第3話

 半壊の美少年は、髪でまた顔半分を隠すと、申し訳なさそうにもう一度尋ねる。


「お急ぎのところ申し訳ございませんが、海外から来たばっかりなんです。さっき大通りでも迷って、女性に顔を見られて悲鳴を上げられてしまって……」


 多少照れくさそうに、思春期の少年らしく、彼は笑う。警戒が薄れた想夜と愛が、肩の力を取って、玲子に寄り添った。当の玲子は、タクシーの中で見せていたような、明るい笑みを見せて、少年を見ている。


「良いわよ。丁度、私達も神社に行くところなの。一緒に行きましょ」


 サングラスで顔を隠す玲子の目を、少年は確実に見ている。同じ金の瞳。ギラリと光るそれは、獣染みた雰囲気も含めて、何処か似ている様な気がした。そのシンパシーか、玲子はさも当たり前のように、彼の手を引いた。


「貴方、名前は? 親御さんは一緒じゃなくて?」


 玲子達が歩き出し、そう尋ねると、少年はそれを追いかけるように足と口を動かす。


すばると言います。プレアデス星団の和名の、昴です。苗字はありません。親はわかりません」


 平気な顔で、少年、昴は言った。銀髪を揺らして、ただ、目の前を見ている。羚が昴の隣を歩くと、昴はその方を見て、にこっと可愛らしく笑む。


「……外国出身なのに、名前はこの国のものなんだな。言葉も流暢だし、親がいない割には良い服着てるし、軍人か?」


 想夜が怪しむように、昴の顔を見る。羚と想夜は目を見合わせるが、昴は平気そうにへらりとその仮面を付け替えた。


「この名前はこの国出身の恩人がつけてくれたものですから。まあ、軍関係者ではありますけど、この服は上司からの贈り物です」


 昴がそう言うと、想夜はふうんと、鼻を鳴らした。


「随分気前の良い上司だな」

「優しいんですよ、僕らみたいなのには特に」


 想夜が眉間を濃くしていくのを見て、昴はにっこりと微笑み、隣を歩く羚の頭を撫でた。羚はその手の感触を感じようとしたが、厚めの皮の手袋で、上手く熱はわからない。ただ、先程路地から臭っていたあの血生臭さは、昴のこの手からだと、その鼻で感じる。


「その花、墓参り?」


 羚に昴が尋ねる。想夜は様子を見るだけで、何も言わない。羚が口を開く。


「うん。お母さんの」

「そっか。お父さんは?」


 再びの昴の問いに、羚は少し困ったように、口を閉じるが、再びそれを開く。


「お父さんは僕が小さい頃に、戦争に行って死んだよ。骨も戻らなかったから、お父さんのお墓は無いんだって」


 何一つ悪いことなどなかったように、羚は、気を持って語った。それを聞いた昴の様子は、いつもこれを聞いた大人達が見せる様な、困ったような、口を濁すような顔ではない。少し驚いたような、一種の殺気のようなそれを含んだ、無表情。感情の欠落とも取れるそれは、羚の目を丸くさせた。


「そうか。そうか」


 一つ置いて、昴は羚から目を反らす。その先、想夜を見るが、そこからもすぐに目を反らした。想夜は機嫌を悪そうに、眉間に皺を寄せている。


「ほら、もう、着くわよ」


 見かねてか、それともたまたまか、玲子がビルの隙間を指さした。朱の大鳥居が、その神社の広さ、大きさを語る。


「ここが玉語たまがたり神社よ。鳥居は大通りを通らないといけないから、少し我慢してね」


 玲子は日の当たる通りに足を踏み出す。揃って、愛と想夜も足を出した。花束を抱えた羚と、昴がそれの後を追った。

 鳥居は、大通りの道路をまたぐ形で作られており、大通りそのものが参道になっていることを示す。日に照らされて、朱が美しく輝る。


「ありがとうございます。境内で知り合いと待ち合わせしてるんです。ここまでありがとうございました」


 二重に礼をして、昴はにこやかに笑うと、玲子の前に立つ。背に、武装した軍人を見るが、それも、他の参拝客も、昴に注目することは無い。ひらりとコートの裾を広げて、彼は鳥居までを駆ける。


「気を付けろよ! 凍ってる道もあるんだから!」


 冬の寒空に、想夜の声が響いた。それで、やっと、一人の軍人が、こちらの存在に気付いている。路地から出てきた四人を見て、首を傾げる。

 あらやだ、と、玲子が呟く。黒の軍服を着崩したその男は、赤い腕章をつけ、銃を複数腰に掛けて、帯刀もしていた。だが、顔はそこまで険しくはなく、何処か疲れを見せている。黒の短髪に、くすんだ金水晶が、眼球として埋め込まれる。


「ちょっと失礼」


 想夜の前に立つ彼は、武装しているだけではなく、想夜よりも一回り背は高く、それだけでも威圧感を持っていた。手にメモ帳を持ち、古い万年筆を構えると、低く声を潜らす。


「何でそこのせっまい路地から出てきたんです?」


 暗い場所からわざわざ神社まで来た四人を、怪しんだのだろう。男はそうやって、想夜と玲子、愛と羚を見た。


「近くでデパートが燃えたでしょう? それの臭いが気になって、少し遠回りしたんですよ、軍人さん」


 すかさず、玲子が答える。甘ったるい声で、猫を撫でるように、彼女は微笑んだ。男の思考を溶かそうとする。だが、男は眉を少し動かしただけで、それほど感情は動かされていないように見えた。


「さっきの男の子との関係は?」


 男が質問を落とすと、玲子がまた答えた。


「知らない子ですよ。路地で迷ってて、目的地が同じだったから、一緒にここまで来たんです。何処かの戦場で怪我でもしたのか、顔半分が傷で埋まっていたから、それを見られたくなかったんですって」


 的確に。嘘も隠し事もしていない。昴とは、何もそれ以上の関係は無かった。ただ、それでも、男はやはり、疑いの目を隠さない。


「――――デパート爆破事件、ね」


 溜息を吐いて、男が言った。


「目撃情報があるんですよ。銀髪の、黒い服の少年を見たってね、とんでもなく美人だったけど、顔が半分焼けていて、それでよく覚えてるって、目撃者がいるんです」


 メモ帳を見ながら、男は続けた。


「ここの神社、今日は元旦にしては少ないとはいえ、人が多いんですよ。大量虐殺するにはもってこいだし、派手にぶっ壊すにも丁度いい建物が揃ってる」


 ねえ、と、男は呟いた。後ろに、数人の軍人が目を光らせるのも、四人の目に写る。


「ちょっと、ご同行願いますかね。何、悪いことはしません。話を聞くだけです。そんな可愛いお子さん達も揃って、大量虐殺をしたなんて、言いやしませんよ」


 野太い音を落として、男は玲子に手を差し伸べる。すると、玲子は冷静に、その手に、着けていたサングラスを、丁寧に畳んで、置いた。それと同時に、帽子を取って、黒く艶のある髪を、冷たい空気に揺らす。

 一瞬で、男も、周囲の軍人も、近くを歩いていた参拝者達も、その一瞬の空気の甘さに虜になる。目を集め、玲子は言った。


「良いわ。この柳沢玲子、お国の為に証言しましょう。どうぞ、連れて行って」


 赤く塗られた妖美な唇から、それは発せられた。驚きを隠せない男は、少し、顔を赤くする。周囲の参拝客が、ざわざわと騒ぎ立てる。

――――あの大女優、柳沢玲子が、何故ここにいる?

――――軍人に連れて行かれるのか? 尋問か?

――――尋問で顔に傷なんてつけられたら……

 様々に声が飛び交う。周囲を全て自分のものにした玲子は、もう一言で、男を突き飛ばした。


「さっき、口を濁したのは謝るわ。私、大通りを歩いてると、こうやって人が集まっちゃうの。渋滞で車も動かせなかったのよ。なんだかごめんなさいね」


 うふふ、と、玲子は自分の美を謳う。羚が花束を抱いた。その様子に気づいた一人の民衆が、携帯のカメラの音を鳴らす。それに乗じて、カシャカシャと連続で、機械音が鳴った。


「やめろ! 許可なく仕事中の兵を写真で撮るのは違法だぞ! 今撮った奴! 名乗り出ろ!」


 目の前の男ではない、また別の軍人が、民衆をかき分けて、玲子達の前に現れる。その軍人の男は、襟元の装飾などから、今、目の前にいる男よりも数段位の上の存在であるとわかる。


「やはりお前達にはここは任せられん。島谷しまたに。お前は逃げた幕府の少年を追え。話が本当なら、まだ仲間と一緒に神社にいるはずだ。ここは俺達正規軍が対処する」


 その軍人に軽蔑の目を落とされた、島谷という男は、はい、とだけ答えて、参拝客をかき分けていく。一度だけ、後ろを振り返ると、羚に目を合わせ、一瞬驚いたように目を丸くし、また走っていった。

 島谷に対する目と同じ、軽視を向けられた玲子は、その軍人と睨み合い、暫く問答を続ける。しかし、玲子がその軍人を周囲の侮蔑と共に地にひれ伏せさせるのには、五分もかからなかった。

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