第10話 人狩りと一狩りと一借り
「さてと。」
オオカミは受話器をとりコールする。
「はい。こちら狩人組合です。もしもーし。どうされましたか。何か」
「おい。この番号はあそこの家じゃないか。口の利けないお婆さんのとこだ。」
グルルルル
「狼の唸り声じゃないか!おい、手の空いている者は総員森へ向かうぞ!」
そこまで聞こえるとオオカミは電話を壊した。ガシャンとその音に赤ずきんは身体を縮めた。
「いいかよく聞いてくれ。俺は農協のオッサンを食ったオオカミだ。そして婆さんが組合に通報したんだ。」
そしてオオカミは赤ずきんを床に押し倒す。前足で手を後ろ足で足を押さえつけた。
「そして狩人が到着する直前に次の獲物の赤ずきんを捕えたんだ。」
「オオカミさん。何してるの。」
赤ずきんが戸惑いながら言う。オオカミは無視する。
「そして婆さんと赤ずきんは報奨金を得るんだ。その金で店を出せ。パイの店だ。狼だって美味くて食えるようになるんだ。絶対に売れる。」
オオカミはそこまで言うと一呼吸おいた。
わかったな、とお婆さんと赤ずきんに目配せした。
「そんなことしないでも、逃げればいいじゃない。農協の人を食べて逃げたって。通報したけど間に合わなかったって。」
赤ずきんが叫ぶ。押さえつけられているためか細い声を張り上げる。
「違うんだよ。落ち着いて聞いてくれ。俺は1回婆さんと赤ずきんを食ってこの家から出たところで狩人に撃たれて死んだんだ。」
赤ずきんは混乱がピークに達したようだ。泣きながら、しかしオオカミの言葉を懸命に聞く。
「そのあと3回やり直すチャンスを貰った。『運命に定められている部分は変わらない』という条件付きで。俺はこの後、お前ら2人を食うことは絶対にしない。となれば残された毎回同じストーリー、運命に定められている部分は狩人に殺されることだったんだ。」
オオカミは悲しそうに、しかし確信を持って強く言う。
「殺されるまでは自由にやっていいんだったら、2人のために俺は狩人に殺されるストーリーを作る。」
お婆さんが1枚の紙をオオカミに見せた。そこにはとても美しい文字で
『ありがとう』
その紙には数粒の水滴の跡が落ちていた。
「さて、そろそろ狩人が来るぞ。足音が聞こえる。なんせ俺の耳が大きいのはよく聞くためだからな。」
オオカミは顔を引き締めた。赤ずきんを押さえる力を強める。
赤ずきんからは呻き声が漏れた。
そしてドアは開く。
「ここらで狼の目撃が報告されたから来てみれば、早速おでましか!」
「お嬢ちゃん、お婆さん。もう大丈夫ですよ。」
2人の狩人が照準をオオカミに合わせて入ってきた。
「ああ、そこのオッサンは美味かったぜ。人の味を覚えたら他の物は口に出来ねぇなぁ!こっちの餓鬼も美味そうだ。」
オオカミが赤ずきんの頬に口を寄せる。
「その少女から離れな。じゃないとお前を殺すことになる。」
「ほう。では手放せば助けてくれるのか?んなわけないよな?」
「いや。手放せば相方の麻酔銃を使う。都の動物園から頼まれてな。生け捕りにして欲しいと。」
オオカミはすぐに嘘だと見抜いた。
ドアを開けたら殺さなきゃいけないかもしれない状況で片方麻酔銃では、1発で仕留めれられなかった場合に、1発で眠らなかった場合に大惨事だ。
「なあ狼君。動物園の暮らしは悪くないぞ。人の肉は無いが他の動物の肉なら何でもある。それに他の狼もいるから、結婚だって夢じゃない。」
「生憎だが人の肉が食えなくなるなら、この餓鬼を食って殺された方がマシだ。それに恋愛も充分に間に合っている。」
オオカミは笑みを浮かべて答える。
赤ずきんだけはオオカミの押さえつける力が緩んだことに気が付いた。
「そら。そちらの言い分はもうお終いか。じゃあこの子を頂くぜ。」
そう言うとオオカミは赤ずきんを引っ張り立ち上げた。狩人に対して盾となるようにする。
狩人は何も言えない。ただ照準をオオカミの頭に向け続ける。体制が変わり隙あらば撃ち殺せる状態になったが、まだ赤ずきんが安全ではなく撃てない。
最もオオカミが自らその状況を作っているのだが、狩人には知る由もない。
「さてどこから食うか。まあ頭からだよな。」
「止めて!もう止めて!」
赤ずきんが叫ぶ。「もう悪者になるのは止めて!」と続けようとしたが
「うるせえ。俺は人を食う狼だ!」
オオカミが怒鳴りかき消した。そして赤ずきんに爪を当てる。耳と頬から血が走る。
「おっと」
オオカミは力の入れ具合を間違えたのか、赤ずきんが正面に、つまり狩人の方に向かって倒れた。
そして狩人がその一瞬を見逃すことはない。
1つ銃声が響き、オオカミは自分の血で赤く染まった。
オオカミがゆっくりと倒れ込む。
赤ずきんの手を掴んでいたため、否、赤ずきんがその手を離さなかったため、赤ずきんも倒れ込んだ。
「もう大丈夫だよ。」
狩人が優しく声をかけるが、赤ずきんは泣きじゃくっていた。
その口が小さく、ありがとう、と狼に向けて動いたのは狩人にも、お婆さんにも、オオカミにも見えなかった。
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