第8話 正社員になろう

夜になれば町から離れた森の中は暗くなる。いつもなら小さく動物の声や音が聞こえるが、今日は違った。小さな家から楽しそうな声があたりに響く。


「オオカミさんのお母さんって凄いのね。」


「厳しかったけどな。今考えれば、俺が最後の狼になることも、生きるのに困窮することも見透かした上で厳しかったんだな。」


『いなくなってから親のありがたさが分かるのは、人も動物も同じなんだねぇ。』


専らオオカミの過去が話題の中心であった。勿論、復活したことや赤ずきんを食べたことなどは話さない。


食事も終わり、赤ずきんとお婆さんがオオカミの旅立つ際に持っていく食事を作り始めたその時

「赤ずきんちゃんはいるかい。」


ドアの外から声がした。オオカミは手慣れた様子で暖炉の中に丸くなった。それを確認すると赤ずきんは「はーい」と返事をしてドアを開けた。


「いい匂いだね。お食事の邪魔をしちゃったかな。」


農協のオッサンがドアをくぐって部屋の中に入ってきた。


「あら。何か用事かしら。」


赤ずきんちゃんが尋ねる。


「ほら、12歳になったから正社員として契約しようって言ってたろ?なのに赤ずき

んちゃんたら仕事が終わったらすっ飛んで帰っちゃうんだから。」


農協のオッサンはそういうと鞄から契約書を取り出した。赤ずきんは契約を忘れていたことを指摘され、照れ笑いをして誤魔化した。


「さぁこれが契約書だよ。一番下の四角の中に名前を書いてね。」


赤ずきんはオッサンから紙とペンを受け取った。


「あぁ。一応お婆さんにも説明しておきますね。12歳になったので正社員として赤ずきんを雇います。今まではお手伝いにお小遣いを渡しているということにしているので、最低賃金未満しか渡せませんでしたが、これで正式な労働者となるので最低賃金以上の額をお渡しすることが出来ます。」


赤ずきんとお婆さんはオッサンの説明を聞いて安堵の表情を浮かべる。お婆さんは農協の人に感謝の意を伝えた。


「これまで大変だったと思います。ですがこれからは2人が生活するに十分な給料になるように農協にも掛け合っておきましたので。お婆さんには農協も昔からお世話になってましたからね。」


農協のオッサンの細かい気遣いも契約には含まれているようだ。


暖炉のオオカミも、もう自分がここには必要ないことを悟った。


赤ずきんでなくアップルパイを食べることを選択するだけでこんなにもストーリーが変わってくるのか、とオオカミは思った。


家の中で明るい未来を見据えた2人の喜びをオオカミも少し感じた。

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