだが、
元より単なる冒険者である彼に貴族に会えるような服装は持ち合わせていない。
服だけはなんとか手持ちの賞金で揃えたものの、戦闘で破損した装備の
修復に金を取られ、そこで賞金は尽きてしまった。
つまり、貴族に会いに行くための靴が無かったのである。
そして貴族に会いに行くような靴となると、そこらの既成靴では駄目で、
少なくともこのボストニアにおいては、注文で作られる靴でなければ、
とても貴族への面会には使えないのであった。
そして注文靴というのは製作時間が非常にかかる。
馴染みの職人が居れば別であったが、フロイデンベルグには、
馴染みの職人といえばウーナーだけだったのだ。
そこでウーナーに白羽の矢が立った訳ではあるが、
フロイデンベルグは箔を付けたかったのか、倒した木喰オーロックスの皮を
貴族に会うための靴に使うことを提案してきた。
無論ウーナーは断ったが、馴染みの注文であり、
余った皮は好きに使っていいと言われ、しぶしぶ承諾した。
作れなかった場合には、上等な牛革を使った靴でいいという契約で、
この無理難題をウーナーは引き受けたのだ。
その予備の靴は現在木型に据え付けられ、釣り込みが行われている。
こちらの靴は期限には間に合いそうである。
ウーナーは本命の靴を期限に間に合わせる方法で思案していた。
本来1週間かかる釣り込みをどうやって残り2日で行うか、
いい方法は無いかと模索したが、見つからず昨日は無為に潰してしまっていた。
いよいよ予備の靴の出番かと半ばウーナーは諦めてはいる。
だが、それでも何かいい方法は無いかと思案していると、
ふと試作の靴が目に留まった。
その靴は工房で出てくる革のハギレを使って作られており、
縫い目が様々な方向へと出ている。
手慰みに作った試作品ではあったが、そこに付与されたエンチャントを
ウーナーは思い出したのだ。
この試作品は、ハギレを縫い合わせて靴本体を作っており、
小さい皮が縫い合わされて甲革、すなわち底ではない靴の上部ができている。
つまり継ぎはぎなのだ。
そのため、縫い目が弱点になるのは分かっていたが、
そこをウーナーはある工夫で克服していた。
何をしたのかと言えば、縫い糸に緊縛のエンチャントを付与したのである。
頑強ではなく緊縛、これが重要であった。
継ぎはぎの革なので、縫い目に力がかかれば破れてしまう。
それで、頑強のエンチャントを革には付与する。
だが糸に頑強のエンチャントを付与してしまえば、縫い目が強すぎて、
付与を施した革でも縫い目から破れてしまう。だが緊縛であれば、
激しく動いても破れないことを、貸し出した冒険者に確かめてもらった。
緊縛のエンチャントを使うことで、ウーナーは間に合うかもしれないという、
希望を見出し、早速試してみることにした。
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