ウーナーさんの革工房 ~エンチャントを添えて~

こうがしゃ

第1話 砂漠サメの革と伯爵令嬢 前編

 昼下がり、柔らかい日差しが差し込んでいる、ここは工房。

 ウーナー・フレンク・シュリナーの営む小規模な革工房である。

 皮革ギルドには属しているが、

大量に生産されるものを取り扱っている訳でもない、

小さい生産量から細かい仕様に応えて生産するような、

きめの細かい注文に応えるのが特色の、

小回りの利く商売を営んでいた。

 工房内は昼の温かさと、むせ返るような革の匂いにあふれていた。


 そこに、このような工房には似つかわしくない立派な馬車がやってくる。

 ボストニア伯爵令嬢の紋章を掲げた馬車である。飾り気は無いが、

それでも大身にふさわしい、良い馬を使っていた。


 馬車はそのままウーナーの工房の前に停まると、

中からは伯爵令嬢の名には相応しくないような、全身を革鎧で固めた、

まるで騎士のような女性が現れた。脇に大きな荷物を抱えている。

 ボストニア伯爵令嬢ツェフィーである。伯爵家の三女として生まれた彼女は、

深窓の令嬢に相応しい習い事や振る舞いをすべてかなぐり捨て、

冒険者として身を立てているのであった。

 その彼女がおもむろに工房の扉を開け、中へと入っていく。


「ウーナー! 今日はとてもいい皮が手に入ったの! 

 何かいいものを仕立てて頂戴! 」


 元気そうに注文を告げる彼女に対し、工房の主は興味無さそうに、

しかし客は客であると仕方なさそうな顔で顔を上げた。


「お嬢様、いつも申しているではありませんか、

 こちらに直接来られなくても、使いの者を寄こしてくれればよいのです」


 年のころは30代にかかった位であろうか、

日々の仕事で鍛えられた肉体は引き締まり、

浅黒い肌をしていた。黒い髪は短く刈り込まれ、眼光は鋭かった。


「何を言っているの! 貴方と私の仲じゃない! それとも嫌だったかしら?」


 20代に入った位の、黄色さのまだ残る声が工房内に響き渡る。

 相対する伯爵令嬢は冒険者という職業が信じられない程白い肌をした、

巻き毛の茶色い髪も全く痛んでおらず、ドレスを着ていればそれこそ、

貴族令嬢に相応しい容姿をしていた。


「伯爵令嬢ともあろうお方が、

 このような下賤の工房なぞに来ちゃいけませんよ」


 ウーナーは明らかに客との距離を測りかねていた。

平民である彼からすれば伯爵令嬢などは、

一生のうちでかかわることはまず無いと言ってもいい。

 だが現実として、この伯爵令嬢はしばしば彼の工房を訪れているのである。


「そんなことより見て見て! この立派な砂漠ザメの皮! 

 たまたま群れに当たったから根こそぎ獲って来たの! 

 これで何か作ってよ! 」


 そう言ってツェフィーはウーナーの前に束になった茶色っぽい皮を積み上げる。

群れに当たったというのは本当だろう、

十数頭分もの皮がそこに積み重ねられていた。


「ほぉ……、これはまた、いい皮が手に入りましたね。

 どのように仕留められました? 」


 職人の性か、先ほどまでの戸惑いは霧消し、

 ウーナーは目前の皮に熱い視線を注いでいた。

 砂漠サメは獰猛さで知られ、狩る難易度は高いと言われている。

 砂漠を渡る商隊を襲うこともしばしばであり、

そこそこの額の賞金も冒険者ギルドからかけられている。


「そりゃあもう、槍でエラの部分を一突きで済ませたわよ。

 貴方前にも言ってたじゃない、

 皮にはなるべく損傷が無い方がいいって」


 普通はパーティ、

それも5~6人という一般的な冒険者の最大規模で狩るべきとされている、

 砂漠サメを単体で仕留めたからか、彼女はとても自慢げである。

獲物を見せる猫のようとも言える。


「そうですね、これでしたらお嬢様の装備全てを賄えそうですね。

 いかがされますか? 砂漠サメでしたら火に強いようにすることも可能ですし、

 属性を付けずに頑強さだけを追い求めてもかなりのものが出来上がりますが」


 熱波の注ぐ砂漠で生きるサメであり、当然熱には強い。

その皮はドラゴンとまでは言わないが、火を吐くモンスター対策に、

耐火のエンチャントを付けるには最適の素材であった。

 またその組織は頑強であり、頑強のエンチャントを付与しても、

素晴らしい防具ができる。

 ウーナーとしてもどちらのエンチャントをつけるべきかは、

悩ましい選択であり、依頼人の要望に沿う形で商品を作ることにしたのだ。


「そうね、盾で火を防いで、鎧や兜は頑丈さを第一にしてもらえる?

 その方が使いでは良さそうじゃない」


 盾は防御のメインとなる道具ではあるが、それこそ複数持つなどの方法で、

特化した性能を持たせるのも悪い手ではない。


「なるほど、ですがそれですと盾は二重にして、耐火と頑強を半々という形で、

 やった方が使い勝手がいいと思いますが、

 二枚になりますんで重さは増えますよ。

 砂漠サメの革は今お使いの斑サイよりは軽いですが、

 それでも二枚は重いですよ」


 ただし、盾を複数持つなど、それこそ小姓を付けて別途持たせるようにするか、

地面に置くなどしなければ重さで動きが鈍ってしまう。

汎用か特化というのはいつでも付きまとう問題ではあった。

 そして相手が強力の者であることを承知していたウーナーは、

両方を折衷した案を相手に出す。性能は兎も角使い勝手に少し妥協を加えて。


「そこは持ち手に軽量化のエンチャントを付けたらどう?

 そうすれば取り回しは楽になると思うけど」


 だが相手は財力のある伯爵令嬢である、本業の冒険者稼業でも、

かなりの稼ぎがあった、そこで少々強引で金のかかる案ではあるが、

取り回しも犠牲にしないアイデアを出してきた。


「なるほど、それもいい手かと、では盾はその仕様でいきますか」


 相手の金離れの良さを知っているウーナーはあっさりとそれを承諾した。

コストのかかる仕様ではあるが、

それは彼の儲けにつながるので悪い話では全くない。


「よろしくね、ねぇ、ついでだし作ってるところ見せてもらってもいいかしら?

 私、肉やヒレの換金も済ませたし、この後暇なのよ」


 仕様が決まったところでツェフィー令嬢は変わった要望を出してきた。


「見て楽しいものでもありませんよ?」


 それにはウーナーも戸惑う。自分の仕事なぞ見て何が楽しいのか、

そういった疑問を顔じゅうに書いて返答する。


「私が見てみたいの。それに、自分の命を預ける物が生まれる姿、

 一度は見ておいても損は無いと思うけど」


 だが伯爵令嬢は引き下がらなかった。

心底彼女の防具が出来上がる様を見たいようである。


「そうですか、途中で帰られましても、私は困りませんので、

 退屈になられましたら、どうぞおっしゃって下さい」


 そして奇妙な見学者とともに、本日のウーナーの仕事は始まったのである。


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