第12話「後方擾乱」
バンドン市内では銃声とガラスが割れる音等の破壊音、時折爆発音が聞こえ、騒然としている。ジャマ・イスラミアの武装集団が略奪や虐殺行為を繰り返していて、インドネシア国軍とあちこちで交戦していた。
そこに猛スピードで飛び込んでいった偵察分遣隊を乗せた五輛のSUV車はフセイン・サストラネガラ空港に通ずるバイパスの道路上に設けられたバリケードに阻まれ、停車した。
「下車」
剣崎が短く指示し、全員が一斉に車を降りて武器を構え、四周を警戒する。バンドンは標高七百メートルほどの避暑地で観光地だった。街並みは綺麗なはずだったが、暴徒による略奪や放火によって変わり果てた姿になっていた。
『……敷地内に砲弾落下!』
『負傷者を確認……』
バンドン誘導隊の無線周波数に合わせた野中の無線から声が漏れる。
「空港が迫撃砲の攻撃を受けているようです」
「敵迫撃砲陣地を叩くぞ。山城は三名率いて空港に向かえ。
剣崎はバンドンに向かう車内で暗識していた地図や航空写真から空港を攻撃する敵の拠点を予測していた。
SCAR-Hを持つ山城一曹らが離れ、走っていく。車輛はドライバーの隊員達が安全な場所へ移動させ、何かあれば本隊を回収しに来る手筈だ。しかしながら市内の状況からして車での突破はむずかしく、
剣崎達が前進していると、正面にインドネシア国軍の車輛が道を塞いで並べられていた。油断なく近づくと、周囲に人影が横たわっている。その場にいた兵士達は皆、すでに冷たい骸となっていた。
「多勢に無勢か」
車輛に刻まれた無数の弾痕を見て大城三曹が呟いた。その時、その車輛が塞ぐ道路を横切る道を小型トラックが通った。荷台に民兵が乗っていて、重火器らしきものが積まれている。
「あれを追うぞ」
M4を構えた西谷三尉が先頭を進み、それに続いて隊員達は市街地を進んだ。小型トラックが進んだ通りの店舗からガラスが割れる音が聞こえる。進みながらその店内にHK416を向けると略奪の真っ最中の男達と目があった。全員武器は所持しておらず、こちらを見て驚愕の表情を浮かべ、慌てて逃げ出していった。
その先ではアパートが燃え上がっている。数名の男達が道路を渡っていた。双眼のAN/PVS-31C暗視装置を目の位置に下ろし、最新の白管の増幅管による暗視映像で視界を確保してその人影を追う。自衛隊のV-8暗視装置が緑管の増幅管なのに対し、PVS-31の視界は非常に鮮明で双眼のため遠近感も捉えやすい。男達の手には銃器が握られていてその周辺にたむろしているようだ。
通りの奥から重たい響きの爆発音が聞こえた。
「迫撃砲の発射音です」
西谷が告げた。その次の瞬間突然、坂田がSR16を単射で三発射撃し、銃声が響いた。普段使用する89式小銃よりも銃身の短いSR16は発砲炎が激しい。
こちらに気付いた民兵の一人がAKを向けたところを坂田に撃ち抜かれ、倒れるようとしていて、他のたむろしていた民兵たちも次々に銃を持って走り出した。
「撃て」
偵察分遣隊の隊員達の持つ小銃が火を噴き、銃声が鳴り響く。銃声のたびに民兵たちが倒れ、こちらに発砲する前に次々に撃ち抜かれた。そこへDShK重機関銃をピックアップトラックの荷台に載せた
「テクニカル、❘DShK《ダッシュケー》だ!」
注意喚起の声を上げながら那智がHK416を単発連射する。その警告は的確な脅威認識をもたらした。続いていた司馬、そして並行して前進していた野中や大城も射撃し、重機関銃を構えた民兵が複数の隊員に撃ち抜かれて倒れ、トラックの運転席も蜂の巣になった。各人小銃に取り付けたLA-5/PEQ夜間照準具の不可視IRレーザーがそれぞれの狙っている目標を示すため、重複なく射撃が行われる。
「ここはアフリカかよ」
大城が射撃の合間に呻く。
「左から敵散兵、展開中」
坂田が射撃しながら言った。
「撃つぞ」
西谷がホルスターに取り付けていたM320グレネードランチャーを構えて発射。
「左から出てくる、撃ち続けろ。坂田、西谷、道路を渡れ」
「了解。動くぞ」
「動け」
剣崎の指示で二人が道路を駆け抜けて反対側に展開し、左から出てくる敵に射撃する。
テクニカルに向かって走り出した民兵を見た剣崎は射撃し、撃ち抜く。
敵機関銃の射撃が別方向から行われ、隊員達は放置車両の影に隠れる。曳光弾の火線が激しい発射音と共に伸びてきて道路に土煙が次々に上がって迫ってきた。
車体を貫通した弾丸が建物の壁に突き刺さってコンクリートが砕けて破片を飛散させ、弾痕が刻まれる。ショーウィンドウが打ち砕かれ、そのそばで姿勢を低くする那智と司馬にガラス片が降りかかっていた。
「MG、11時の方向!」
野中が叫び、エンジンルームを盾にしてわずかに腰を上げ、HK416を発砲するが、すぐさま頭を引っ込める。その頭上を数十発の曳光弾交じりの銃撃が通り過ぎた。
「敵が道路上に展開中」
機関銃の射撃で頭を下げている間に敵が広がりつつあった。那智と司馬が
「手榴弾投げるぞ」
大城が怒鳴って手榴弾を投げた。しかしそれは頭上を伸びていた電線に偶然当たって道路を渡って前進していた坂田達の傍に落ち、炸裂した。放置車両のガラスが粉々に砕け散り、周囲の車を破片が引き裂いた。
「危ない!」
西谷が警告と抗議の声を上げた。剣崎は一瞬、大城を細い目で見てから野中のプレートキャリアの背面のポーチに収まるM67破片手榴弾を取って大城にパスした。
「二回目は無しだ」
「りょーかい」
大城が破片手榴弾を再度投げる。88式汎用機関銃を撃ち続けている敵の傍で今度は炸裂し、射撃が止む。
「出るぞ!」
那智が怒鳴り、板垣と共に通りを駆け抜け、機関銃を撃って来た敵の正面からHK416を単発連射で射撃し、5.56mm弾を浴びせた。手榴弾の破片を浴びてうずくまっていた民兵たちにとどめを刺す。
「ここは制圧した!」
板垣が怒鳴る。
「お前たちは西谷達と共に併進しろ!」
剣崎は声を張り上げ、正面に向けて射撃する。発射した5.56mm弾はカーブになった道路を横切ろうとしていた民兵の腹を撃ち抜いた。
「よし、渡れ!」
剣崎と野中が射撃を浴びせている間に後ろに続く隊員達も西谷達が進む道路の反対側に渡り、野中が肩を叩いて渡った。剣崎も立ち上がって道路を駆け抜ける。
敵のたむろしていた位置には死体が何体も転がっていて、狭い路地の先で怒声が聞こえてくる。無防備にこちらに走って来た民兵の胸に西谷が二発撃ち込み、崩れ落ちる間際にその頭にとどめの一発を撃ち込む。
「前進!」
その時、剣崎の耳元にヘッドセットを通じて山城の無線が入った。
『
「マスティフ、シェパード、了解。待機しろ。これから迫撃砲を潰す」
路地を隊員達が走り抜ける。正面から敵が射撃してきたが、偵察分遣隊員達の外科手術的射撃で確実に制圧されていく。
「駐車場に出た!迫撃砲陣地だ!」
西谷が叫ぶ。剣崎も路地を駆け抜けて飛び出すと広い駐車場になっていて十数名の民兵がいた。高級車を含む車が何台も並んでいて、数台は放火され、松明の代わりになっていた。
その駐車場に停められた迫撃砲弾を乗せていると思われる奪われたインドネシア国軍のトラックに剣崎は射撃を浴びせながら剣崎は右の建物沿いに駐車場を進んだ。
「続け!右から回るぞ。那智達は正面から敵を抑えろ」
剣崎は射撃しながら建物沿いに進み、十字砲火を形成して射撃を加えた。
トラックの傍にいた民兵は二人を撃ち抜き、逃げ出した迫撃砲の操作手の背中を撃ち抜く。弾の尽きた弾倉を捨てて新しい弾倉をHK416に装填し、スライドストップを叩いて解除する。銃声がちょうど止み、隊員達は銃口をサーチするように左右に振って索敵していた。
「制圧!」
駐車場にいた敵は全員倒れ伏していた。まだ息がある民兵の頭に西谷と大城がとどめの一発を撃ち込んで回っている。
「逆襲に備えろ。迫撃砲を始末するぞ」
「了解」
坂田と那智は砲弾を迫撃砲の周囲に並べ、一キログラムのC4爆薬を半分にして雷管付きの導火線を挿し込んで準備した。
「準備よし!」
「離脱!」
剣崎を先頭に駐車場を隊員達は離脱する。最後尾の坂田が点火し、一分後に背後で強烈な爆発が起きた。建物の間を爆風が吹き抜けてきたが、次の瞬間、それよりも強烈な二次爆発が起きた。頭が揺さぶられ、地面が震え、建物の窓ガラスが割れた。空高く舞い上げられた何かの破片がばらばらと降ってくる。
「何積んでたんだろ……」
爆破した本人が驚いて暗視装置を跳ね上げて振り返る。
「いいから空港に向かうぞ」
他人事のように呟いた坂田に声をかけ、剣崎は進み続ける。
驚いて振り返っていた民兵たちを暗がりから暗視装置を使って一方的に射撃して排除し、通りを突っ切って偵察分遣隊は空港へ向かって前進した。街並みは整然と整っていたが、今では渋滞の車がそのまま放置され、ゴミがまき散らされ、観光客向けの商店は軒並みガラスを割られている。
そんな通りに銃を持って若い男がうろついていた。前進してきた偵察分遣隊の隊員達を見て驚愕の表情を浮かべ、銃も構えずに立ち尽くす。
「武器を捨てて失せろ」
剣崎がインドネシア語で警告するとその若い男は手に持っていたノリンコ製のAK突撃銃を捨てて一目散に逃げ出した。
空港手前の道路にもインドネシア軍の車両が放置されていた。武器は回収されている。空港方向からは未だに激しい銃声が聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます