第3話 告白
公園で静二郎さんと飲んだ日以来、私は『逃避所』に行っていなかった。静二郎さんに電話もしていない。事情を知ってしまったから、もう静二郎さんとは一緒に星空を見られないような気がしたからだ。
静二郎さんから電話がかかってきて、ドキリとしながらも電話に出た。
「清子さん。あなたの『逃避所』で僕と一緒に星空を見ませんか」
私は目を見開いた。静二郎さんから誘ってくることは初めてだった。断ろうかとも思ったが、静二郎さんの寂しげな顔を思い出して私は頷いていた。
公園に行くと、静二郎さんがベンチに座っていた。彼はスマートフォンを見ていて、星空を眺めていなかった。そのことにホッとした。
「静二郎さん」
声をかけると、静二郎さんは私を見て顔を綻ばせた。
「清子さん。来てくれて嬉しいです」
笑う静二郎さんは、やはり若々しく見えた。私は彼の言葉を思い出して、本当はいくつなんだろうと改めて思った。
「ずっと連絡がなかったから、嫌われたんじゃないかと思っていました」
「まさか。嫌いになんてなりませんよ」
「良かった」
静二郎さんは笑って、私に自分の隣に座るように促した。
静二郎さんの隣に座って、彼と星空を眺めた。会話はなかった。気まずいものを感じていると、静二郎さんはすみません、と謝った。
「この前はつまらない話をしてしまいましたね」
私は首を横に振った。
「でも、あなたには話したいと思ったんです」
それは、私が「同士」だからだろうか。そう考えて苦笑した。私達は同士なんかじゃない。ただ星空を見ている私と、家族を見ている静二郎さんは違うのだ。
再び、沈黙が流れた。
「……どうやら、僕は清子さんが好きみたいです」
静二郎さんが突然そんなことを言ったから、どきん!と大きく心臓が跳ねた。
「あなたから連絡が来なくて、身が引き裂かれるような気持ちになりましたから」
何と返せばいいか分からずに黙っていると、静二郎さんは苦笑した。
「僕の気持ちは、気にしないでください。こんな時が止まった、死にたがりの男の想いに応える必要はありません。これからも、同士として──」
死にたがり、という静二郎さんの言葉にズキリと胸が痛んで、静二郎さんに顔を近付けて、彼の唇を塞いでいた。
「私とあなたは、同士じゃない」
唇を離すと静二郎さんは目を見開いて私を見つめた。
「でも、恋人にならなれます」
私は、静二郎さんを抱きしめた。彼の温もりに、愛しい気持ちが湧き上がった。
「…………僕なんかで、いいんですか」
静二郎さんは躊躇いがちに私を抱きしめ返した。
「はい。私も、あなたが好きですし……あなたをあそこに行かせたくない」
口にして、そうだったのかと気が付いた。いつの間にか私は、静二郎さんに恋をしていた。星空を眺める寂しげな彼の横顔に、惹かれていた。
「参ったな」
静二郎さんは呟いた。
「兄さん達のところには、まだ行けそうにないね」
「ええ。行かせませんから」
静二郎さんは、私を抱き返す腕に力を込めた。
「清子さん。あなたが僕を、ずっとここに繋ぎ止めていてくれませんか」
何だかプロポーズみたいだなと思った。私は笑いながらうん、と頷いた。
「兄さんが亡くなってから」
静二郎さんは私を抱きしめながら話し始めた。
「いつも、星空に手を伸ばしていたんです。そうすれば、少しでも兄さん達を感じられると思ったから」
いい歳をして恥ずかしいですよ。苦笑する静二郎さんに、私は尋ねた。
「本当は、いくつなんですか?」
「42ですよ」
42! 私と、21歳も違う。
「でも、外見はずっと27です。そう見えるように努めてきましたから。……そのせいか自分がお兄さんなのかオジサンなのか分からなくなる時がありますね」
それを聞いてなかなか複雑なんだな、と思った。
「まあ、オジサンなんですけどね。42の僕は、嫌ですか?」
「いいえ。実年齢が何歳でも、私は静二郎さんが好きです」
本心だった。静二郎さんは息をついて、私の頬に右手で触れて、私の唇にキスをした。触れるだけのそれを受けて、静かな幸福が私の胸を満たした。
「清子さん。ありがとう、僕を好きになってくれて」
うん。と頷いて、家族を失ってずっと孤独だった彼を、硬く抱きしめた。
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