第6話 愛しい宣誓
『逃避所』に完全に行けなくなった私は、代わりではないが、時折静二郎さんの家に泊まるようになった。
静二郎さんに迷惑かなと思ったが、それは杞憂だった。静二郎さんは私が泊まることを歓迎してくれた。
「清子」
静二郎さんが、私の髪を撫でた。いつの間にか彼は、私を呼び捨てで呼ぶようになっていた。
「結婚しようか」
静二郎さんは唐突に告げた。あまりに唐突に告げられたので、私は思わず「はい」と頷いていた。
「本当に?」
静二郎さんは噛みしめるように言って、嬉しそうに微笑んだ。
「ずっと、家族が欲しかったんだ。清子のお陰で、僕の願いが叶うよ」
幸せそうな彼の笑顔を見て、私も彼と結婚したい、と心から思った。同時に、彼への愛おしさが胸に込み上げた。
「子供は、何人作ろうかな」
「気が早いわよ」
ふふ、と笑うと、彼は私に笑い返して、笑みを消して真剣な顔になった。
「僕達の結婚を報告したい人達がいる」
誰かしら、と思っていると、静二郎さんは立ち上がった。
「今から、その人達に会いに行こう」
静二郎さんは私と二階のベランダに出て、私の右手を掴んでぎゅっと握って、顔を上げた。
「父さん、母さん、兄さん。僕はこの人と結婚します」
夜空に瞬く星星に向かって、静二郎さんは静かに告げた。
結婚を報告したい人達というのは、静二郎さんの家族だったのだ。私の体に緊張が走るのが分かった。
「父さんも、母さんも、兄さんも、あなたとの結婚には賛成だって。あなたを素敵な人だと言ってるね」
静二郎さんは私を見て笑いながら言った。
「分かるの?」
「ううん。僕がそう言うといいなって思ってるだけだよ」
静二郎さんは少し寂しそうな顔をした。
私は彼の手をぎゅっと握り返した。そして星星に向かって笑いかけた。
「静二郎さんのお父様、お母様、お兄様!安心してください、この人は私がたーっくさん幸せにしますから!」
静二郎さんが、驚くのが分かった。
「……清子。それは僕が言う台詞だよ……」
静二郎さんを見ると、彼の顔は赤かった。耳まで赤い。可愛いな、と思って、私は再び夜空の星星を見て、左手を上げた。
「宣誓ー!私、佐川清子──いえ、竹島清子は、竹島静二郎を生涯愛し抜くと誓います!」
静二郎さんは沈黙して、息を吐いた。
「清子、恥ずかしいよ……」
私は期待を込めて静二郎さんを見た。
「……僕はやらないよ」
「えー! 残念……」
私は再び左手を上げた。
「宣誓ー!私、竹島清子は、どんなことがあっても竹島静二郎の傍にいることを誓います!」
何だか楽しくなってきて、私は色々な宣誓をした。始めは静二郎さんへの愛の告白だったのがどんどん脱線していって、全く関係ないことを宣誓していた。
「更に宣誓ー!今日の夕食はハンバーグでした!とても美味しかったです!」
「……清子、それもう宣誓じゃない、ただの感想だ」
静二郎さんが静かにツッコミを入れてきたから、思わず噴き出してしまった。
「なんか、漫才みたいだね〜。あ! 『星空同好会』ってコンビ名で漫才デビューしてみる!?」
静二郎さんは目を見開いて、微笑んだ。
「良いかもしれないね」
「えっ!? 冗談だったんだけど……」
「僕と清子なら、M-1グランプリチャンピオンだって狙えるかもしれない」
静二郎さんは真面目な表情で言った。
「いや……無理でしょう。静二郎さんが冗談を言うなんて、レアね」
「冗談じゃないんだけど」
返答に詰まって黙ると、静二郎さんははにかんだ。
「清子、僕のために沢山宣誓してくれて、ありがとう」
「どういたしまして。まあ、最後の方は宣誓じゃなくてただの感想だけど」
私と静二郎さんは、顔を見合わせて笑った。
「……父さん、母さん、兄さん。こんなにも素敵な人と一緒にいられて、僕は今とても幸せです」
静二郎さんは満面に笑みを広げた。彼のその笑顔を見て、涙が滲みそうになった。
きっと、これからも私とこの人の間には色々なことがあるんだろう。
悲しいことも、嬉しいことも、泣きたくなることも、逃げたくなることだってあるかもしれない。
でも、私はこの人と、生きていくのだ。時に共に立ち向かいながら、時に共に逃げながら。そうして私達は、一緒に笑いながら生きていくのだ。
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