4
少女が川辺に座って休んでいると、道の方から足音が近づいてくるのに気がついた。木陰から顔を出して、音のした方を覗く。
「こんにちは、お嬢さん」
そこに立っていたのは、□□□だった。
「ごきげんよう、●●●さん」
「こっちの方の壁にも描き始めたのですか?」
◇◇は、微笑みながら言った。
「ええ、そうなんです。前のところはもう描きつくしてしまいましたから」
「ああ、確かに……」
彼の名前は、▽▲だ。しかし誰もが彼の名前を知っているのに、その名前を"彼の名前"というイメージでしか認識できない。どうやら、"彼の名前"というのは私達が『言葉』と認識する概念とは異なるものであるらしく、言葉として正しく音や、文字に直す事ができないのだ。それは発音しようとする度に、別な音の羅列として発声される。それが何故かは知らないが、皆特にそれを疑問に思ったりはしない。
「そうだ、『つぶやき屋』を見ませんでした?」
「今日は見てませんね。彼がどうかしたんですか?」
「師匠さんに頼まれたんです。彼が妙な事をしないか、見ていて欲しいと」
「妙な事? なんですそれは」
「歩いたり、呟いたり以外の事。らしいです」
彼は困ったように笑って言う。
「はあ……よく分かりませんね」
「そうなんですよ」
そう言って◎◎はまた笑った。彼は、よく笑うのだ。殆どいつも笑顔でいると言ってもいい。笑顔以外の彼を見た事が無いくらいだ。少女は彼の笑顔が好きだった。
「私、そろそろ戻ります」
「あ、でしたら、描く所を見ていても構いませんか?」
この申し出は、彼に限ってはよくある事だ。しかし、少女の作業風景を見たがる者は、彼以外には珍しい。
「勿論、構いませんけど、『つぶやき屋』を探さなくていいんですか?」
「ここで待っていれば、そのうち来ると思いますから」
彼はやはり、笑ってそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます