第14話「抗戦」
インドネシア 西ジャワ州バンドン市フセイン・サストラネガラ空港
邦人救出のためにフセイン・サストラネガラ空港へと展開した目的地派遣群バンドン派遣隊が孤立して数時間が経った。偵察分遣隊の応援を得たが危機は脱しておらず、依然として空港周辺では無数の人影が蠢いていて隙を伺っていた。
それに対し、中央即応連隊バンドン派遣隊と偵察分遣隊は交替で警戒を続け、何時来るかも分からぬ救援を待ち続けている。
剣崎は空港の管制塔を拠点に周辺を監視していた。古瀬一曹が背後で空港北側の滑走路周辺を監視している。
「
衛星通信機で通信を確保していた野中が言った。
「良い知らせだと良いんだが」
「スラバヤに米海兵隊が上陸。護衛艦《かが》の艦載機の行動範囲に間もなくバンドンも入ります」
「朗報だな」
「救出は明朝です」
「それまで持つと良いが」
空港の前を走る道路を、ライトを点けたセダンタイプの乗用車が堂々と走って来た。緊張が走り、隊員達はいつでも銃を撃てる態勢を取る。乗用車は空港手前で速度を落としたが、そのまま走り抜けた。
『
「了解」
「剣崎一尉」
古瀬が剣崎を呼んだ。
「北側に動きあり。十から二十の人影、空港内に侵入。飛行場を移動中」
剣崎も双眼鏡を使って滑走路の向こうを見る。敷地との境界の茂みを移動する人影が見えた。その動作は稚拙で訓練された動きでは無い。
「ボルゾイ、
『
隊員の配置を変換し、剣崎は再度滑走路を見た。RPG-7対戦車擲弾発射機を持った民兵が二人、それを構えてターミナルビルに向けて構えた。
「RPGだ。撃ってよし」
古瀬が発砲する寸前、相次いでRPG-7が発射され、対戦車擲弾がターミナルビルに直撃し、爆発の炎が膨れ上がった。ターミナルビル全体が揺れる。途端に自衛隊の反撃も始まった。各員が持つ火器が一斉に火を噴き、絶え間なく破裂音が空港に響き渡る。
「行くぞ」
剣崎は野中と共に管制塔を駆け下りて屋上に出た。
「シェパードだ。左側に加わる」
『了解』
剣崎が屋上に出た時、ピックアップトラックベースの
北側に集まった偵察分遣隊の隊員達が応射し、滑走路を越えようとする敵を次々に撃ち倒した。
「バトルライフルが欲しいね!」
弾倉を交換するためにしゃがんだ坂田が叫んだ。5.56mm弾の射程はせいぜい五百メートルで、広大な飛行場をカバーするには不足を感じた。7.62mm弾を使用するSCAR-Hライフルを持つ山城と的井はOPにおり、SCAR-Hを持つ板垣と管制塔で狙撃銃を持つ古瀬がそれ以遠の敵に対応する。
「
板垣がSCAR-Hライフルを撃つ合間に坂田に答える。激しい銃撃でろくに狙いを定めている隙がない。
「引き付けて撃て」
剣崎はテクニカルに向けて引き金を絞り、単射で精密な射撃を浴びせ続けた。HK416は、反動が強いが集弾性は高く、射撃精度は非常に高い。単発連射で浴びせた弾は運転席に集中し、運転席にいた民兵の体を射抜いた。撃ち抜かれて即死したドライバーはアクセルを踏み込み、テクニカルは暴走して横転した。機関銃を撃っていた男は地面に投げ出されるが、起き上がる前に誰かが撃ち抜く。
もう一輛のテクニカルはKord重機関銃が備わっていて、大砲のような強烈な発射音と共に強力な12.7mmの大口径弾が飛んできて隊員達の隠れるコンクリートの壁も打ち砕き始めた。粉砕されたコンクリート片や粉塵が隊員達に向かって飛散する。
「なんであんなもん持ってんだ、ここは中東か」
「こっちの弾が豆鉄砲だ、一方的に撃たれてる」
「HMGだ、あれを潰せ!」
隊員達が悪態を付きながら応戦し、指示を出す。射撃音でそのほとんどはかき消されていた。
「擲弾発射!」
西谷が声を張り上げ、M320グレネードランチャーを発射する。弾道を描いて飛んでいった40mm榴弾が見事にテクニカルのボンネットに着弾して弾け、運転手と機関銃手二人を殺傷した。
「いいぞ。その調子でやっちゃえ」
「弾が無くなりますよ」
坂田が煽るが、西谷はすぐにM4に持ち替えて射撃を始める。
「剣崎一尉!十名ほどが東側に回ってます!」
野中が射撃しながら叫んだ。大城と那智が小銃で移動する敵を射撃していく。再び対戦車擲弾が飛んできて屋上付近に着弾し、頭を圧迫する爆発音と衝撃が走った。那智が砕けたコンクリート片と共に吹き飛ばされて倒れる。
「古瀬、RPGを黙らせろ」
剣崎も無線に指示をしながら滑走路を渡し始めた民兵たちにHK416を向けて引き金を引き絞る。民兵は斃れても斃れても後から後から無謀な突撃を繰り返していた。
「きりがない!」
大城が叫ぶ。
「南側、空港正面からも敵接近!」
中央即応連隊が守る防衛線側からも敵が接近していた。背後からも激しい銃声が聞こえる。
「那智!大丈夫か!?」
衛生員の板垣が管制塔から出てきて対戦車擲弾に吹き飛ばされた那智に駆け寄った。呻いていた那智を助け起こし、二人は後ろに下がる。
「那智、連隊から
すかさず野中が声を張る。怪我をしてもただでは転ばせない。飛行場に入った大型トラックがライトを煌々と照らし、滑走路を突っ切ってこちらに接近してくる。坂田が連射に切り替えて射撃し、大型トラックの運転席の窓を粉砕し、運転手を射殺した。大型トラックからは民兵たちが飛び出してきて自動小銃を乱射する。
「ありゃなんだ?」
大城が呟いた。見ると塀をなぎ倒して迷彩色に塗られた四輪の装甲車が出て来た。
「VABだ。インドネシア国軍か?」
しかしVAB装輪装甲車の銃塔から顔を出す男は機関銃を空港に向かって撃ち始めた。剣崎の目の前のコンクリートに銃弾が直撃し、砕かれたコンクリートの粉塵が飛び散る。
「敵だ」
「
無線に怒声が飛び交う。
「この部隊じゃ死んでも休めないなこりゃ」
やがて那智がぼやきながら5.56mm機関銃ミニミを持って、中央即応連隊の84mm無反動砲M3を持った砲手の三曹を連れて戻って来た。那智の額からは血が流れているが、それを気にしている暇もない。
「あれを狙え!」
砲手を大城が掴んで屋上の縁まで引き寄せ、ファイバーケースに収まる対戦車榴弾を装填し始める。しかし装填を終えたところで砲手が突然ひっくり返った。大城が見ると
「おい!」
慌てて板垣が駆け寄り、88式鉄帽改を脱がせると小銃弾は鉄帽の帽体を貫通していたが、弾はそこでとどまっていて、クッションに先端が突き刺さっていた。
「ラッキーだ、貫通してない!軽い脳震盪だろう、大丈夫!念の為頸痛固定する」
「司馬、お前が撃て!」
大城は司馬を呼びながら「後ろに立ってても知らねーぞ!」と怒鳴って84mm無反動砲を拾い上げた。
「そんな注意喚起あるか」
那智が機関銃を短連射しながら呆れてぼやく。
「最後に撃ったのをいつだか思い出せませんよ!」
無反動砲を担がされた司馬が、それを支える大城に悲鳴のような声をあげた。
「俺もだよ、撃て!」
強烈な発射音が響き、空気が震えた。発射された対戦車榴弾がVAB装甲車の右転輪を吹き飛ばし、装甲車が滑走路上で擱座する。
「よくやった!」
「仕留め損ねました!」
司馬は次弾を要求していた。しかし装甲車に乗っていた民兵たちは慌てて装甲車を飛び出して逃げ出す。大城はすぐさまM4小銃に持ち替えてその民兵三人を射殺した。そこへ無反動砲の発射で大城の位置は目立っていたのか、射撃が集中した。大城のヘルメットに載せられていたHEL-STAR6識別具が吹き飛び、大城が倒れ込む。
「撃たれた、撃たれた」
「笑ってんですか!?」
隣にいた司馬が有り得ないものを見るような顔で大城に声をかけた。
「彼は任せて、撃て」
砲手の処置を終えた板垣が司馬に怒鳴ると大城を後ろに引きずっていく。
「RPG!」
ロケット弾が鋭い音を響かせて頭上を通り過ぎる。
空になった弾倉を足元に落として新しい弾倉を装填し、ボルトリリースボタンを押して装弾したところで剣崎は残弾を改めてカウントした。ベストの残弾倉は三本。部下達はもっと射耗している筈だ。このままではジリ貧だった。
「やられた!」
誰かが叫ぶ。振り返ると坂田が腕を押さえて床をのたうっている。
「さ、坂田三曹!」
「馬鹿、顔を上げるな」
飛び付こうとした司馬に坂田が怒鳴る。
「骨は大丈夫だ、活動性出血もない、止血して!」
板垣がすぐさま飛んで行って処置を始める。
「板垣、一緒に下がれ!」
「まだやれる!」
エマージェンシーバンテージを使って圧迫止血で傷口を縛るや坂田は片手でM4を射撃し、戦闘を再開した。全員、後先を考えるよりも今を全力で死に物狂いに戦っていた。
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