悪魔の腕のロザリー
@hideno
彼女の旅の始まり
自由、というものが何なのかを考えたことが幾らかある。
やりたいことをやれることが自由?
好きなように振る舞うということが自由?
それとも…それはただの言葉でしかないのかな?
わたしにはまだわからない。今のところは何にも。
何故なら、私は5年前から自由なんて事をその身に感じた事がないからだ。
あの日から、左腕にいつのまにか備わった奇妙な“力”に振り回され続け、気がつけば隔離結界の中に放り込まれてそのまんま。
この中でなら何でもできる、と思われているのだろうけれど。わたしには狭苦しくてしょうがない。こんな場所で出来ることをただやり続けても虚しいだけだ。此処から出なければ……わたしは一生、自分の“力”のことさえ何も知らないままの無知な子供のままなんだ。
それに、一緒に過ごしてきた人はいい年したおじさんたった一人だけ。わたしに此処から出た時にやっていけるように、と色々仕込んでくれている。体調管理、料理、洗濯に物探し、果ては護身術まで……と非常によく面倒を見てもらっている。いくら感謝してもしたりない。
けれど…こんなの学んでも実践する機会がないんじゃ…と邪な考えが脳裏に響く。
おじさんは“いずれ此処から出られる日が来る。その時まで待ってほしい”と言ってくれるけど、その言葉も5年聞いてると希望さえ持てなくなる。
このままずっと……わたしは此処にいなくちゃならないのかな。
そういうものが心根に巣喰い初めて少しして、その日は唐突にやってきた。
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始まりの朝は、何の変哲も無いいつもの朝。
暗がりの中に刺すような一筋の光が、わたしの目を覚ました。
「ッ、ァ〜…………」
だらしもなく欠伸が出る。はしたないと言われるだろうけどそんな相手もいないから御構いなし。あまり整理のつかない頭の中で目をこすりながらベッドから体を起こす。左腕の“力”のせいなのか、それとも単純に体質なのか、朝はそんなに得意じゃない。ただ、おじさんに叩き込まれた習慣から起きる時間は速くと体が反応する。
それは別にいいとして、部屋の中からいい匂いを感じてふと振り向く。多分おじさんが用意したであろうスープとパンがテーブルの上にポンと置いてある。
…今日は先に起きたのかー、と能天気に思う。
おじさんも歳だし、大体はわたしの方が起きれるのだけど…まぁいいや。
大したものが手に入らない結界の中じゃ毎日こういうものを摂るから味にも飽きがくるなー、と考えつつも朝ごはんを済ませる。
そしてわたしは日課になってる空の天気の確認のためにカーテンを開けた。
同じ草原、同じ山、同じため池………そして、空にうっすらと見える透明な壁。ずっと一緒に過ごしてきたわたしのとって最悪の存在…今日も綺麗に輝いていて腹が立った。
これを毎日眺める事が、わたしにとってのいつものだ。…少し心地のいい風が窓の中に入り込み、わたしの黒髪を少し揺らす。太陽の光をしっかりと浴びせて今日もいくぞという気持ちを補充する。
別にそういう気持ちが必要かと言われれば……はてさて。
---
未だ寝起きの気分のまま、わたしは外に出る。
今日は快晴、雲ひとつない…なんてことはないけど日差しが地面に届くなら快晴という事でいい。
結界の外には時計という今が朝か夜かわかる便利な道具があるらしいけどあいにく此処にそんなものはない。別に空を見ればそれはわかる。
目を擦りながら前にある切り株に座って斧の手入れをしているおじさんに目を留める。やっぱり今日は起きるのが早かったようだ。
「おはようございます、ザハトおじさん」
「おぅ
太陽がわずかに斜めに傾いている目覚めの時間、変わりばえもしない景色の中で、わたしたち二人はいつもの言葉を交わす。
5年も同じ人と関わってくれば、その人のことを知る機会も多くなる。おじさんは得体の知れない左腕の力と真正面から向き合ってくれた人で、わたしにとっては恩人とも言える人だ。
いかつい体格と充分な程鍛え上げられた筋肉が長い間冒険してきたんだというようなオーラを出し、わたし的には憧れさえ抱いてしまうほどだ。
……まぁちょっと口が悪いしすけべな感じもするけど。
「それはそうと、
「今日は問題ない。むしろ良い方だよ」
斧を手入れしていたおじさんは目を細めつつ、ゆっくりと閉じて「そうか」と呟いた。まぁこの人とは長い付き合いだから絶対悪かったら見抜かれるだろうし、そもそもわたしには嘘やハッタリの才能もないので普通に本当のことを言う。
「おじさんこそ、今年で50になっちゃうんだからもう少し体を労った方がいいんじゃない?」
冗談交じりに言い返してみる。わたしだって心配されるだけの子供と思われたくない。…今考えればこう思ったことこそ子供っぽいのかなぁ…
「相変わらず口が回るな。俺は生涯現役だって決めてんだ、
そう言いおじさんは古い傷跡が残った右腕をさする。出会った頃からそこにある傷のことは何も知らないけれど、おじさん程の人でも傷を負うこともあるんだという無言の教えにも聞こえる。
「ああ、そうだ。今日は
「?…何ですか」
「ここんところ俺から見ても
「…!それじゃあ…」
「おうよ……今日の腕のチェックで調子が本当に良ければ、約束通りお前をこの場所から連れ出すさ」
暗く沈んだ心に強い光が射したような、晴れやかな気分になった。
声には出さないけれど、今すぐに叫びたくなるような感覚が一斉に湧き上がりもうはしゃぎたくなってくる。
いまのわたしは、絶対に満面の笑みを浮かべているのだろう。
「おっと、喜ぶのはまだ速いと思うが……まず何にせよ、調子を見るぞ」
「あっ……は、はーい」
少し恥ずかしくなりつつわたしはその辺に座って左腕を晒すために袖を掴んだ。
おじさん曰くわたしの着てる服はわたし用に調整したものらしい。右手は半袖だが、左は掌が出ないほどの長袖。その長い部分にわたしの“力”を抑えるための細工を施しているらしく、日常生活にも支障を出さないような配慮がされている。
作者はおじさん本人。裁縫も冒険するには役に立つのだとか。
いつもお世話になっている自分の服を、遠慮なくまくる。
その瞬間、身近な存在であるのに禍々しいと感じるそれが顔を出した。
白めの右腕のせいか対照的に感じる真っ黒な左腕。あの日から突然現れ、わたしの今までを壊し尽くした…恐ろしいモノ。
今はとても静かに、佇むようにそこにある。
あの日のような暴走は……ない。
「……ほう。あのじゃじゃ馬っぷりが嘘みてぇだな。この分じゃもう大丈夫だろう」
「!そ、それじゃあ!」
「おう、これなら大丈夫だろう。おめでとさん。今から、お前は自由の身だ」
「……!!」
その場で大きく叫びたくなるほどの嬉しさが込み上がってくる。
結界の外に出られる。
わたしは、この結界の外に行けるんだ!
「嬢ちゃん……嬉しいのは十分わかった。顔にすごく出てるぞ」
「ッッ〜!?…放っといてよ!」
「ははっ、今年で17だが、まだまだ
「……もうっ、バカ!!」
ああ、やっぱりダメだ。口で勝てる気がしない。
昔っからおじさんはわたしのことからかって…!
でもいいか。わたしは今、こころから笑えているから。
---
出発は明日、ということになりわたし達は荷物をまとめて布団の上にいる。
この小屋ともお別れかという思いよりも、光ある明日へのワクワク感がわたしのなかを満たして夜だというのに全然瞼が落ちない。
この結界の外には、何があるんだろう?
わたしにとって当たり前になっていた透明な壁、それがない空は綺麗だろうか?
変わり映えしない小屋と湖だけの場所より、果てしなく大きい世界が広がっているのだろうか?
私たち以外の人々は、一体どんなことをしているのだろうか?
外への憧憬は止まらない。
あまりの高まりに体がプルプル震えている。
「…寝れないのか?」
と、同じ部屋の違うベッドで横になっているおじさんに声をかけられた。
「…うん。寝れない。というか、眠気が吹っ飛んでる。だって、だって外に出られるんだよ?ずっと、ずぅーっと……行けなかった場所に、やっと行ける!その気持ちが集まって…抑えられなくて!」
「はは、そうか。」
おじさんはただ静かにわたしの話を聞いてくれる。
何だかんだで家族との生活と同じくらい長い間一緒に過ごしたザハトおじさんは、わたしに対してどう思っているかはあんまりわからないけれど…
おじさんにそれを聞いても「弟子だな」としか返してくれないしわたしもあまりそこには触れないことにしている。
「明日は起き次第出る予定だ。しっかり休んでおくんだぞ」
「はーい…」
いつも休んでるようなものじゃん、という言葉を飲み込んでわたしは答える。
喋り疲れたのか、そこから意識を手放すのはそう時間はかからなかった。
気がつけば朝だった。
ワクワクして眠れないと口にした割にはグッスリだった。
「おきろー、嬢ちゃん起きろー」
「むぇ〜………」
…まだ、眠い…
毛布から抜け出せないよ〜…
「起きろ、外に出るぞ」
「ぅえ!外!…よし起きた。さあ行こう、すぐ行こう、今行こう!!」
「単純だな…まぁいい、行こうか」
「うん!」
さぁ旅立ちの時が来た。
胸が高鳴って止まらない。だって、世界は広いから!
悪魔の腕のロザリー @hideno
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