第9話 その「ストーリー」、異議あり!
「待って!!」
ハッピーエンドに向かって進んでいた物語を赤ずきんの声が遮った。
「どうしたんだい。」
オッサンもお婆さんも狼狽える。
「確かにお給料は今までの何倍も貰えるって書いてある。でも、所有権と管理権を農協に移すなんて聞いていないわ!」
赤ずきんは契約の内容を読み上げた。
所有権と管理権は1度手放したら戻ってくることは無い。つまりこの契約書は農園の没収を意味する。
「お婆さんとお爺さんが作って、お母さんとお父さんが大きくした農園なのよ!」
赤ずきんは顔を真っ赤にして農協のオッサンに食いつく。オッサンは何が起きているのか理解できていないようだ。
「文字が読めるのか……」
オッサンは呟いた。赤ずきんはその言葉を拾うとすぐに切って返した。
「私が文字を読めないと思って嘘の契約を結ぼうとしたんでしょ!こんなのに騙されないわ!契約はしません。帰ってください。」
赤ずきんはオッサンを追い返そうとした。オッサンは逆らいもせず、素直に家から出
ようとした。
「契約をしないのは結構だ。今のままなら16歳になれば自動的に君に管理権は移る。だが、あと4年は私が管理者なんだよ。正社員として契約をしない君に給料を払わないという判断も私が出来る。」
ドアから出る前にそう言い放った。オッサンの言うことは全て真実である。
お婆さんは何か言いたげに紙にペンを走らせるが、書いては丸めて暖炉に捨てている。
赤ずきんは諦めずに食い掛かかった。
「だったら明日、町に行ってあなたを訴えるわ。嘘の契約を結ばせようとしたって。私の農園を奪おうとした泥棒だって。」
「そうするといい。だがその契約書には何の不正もない。私はサインの強要をしたり偽のサインを書いたりしてないからね。」
オッサンは続ける。
「所有者の権限を持つ君が所有と管理の権利を指定して譲り渡すのは普通のことだからね。泥棒でもない。」
赤ずきんが敵わないのも当然である。相手は制度の隙を突き、恐らく管理者の代理になった時から計画をしていたのだろう。赤ずきんにバレるのは想定外だが、そこは管理者としての権限で埋めている。
「さあどうするんだい赤ずきんちゃん。私は君が答えを出すのをここで待つし、何か質問があれば答えるよ。」
赤ずきんは俯いた。
どう考えたってサインをしないと生きていくことが出来なくなる。勿論サインをせず町で別の仕事を探したっていい。
ただ12歳の少女など雇ってもらえるのだろうか。多くは上級の学校に進学している歳だ。そんな12歳の仕事に2人の生活費を払う雇い主などまずいない。
赤ずきんの目から涙が零れた。
「おやおや、赤ずきんちゃん。泣いて誤魔化せるのは子供だけだよ。君はもう契約のサインが出来る大人だ。それじゃあいけないよ。」
オッサンは最後の攻めにでた。
赤ずきんの心はほとんどへし折った。後はお婆さんだが、ここまで何も言ってこない。お婆さんは農協の規定をよく知っている。だからこそ何も文句を付けられない。
「お婆さんはどうお考えですか。」
オッサンは敢えてお婆さんに振った。お婆さんなら農園を捨ててでも生活の安定を取るであろう。孫娘に明確な困難の道を選ぶはずがない。
『そうねぇ。私からは1つだけ。聞いてもらえるかしら。』
お婆さんは暖炉から1枚の紙を拾い見せた。
オッサンは無言で促す。
『赤ずきん。その契約にサインをする必要はないわ。』
「おや。ではどうやって生活するつもりでしょうか。」
オッサンは余裕をもって応じる。
『赤ずきん、私たちは狩人組合に引き渡せば多額の賞金を得られる狼を捕まえたじゃない。今まで通り質素な生活を続ければ、4年なんて充分よ。』
そう言い放つと、暖炉から手足を縛られたオオカミを引っ張り出した。最もオオカミが自ら転がり出たのだが。
『でも、もし農園の管理者登録を農協の会長に変更、この子が16歳になると同時に管理者として登録する、ここに書かれている給料を正社員として4年間支払うという契約を結んでくれるなら、この狼をあなたに引き渡すわ。』
お婆さんはオオカミをオッサンに見せた。
「なんと……」
オッサンはオオカミを見て困惑した。彼の頭の中では4年間農園の管理者としての給料と賞金の額を比べた。結果はすぐに分かる。
「いいでしょう。新たな契約書を作成するのでお待ちください。」
オッサンは新たな紙に条件を書き写し、署名とハンコを押した。そして赤ずきんに手渡す。
「でも……」
赤ずきんは眉間にしわを寄せる。
本来なら野生に帰るはずが、自分のせいで狩人組合に引き渡されてしまうのだ。迷うのも当然である。
しかしお婆さんから『大丈夫よ。』と言われ渋々サインをした。
「それでは明日それを農協の本部まで持ってきてください。その狼はこのまま組合に連れていきますね。」
お婆さんからオオカミを縛るロープの一端をオッサンは受け取る。
随分と予定が変わったが損はしていないため、至極丁寧である。
「それではお休みなさい。」
その瞬間ロープがするっと床に落ちた。
そしてオオカミの手足が自由になった。
同時に農協のオッサンは動かなくなった。
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