第3話 砂漠サメの革と伯爵令嬢 後編

 翌日、乾いた砂漠サメの皮に、ウーナーは魚油を塗布していた。 

魚油はタラの油であり、後に行うエンチャントのために、

魔力の籠った木の粉を混ぜてあった。


「来たわよ、さぁ続きを見せて頂戴」


 そこに伯爵令嬢がやってきた。


「はぁ、いらっしゃいませ、今は油を塗ってます、

 この油には魔力を通しやすくする粉を混ぜていますね。

 後でやるエンチャントがこれで通りやすくなるんです」


 そう言いながらウーナーは次々に油を塗布し続ける。

そして皮全てに油が塗られ、その皮を持って彼は外へと出た。


「で、この皮を日光に当てながら、揉んで柔らかくしていきます」


 そう言って砂漠サメの皮を次々に手で揉み、皮を柔らかくする作業が続いた。


「揉み終わったら、後は乾くまで待つだけですんで、

 この間にエンチャント用のインクを作ってしまいましょう。

 あれはあまり日持ちしませんので、塗る前日に作るのが楽ですね」


 そう言って彼は魔力の籠った樹皮を、油に混ぜていった。


「それは油じゃないと駄目なのかしら? 」


 油に樹皮が混ぜられる様子を眺めながら彼女は尋ねる。


「ええと、今回油を使ってるのは、皮を油で鞣したからですね、

 なので皮に油が染み込みやすいんで、今回は油を使います。

 布にエンチャントする時は水を使いますし、

 金属の場合は削ってその上に樹皮の粉を混ぜたインクを使いますね」


 この世界は文字による魔法が発展している。

 例えば、羊皮紙の切れはしにインクで呪文を書く、

そしてそれを起動させると魔法が発動する、そういった仕組みである。

 それが発展して、衣服や装備に文字を書くあるいは刻むことで、

任意の効果を付与させることができる。これがこの世界で一般的な、

付与魔術の方法である。


「エンチャントに関してはご存知ですよね。

 特定の文字を書くことでこの場合は頑強、あるいは耐火を付与できます。

 今回油で鞣したのは、砂漠サメの皮自体に魔力が籠っているんで、

 樹皮で鞣すと魔力が過大になって危ないんですよね。

 皮自体に魔力が籠っているのは強力なモンスターですと珍しくないんです」


 作業についてウーナーが解説している。


「で、錬金術師から鞣し剤ってのも買ってはいるんですが、

 今回はまだ試しきれてないんで使っていません。

 あの鞣し剤は柔らかくなるんですが、使った後の水を厳重に扱わないと

 危ないとか、色々不便なんですよね」

「なるほど、枯れた方法の方が確かに安全ではあるわね」


 ウーナーの長い説明にいちいちツェフィーはうなづいていた。

 未知の話に食い入るように聞き入っている。

 冒険と少しの貴族社会しか知らない彼女には、職人の世界の話は、

実に新鮮で魅力的に映っていた。


「後は皮が乾いたら、もう一処理した後、裁断して防具の形に仕立てます。

 体型は以前とは変わっていらっしゃらないですよね? 」

「そうね、今の鎧も貴方が作ったものだし、今のところ窮屈なところは無いわ」

「では仮縫いは無しで全部縫い上げていきましょう。

 乾くまで作業は無いんで、今日はここまでです、また明日続きをしましょう」

「分かったわ。明日も楽しみにしているわよ」



 翌日、乾いた皮を火付草で燻して鞣しを完了する。

本来であれば油を塗って乾かした後で鞣しは完了しているのだが、

砂漠サメ皮の火に強いという特性をさらに生かすために、

火付草の煙で燻すことで、ある程度の耐火性を追加したのだ。

 この作業が終わり、砂漠サメの皮は鞣され、革となった。

 その革を厚みによって鎧に使う部位を選定する。

 革は生き物の皮が元になっているので、当然厚みが違う部位も出てくるのだ。

その部位を適切に配置することで、強度の必要な部分と、

動きを阻害しない柔軟性が必要な部位を分けることができ、

持ち主が動きやすい防具が完成する。

 型紙によって適切な厚みを配置していき、ツェフィーの体に合わせた

鎧と兜の部品を切り出していく。

 また盾に使う革も裁断されていった。

 革包丁が革の上を踊るように滑っていき、次々と革が切られていく。

 その様子を伯爵令嬢は食い入るように眺めていた。


「実にスムーズに切り出していくのね、まるで革の中に鎧があるみたい」


 それでは彫刻ではないかと思いつつも、

彼は革を裁断する手を休めずに動かしていた。

 そして全ての部品が完成し、接続用の革ひもも切り出し終わると、

次は鉄筆を昨日作った樹皮入りの油に浸し、必要なエンチャントのための

文字を書いていく。


「エンチャントは本当に文字を連ねていくだけなのね」

「ええ。文字さえ書ければ後は魔力の籠ったインキなどで書くとおしまいです」


 会話の最中にもウーナーは次々と文字を書き込んでいく。

 エンチャントの強さは文字数と、その文字の大きさによって決まる。

 彼は適切な付与が得られるよう、革の面を最大限有効に使って、

文字を次々と書き込んでいく。


「全く、見ていて嫌になるほど書き込むのね」


 その様子を彼女は半ば呆れながら眺めていた。

 エンチャントの方法は初等教育で知っていたが、

実際に眺めてみるとその作業量の多さに辟易していた。


「これがエンチャントで一番大事ですから」


 ウーナーはそれを気にもせずに作業を続けていく。

 そして革を全てエンチャント文字で埋めていくと、

文字を入れなかった部分に接続用のひもを通す穴を開け、

そして水で革を濡らして、

必要な形に革を曲げ、くせを付けて成型していく。

手だけではなく、作業台の上にある万力も使った重労働である。


「よく見本も無しに曲げていけるわね」

「お嬢様の防具は何度も作っていますんで、手が覚えているんですよ」


 そうやって成型する作業が終わると、同じくエンチャントが施された

革ひもで部品を接続していき、彼女の新しい防具が完成する。


「できました、一応試着をお願いします」


 ツェフィーはそう言われると待ちきれなかったかのように、

新たにできた鎧と兜を装着する。

 また、軽量化の付与が施された盾を持ち、

色々な角度でその重量感を確認していた。


「うん、実にぴったりだわ」

「それは良かったです」


 両人とも実に満足そうな表情を浮かべている。

 見学者という新たな要素があったが、ウーナーは見事に鎧と盾を完成させた。


「今回は邪魔をした甲斐があったわ、とても面白かった」

「こちらとしてはあまり面白い物をお見せできたとは思えませんが、

 ご満足いただけたようで何よりです」

「普段知らないことを目にできたのはいい経験だったわ。

 ありがとうね、大事に使わせてもらうわよ」


 そう言って彼女は金貨の詰まった袋をウーナーに手渡した。


「金貨10枚、確かに受け取りました。これからもご贔屓に」

「こちらこそ、またいい革が入ったら何か作ってね」


 足取りも軽く、ツェフィーは工房を去っていった。

 工房にはウーナーが一人残され、

彼は使った道具や余ったハギレの整理に取り掛かる。


(こっちの仕事なんて見て何が楽しかったんだろう、本当に)


 そう思いつつ片づけていると、彼の工房のドアがノックされた。


「いらっしゃいませー! 開いていますよー! 」


 新たな来客を出迎えに、ウーナーは入り口へと向かった。

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