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 ●●は、少女が何か描いていても、題材が何なのか、尋ねることをしない。それは、少女の周囲の人間として珍しい傾向だった。

 別に、そうやって話しかけられる事が邪魔だったり、不愉快だったりする訳ではない。むしろ、人と話すのは好きな方だ。それでも、▽▽の視線を背後に受け、沈黙を保ったままに手を動かすこの時間は、心地よいものに感じられた。

 薄緑のスプレーを手に取り、軽く何度か振る。概ね、全体の輪郭線は描き終えた。そろそろ、離れた場所から見れば全容が見えてくるだろうか。あとで◇◆に尋ねてみてもいいかもしれない。

 あまり多くの色を使うつもりは今回はない。きっと、日が暮れるまでに描き終える事ができるだろう。

「力作ですね」

「そう思いますか?」

「いつもより、楽しそうに描いてますから」

 この言葉には、少し驚いた。そんな自覚は無い。

「えっと……」

 なんと答えたものか逡巡していると、道の向こうから足音が近づいてくるのが分かった。

「――ceia――」

 足音が近づくにつれ、『彼』の呟きも聞こえてくる。

「来たみたいですね」

 やって来たのは『つぶやき屋』だった。彼は常に何かを呟きながら歩いている。だから、『つぶやき屋』だ。

「――ceimdn――」

 彼の支離滅裂な呟きを、誰も理解できない。しかし、彼の後ろには常に何かの動物が着いているのを見るに、彼の呟きは動物たちにとって心地よいものなのかもしれない。今日は、三羽の鶏だった。

「着いていきますか?」

「そうですね。僕はそうしようかと」

 ▶◀が言う。

「――vhemfod――」

 『つぶやき屋』は私達の事を気にも留めず、ぼそぼそと声を漏らしながら通り過ぎていく。その後ろを鶏が、ク、ク、と鳴きながらトコトコと歩いている。

「……私も、一緒に行っていいですか?」

「ええ、僕は構いませんけれど……どうしてですか?」

「いえ。なんとなくです、ふふ」

 そう言って、私は自分が笑っているのに気づいた。



 

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異世界に転生したらたいへん牧歌的で住みやすかった kinakonn @kinakonn

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