第2話 砂漠サメの革と伯爵令嬢 中編
大量に積みあがった皮をまずウーナーは一枚取り、それを
細い丸太でできた作業台の上に設置し、固定した。
そして両側に柄の付いた刃物を出し、皮の裏側から白や赤の混ざった、
ブヨブヨとした部分を剥いでいった。
「それは何をしているの? 」
令嬢は興味深そうに尋ねた。
「これは皮に残った脂肪や肉を取り除いているんですよ。
これが残っていると上手いこと鞣せなくなるんです」
実に事務的にウーナーは答えた。作業の方が優先らしい。
「そうなの、じゃあ私もやってみていいかしら? 」
ツェフィーは好奇心に耐えきれず、作業への参加を申し出た。
「本気ですか? 手が汚れますよ?」
彼は半ば呆れたように告げる。
伯爵令嬢がやるような作業では全くない、
優雅にお茶でも飲んで見物していろ、という気持ちであった。
「構わないわよ。どうせ冒険で汚れるのは慣れてるし」
そう言うとウーナーと同じように皮を丸太の作業台に固定し、
両手で刃物を持ち、脂肪や肉を皮からそぎ落とし始めた。
「この刃物、随分切れ味が悪いわね、ちゃんと手入れしているのかしら? 」
こそぎ落とし用の刃物の切れ味の悪さに思わずツェフィーが毒づく。
「それはわざとです、あまり切れ味がいいと皮まで切れてしまうんですよ」
その抗議を半ば流しつつウーナーが答える。
「そうなのね。じゃあ地道にやっていくわよ。私の防具になるのだし、
私自らが手を懸けてあげましょう」
納得した彼女は作業に戻る。リズミカルに余分な組織を落としていく。
「はぁ、では手を切らないように気を付けてください。
後、ちょっと位は残してもいいんで、皮に穴を開けないで下さいよ」
ウーナーはもう完全に止めるのを諦め、作業に専念する。
「任せなさい! 」
ツェフィーも黙々と皮の処理を行った。
数刻後、余分な肉や脂肪が削がれた皮が積みあがっていた。
「さすがに疲れるわね」
令嬢は少しうんざりとしていた。
冒険者で体力があるとはいえ、皮に穴を開けないよう気を使ったので、
疲労を感じていたのだ。
「じゃあすみませんけど、奥の棚にお茶が入ってますんで、
ご自由にお飲みください、次の作業は人手も要りませんし」
そう言うとウーナーは処理の終わった皮を次々と、
白く濁った水の入った桶へと入れていった。
「その濁った水は何なのかしら? 」
ツェフィーは興味深そうに尋ねる。
まるで子供のようである。
「これは浸透のエンチャントがかけられた石灰が溶けてるんですよ。
これに漬けて、皮を柔らかくして、砂漠サメの鱗を剥ぐんです」
そう言ってウーナーは横に置いてあった大きな砂時計をひっくり返す。
「じゃあ、漬かるまでの間に色々準備しますんで、
お嬢様はごゆっくりしていて下さい、素人には危険なものもありますんで、
手出しは無用でお願いします」
「了解よ、少し休ませてもらうわね」
ウーナーの注意を素直に聞き、彼女はカップとお茶を探しに奥へ向かった。
1刻ほど経った頃、砂時計の砂が完全に落ち、
ウーナーは皮を取り出し、中和剤の混ざった水で洗い始めた。
石灰が十分に浸透しぶよぶよになった皮が、
中和され柔らかい状態が保たれている。
その皮を先ほどの細い丸太の作業台の上に今度は表側を上にして置き、
ウーナーは鱗取りを流れるような手つきで当てていく。
すると皮から次々に鱗が落ちていき、鱗を失った皮の銀面が現れる。
「お見事ねぇ、手さばきが本当綺麗」
その作業はツェフィーの眼鏡にかなったのか、
眺める彼女の表情は楽しそうである。
「それはどうも、じゃあ全部やっちまいますんで、
終わったら次の作業やりますよ」
そう言って彼は次々と皮からうろこを剥がしていった。
その後、ウーナーは石鹸を取り出し、皮を洗っていった。
これは皮にまだ付着している脂を落とす作業である。
「皮に石鹸を使うなんて贅沢ね、石鹸つかってお風呂なんて、
そうそうできない贅沢なのだけど」
自らの身ではなく、皮を石鹸を洗われている様を見ていた令嬢が、
うらやましそうにこぼした。
「石鹸は余った脂肪から作れますんで、良かったら1個買っていきますか?
お嬢様の肌に合うかは分かりませんが」
石鹸が贅沢品ということは彼も承知しているので、
その贅沢品を惜しまず使っていることに多少の罪悪感を感じているのであった。
製品のためには妥協しないので、あくまで多少ではあるが。
「いいわ、出入りの石鹸職人に悪いもの」
「それもそうですね」
そうこうしているうちに、皮は全て石鹸で洗われ、脱脂が完了した。
脱脂が完了した皮をまた水ですすぎ、石鹸分を落としていく。
皮なめしというのは水を多量に使うものである。
「それだけの水をどうしているのかしら? 」
目の前で広がる贅沢な、水をそれこそ湯水のごとく使う光景を、
彼女は興味津々と眺めていた。
「水は勿体ないので大体浄化師に出して再利用してますね。
それでも足りない分は創水師にお願いして売ってもらってます。
工房の奥に水を貯めてる大樽があるんですよ」
すすぎ終わった皮を乾燥台に釘で打ち付けながら、
ウーナーはツェフィーにこう告げた。
「すみません、この皮を鞣す前に乾燥させないといけないんで、
今日の作業はここまでです、一旦お帰りになってはいかがでしょうか? 」
そう告げられた令嬢は、見学の礼を述べ、また来ると言って帰って行った。
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