第1話 二度目のチュートリアル


俺の目の前には、草原が広がっていた。

間違いない、ここはリミットブレイク・サーガの最初のマップ、『はじまりの草原』だ、俺は確信した。

けれど、明らかにおかしい。このゲームは別にバーチャルリアリティの機能とかは無いはずだ。それなのに、まるでゲームの世界に入り込んだような感覚だった。

前も後ろも360度、見渡す限りの草原。確かにこのゲームは他とは一線を画すほど綺麗なグラフィックではあるが、流石にここまでとは。何かアップデートとか入ったのかな。

いやいやいや、じゃあこの体を吹き抜ける風の感触はなんだ、鼻腔を刺激する爽やかな香りはなんだ。それはもうグラフィック云々の問題じゃないだろ。


俺がわけもわからずに呆然としていると、頭の中に直接、まるでテレパシーのように声が送られてきた。


『勇者、勇者よ。どうか私を魔王の手からお救いくださいませ。貴方が、この世界の最後の希望……。』


この声、それにこのセリフ。もしかして。


『テレテテレテテン!』


急に軽快な音が鳴った。聞き慣れた音、リミットブレイク・サーガのミッション開始のSEだ。

その音が鳴り終わると同時に、今度は視界に直接文字が表示された。まるでコンタクトにモニターでも付いているようだ、俺コンタクトしたことないけど。


『コロット村を目指そう!』


そんなことを書かれたミッション内容と一緒にマップが映し出される。現在地点が青く、目的地が赤く点滅している。これもリミットブレイク・サーガそのままだった。

待て、これはチュートリアルじゃないか。ゲームの中に入ったような感覚については今考えても無駄な気がする。それよりも、まさかセーブデータが消えたわけじゃないだろうな。


これ、どうやってメニュー開くんだ? マップやミッション内容が表示されているのなら、メニューを開くことだってできるはずだ。頼む、メニュー開いてくれ。

俺がそう心の中で祈ると、メニューが表示された。どうやら俺の意思によって画面操作をすることができるらしい。

俺はすぐさま持ち物を開く。中身は空っぽだった。よく見れば自分の身なりも何の変哲もない服とズボン、このゲームの初期装備である。

嘘だろ、俺が一年間、金と労力と時間を惜しみなく捧げてきたデータが、全てなくなっている?

俺は藁にもすがるような思いでステータスを開いた。

ステータスは、リセットされていなかった。俺がまるで内職のようにひたすら上げ続けた、言わば宝物のようなステータスはしっかりと残っていた。

よかった、本当によかった。最強プレイヤーの座をデータ消失という最悪の形で失わなくて。


しかし、どうやらステータス以外のセーブデータは全て失われてしまったようだ。持ち物は空っぽ、実績はなし、モンスター図鑑も一種類も登録されていない。挙句、シナリオはチュートリアルからときたものだ。


とにかく、早いところシナリオを進めなければならない。ブラックドラゴンがエンカウントする所までは早く行かなければ。そうしないと、俺は最強の座からすぐに陥落する。

まずはコロット村を目指そう。二週目のプレイを楽しんでる暇なんてない。


俺がコロット村に向けて走り出そうとしたその時、スライムが俺の目の前に現れた。シナリオ序盤に現れる雑魚モンスターの筆頭だ。

鬱陶しいなあ、経験値の低い雑魚モンスターに構ってる時間なんてないのに。俺はスライムをぶん殴った。

すると、スライムの上に表示されているHPバーが、減ったというよりも一瞬にしてゼロになり、スライムは消滅した。

スライム程度ならとっくに一撃で撃破できるようにはなっていたけど、半年くらい前はまだHPバーは勢いよく減るって感じだったのに、俺も知らない間にHPバーが一瞬でゼロになるレベルまで物理攻撃力が上昇してたのか。

俺は確信した、メインシナリオくらいなら、俺なら一瞬でクリアできる。改めて自分は強いのだと実感した。


コロット村へ向けて走り出す。俺のスピードステータスなら一瞬だろう。

俺がそう思ってから、わずか一秒でコロット村に着いた。

ちょっとこれは予想していなかった。雑魚がエンカウントしないスキルを持った上級プレイヤーでも、魔法を使わずに移動すれば二分はかかる距離だぞ。

転移魔法を使用しても、転移魔法の演出に五秒、ロードに二秒、計七秒のタイムロスがある。ある程度の距離ならワープよりも早い。まさかそこまでスピードのステータスが上がっていたとは。


「ようこそ!初心者冒険者の集う場所、コロット村へ!」


振り返ると茶色の髪色をしたショートカットの町娘がにっこりと微笑んでいた。

この子は、冒険序盤に一緒についてきてゲームの世界観や様々な機能、ゲームシステムの説明などを手取り足取り教えてくれる、言わばチュートリアルキャラだ。

そういえばこの子、運営の意向なのか事あるごとに魔法の重要性や利便性を説いてきて、魔法を覚える気のサラサラない俺にとってはちょっとウザいキャラだったな。名前なんだっけ。


「私の名前はラカ! この村で初心者冒険者の案内役をしているんだ、よろしくね!」


「そうそう、ラカだ。」


「ん? 私の名前知ってるの?」


「いや、何でもないよ。俺はフォール、よろしく。」


このゲームはキャラ一人一人に人工知能が備わっている。つまり、ある程度の会話なら可能だ。

ただ、チュートリアルやストーリーに直接関係してくる会話は決まった言葉しか発さないはずだ。でも、ラカは明らかに俺の言葉に反応して質問してきた。

やっぱり、ここは、今俺がいるこの世界は。


「さてと! まずは冒険者たる者ステータスを上げるところから始める、それが鉄則! ところで君、一体どこからきたの?」


「え、俺の部屋。じゃなかった、あっちの草原から来た。」


あんまりストーリーを長引かせないためには、よりスムーズに進行する言葉を自分で選ばなければならない。この先知らない事を言われても知ってるように話を合わせる。俺は早くストーリーを進めるために、心の中でそう決めた。


「へえ、草原の方から。なら話は早い! 草原でモンスターに出くわしたよね、そんな感じでモンスターを倒していくと経験値が貰える。一定の数値を超えるとレベルが上がって、レベルアップの時に貰える数値を各ステータスに自由に振り分けることができるの!」


知ってる知ってる。HP、MP、スタミナ、物理攻撃力、物理防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、スピード。この八つのステータスに振り分けられるんだろ。


「ステータスには八種類あって、HP、MP、スタミ…。」


「あー、まずは草原に行って実践してみたほうが早いしわかりやすいんじゃないか?」


チュートリアルの説明なんていちいち聞いてたまるか。とりあえずサッサとチュートリアルを終わらせるために、俺は草原へ連れてってもらうよう促す。


「そうだね、わかった!じゃあ一緒に草原へ行こう!」




草原へと行くと、人だかりができていた。

人だかりへ近づいていって俺はギョッとした。地面が広範囲にわたって抉れているのである。抉れた跡はコロット村からゲーム開始時の初期位置の方角へ一直線に伸びている。

一人の村人が、ラカに話しかけてきた。


「おお、ラカ。そちらは新しい冒険者かね。だけど今はモンスターはこの草原にはおらん。何者かはわからんがとんでもない速度で移動して見ての通りにしてしまったらしい。モンスターを吹っ飛ばしながら移動しよったから、危険を感じたモンスターたちが草原から逃げてしまったというわけじゃ。」


俺だ、これ絶対俺だ。あんまり深く考えてなかったけど、そりゃ二分かかる距離を一秒かからず走ったんだから、地面が抉れても不思議じゃない。


「そうなんだー、じゃあ仕方ない。フォール、今日は何もできないからコロット村でゆっくり休んで。案内はモンスターたちが草原には戻ってきてからね!」


まずい。まさかこんなことになるとは思ってなかった。

モンスターがエンカウントする場所から消えるなんてありえない。少なくともリミットブレイク・サーガではそんなことは起こりえない。

この世界はリミットブレイク・サーガの世界とほぼ同じだが、ところどころ違う。やはり、俺はゲームの世界に入ってしまったのだろうか。


とりあえず、ストーリーを早く進めたい。けれど、草原からいなくなったモンスターがいつ戻ってくるかなんてわからない。こんなケースは現実のゲームでは起こりえないからだ。


最初は言うつもりなかったんだけど、こんなところで足止めされてたら先が思いやられる。一か八か、言うしかない。


「あのー、それやったの俺です。」


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