おしるこ

たん

おしるこ



 突然だが、君たちは真冬に飲むものと言えばコーンポタージュかおしるこかどちらを選ぶであろうか。…いや、別にあったかいお茶でも白湯さゆでも構わないんだが、やっぱり真冬の定番と言えばこの二大巨頭で決まりだと思う。自販機でもコンビにでも大々的に推しているのだから、やはり真冬のかせがしらと言えばコンポタとおしるこ。ほとんどの国民のなかにも、そういう認知があるのではないだろうか。


 …ん?そういう僕はどちら派か?全くの愚問ぐもんだね。そんなの決まりに決まっていることじゃないか。


「僕は断然コンポタ派」


 そう言いながら身構えた自販機に設置されているコンポタのボタンは、「売り切れ」の文字が、まるで僕の憎しみを表しているかのように赤く点灯していた。


「……………………………」


 おっと、危うく自販機を蹴り飛ばしそうになってしまった。危ない危ない。そんなことをすれば、たちまち木端微塵こっぱみじんに砕け散ること受け合いだ。僕の骨が。


「………はぁ。しょーがないか」


 僕は、何故か子供の頃からおしるこは飲んだことがなかった。飲ませてくれなかったような記憶がかすかに残っている気もするが、ともかく一度たりとも飲んだことがない。僕は圧倒的に揺るぎ無いコンポタ派ではあるが、それゆえの好奇心からか、実のところおしるこにも興味がないわけではなかったのだ。


 ピッ、という機械的な音の後に受け取り口へと落ちてくる未知の飲料。それを手に取ると、コンポタによく似た温かみが手のひら全体に染み渡った。プルタブを引き上げ、立ち込める湯気を鼻腔びこうへと吸い込ませる。


「ほうほう…。この甘ったるい香り……悪くないな」


 まるで男爵だんしゃくよろしくにひげをつまむようなしぐさをしながら、缶を傾倒けいとうさせて一口。


「……非常に悪くない。さすがにコンポタには劣るが、非常に悪くない。ってかうまい」


 格別に糖分が欲しい時であれば、もしかするとコンポタを凌駕りょうがするかもしれない。圧倒的コンポタ教の僕がそう思うほどに、初めて飲んだおしるこの味は甘美かんびであったし、コンポタと二大巨頭を張るだけの実力は確かにあった。


「……機会があればまた飲もっかな」


 ぐぐっと飲み干し、缶の底に溜まっている粒さえも綺麗に喉へと流し込んだあと、近くにあったゴミ箱にバスケのスローインの要領で空き缶を放り込む。カラン、と小気味こきみの良い音を立てて、その容器はゴミ箱へと吸い込まれていった。



「さて、と。帰るか」


 少しばかりの余韻を楽しみながら、振り返った先は大路地だいろじ。車線は四つも五つも敷かれており、学生の帰宅ラッシュであるこの時間帯は人通りも多い。いつも多い。いつも多いけど、何か今日は異常に多い。


「………とっっっっっても違和感」


 例えば先ほどすれ違った女の子だが、彼女の体を痩せ細ったおっさんがすり抜けていったり、向こうの歩道では不良集団がう○こ座りでたむろしているが、その中には明らかに場違いな女性が、体勢はうつむいてるくせに顔は空を見上げているという珍妙極ちんみょうきわまりない様相で立ち尽くしている。


「……目ぇおかしくなったのかな」


 ごしごしとまぶたを拭ってもう一度辺りを見渡す。まだいる。おっさんも女性も全然いる。それどころか他にも色んな変な人がいる。いーっぱいいる。


「何だこれ。…え?なんだこれ」


 茫然自失ぼうぜんじしつのまま恐らく10分ほどが経過し、まばたきをしたその瞬間、さっきまでの人たちは跡形もなく煙のように消え去った。




 その後、何故かコンポタ売り切れクソ自販機に遭遇しまくったこともあり、そういうことが何度か続いた。そんな最中さなか、僕はある結論に至った。


「僕って………おしるこ飲んだら幽霊見えるんだ」


 なんと僕は、おしるこを飲みきった後の10分間だけ幽霊を見ることが出来るらしかった。今まで16年の半生で、初めて知った新事実であった。


「だからお父さんもお母さんも僕におしるこ飲ませなかったのか」


 そう理由付けすると、すべてに合点がってんがいった。この能力が先天的なものすれば、きっと幼い頃の僕だと、おしるこを飲み干した瞬間に白目に泡を吹いてぶっ倒れていただろう。それを見越して、両親は僕からおしるこを遠ざけた。

 僕は「おしるこを飲むと幽霊が見える」という結構ダサめの超能力を持っていたのだ。


「……世界救えるかな」


 たぶん無理だろう。



 その謎の超能力を発見して何故かちょっと嬉しくなった傍ら、その能力に付随ふずいする形で、僕はあるひとつの問題に悩まされていた。それは、どうやらずっと前から僕にいてたらしい幽霊である「さえこ」さんについてだ。


『ねぇキミ』

「なんです?」

『ワタシの未練の話ってしたっけ』

「何回も聞きました」

『…何で叶えてくれないの』

「めんどくさいからです」


 ある日の暮れ、学校の帰り道、僕はまたおしるこを飲み干し、もはや日常風景となりつつあるそのさえこさんと会話をしていた。時代錯誤のお洒落なワンピースを着た、他の幽霊よりもそこそこ綺麗な彼女。そんなさえこさんこ困ったところとは、このように自分の未練を執拗しつように解消させようとしてくることだ。彼氏が欲しかったとか、解決されないと成仏できないとか、全くもって知ったことではないというのに。


「そこら辺に浮遊霊いっぱいいるじゃないですか。誰か捕まえて成仏してくださいよ」

『むりむりむりむりむり。逆ナンとか痴女ちじょの極みじゃないの。人として節操せっそう無いわ』

「幽霊がよく言えましたね」


 しかもさらに困ったことに、さえこさんとこうして面と向かって話すのもおしるこパワーが必要であるということだ。おしるこパワーを注入しないと、机に血文字を残してきたり、ボイスメモにノイズ混じりの怪奇メッセージを勝手に録音してくるので、こちらとしてはたまったものではないのだ。


「ってかそろそろ10分経ちますけど。絶対に両親の前で血文字とか書かないでくださいね」

善処ぜんしょはするよ』

「前もそれ言って書きませんでしたっけ」

『……ごめーんなさ』

「…10分経っちゃった」


 おしるこを飲んで10分経つと、今まで話していたのが嘘のように、他の幽霊とまるで同じように、さえこさんは跡形もなく消え失せた。


「…つってもなぁ。このままだとやっぱり困るよなぁ」


 そう呟くと僕は、家路いえじまでの間、しばしの思案にふけっていた。



「さえこさん、僕と付き合いましょう」

『……ふぇえ!?』


 案外に反応がかわいくて困ってしまう。が、ここは毅然きぜんとした態度でのぞまなければ。


「僕と付き合ってデートのひとつでもすれば、あなたの未練は解消されるでしょう。さえこさん結構お綺麗なので別に僕も悪い気はしませんし、冬を越してしまうと来年のおしるこの販売開始まであなたは成仏できません。逆ナンが無理ならば、この方法が及第点きゅうだいてんだと思うのですが」

『え!?え!?良いの!?』

「良いです。良いですから落ちつい」

『じゃあワタシ遊園地行きたい!』

「……遊園地ですか。まぁいいですよ」

『やったぁ!!!』


 翌々日よくよくじつ、さえこさん成仏できない問題解決のため、僕は産まれて初めて学校をサボって、郊外の遊園地へとおもむいた。



『ねぇ!次はあれ!あれ!』

「まってまって、おしるこ飲みすぎて胃が破裂しそう」


 先日のはしゃぎようから分かっていたことだが、さえこさんはそれはもう暴れ狂う闘牛のように休む間もなく遊び回っていた。それに連れられる僕は絶え間なくおしるこを飲み続け、破裂しそうとはさすがに比喩ひゆにしても、割と腹八分目はらはちぶんめくらいまではいっぱいになっていた。


『えぇー?まだ八時だよ?夜はこれからだぜふぅーっ!』

「キャラクター変わってません?」

『元はこういうタイプよ』

「なるほど」


 普段のお茶目ちゃめな行動からだいたい察することは出来ていたが、やはりウェイ系の陽キャラであったか。でも彼女、そうであっても結構ウブなので、彼氏が出来たことないのは少しうなずけるような気もした。


『ねぇキミ!女の子と遊ぶの随分ずいぶんと慣れてるようだけど……もしかして、彼女とか出来たことあるのかな~?ん~?』

「えぇ、五人ほど」

『えっ……。そ、そうなんだ……』


 そしてちょっと自爆系メンヘラ。



 そろそろ僕の胃袋が限界を迎えていたので、彼女に頼んでしめの観覧車に乗ることにした。だいぶしぶっていた彼女だったが、如何いかんせん僕は人間であるので、キャパシティというものがある。頼んだというより、なかば強引に観覧車につれてきた。


 さえこさんを引きずって観覧車まで連れてきたのは良いが、他人から見れば一人で観覧車に乗っている僕は、他のアトラクションでも大概たいがいではあったが今回ばかりは一際に変人を見るような目で見られた。


『あの係員、あんな態度無いよねぇ!?すっごい優しいキミのこと、あんなにいぶかしんで見ちゃってさー』

「まぁまぁ、良いじゃないですか。実際、他人から見たら僕は一人なわけですし」

『ぐぬぬ…キミは優しすぎるよ!』

「そうでしょうか。意気地いくじが無いだけと思っていましたが」

『意気地というより偏屈へんくつだね』

「よく言われます」


 彼女は「そっか」と言って笑う。つられるように僕も笑ってしまう。胃袋は小豆色あずきいろの豆汁でたぷたぷではあるが、それをかき消すくらい今は楽しいのかもしれない。


『…んあああ!でも腑に落ちないいい!!』

「しつこいですよ。あんな人に惑わされないで、最後くらい楽しく終わりましょうよ」

『最後か……。うん、最期だもんね』


 僕が「最後」という言葉を口にすると、彼女は少し悲しそうな顔をする。彼女の感情は僕に伝播でんぱしやすいのか、何だか物寂ものさみしい気持ちになった。


『ねぇ、キミ?』

「なんです?」

『…ちゅーして良い?』

「……良いですよ」


 コクリと頷くと、彼女はその綺麗な顔をこちらに寄せてくる。幽霊のくせに、重なった彼女の唇は温かかった。お互いに顔を離し、じっと見つめ合う。


『…ありがとう』

「どういたしまして」


 そう呟いた5秒後。最後におしるこを飲んでから600秒後ぴったりに、にっこりと笑って、彼女は本当にこの世を後にした。


「……逝っちゃったか」


 彼女とのデートのために、バカみたいに買い込んだおしるこ。つい数時間前までそれがパンパンに詰まっていたよれよれのバックへ無造作むぞうさに手を突っ込み、最後の一本を取り出す。プシュ、という音と共に缶を開けて、すっかり冷めてしまった勢いよく喉に流し込んだ。


「ははっ。なんだこれ」


 それを飲み干したところで僕の視界が変わるわけでもなかったし、初めて飲んだあの時のような感動は無く、全くもって美味しくなかった。

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おしるこ たん @review-review

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