第7話 落としてしまった嘘

「さやさん、ここのリースもう少し増やせませんかね」

「予算がねー」

「じゃ、この玄関の飾りなんですけど、もっとシンプルにして予算抑えませんか?」

「玄関の飾りなんだから、もっと豪華な方がよくない?」

「色味を抑えるって事で。青と銀で統一させてかっこいい感じではだめでしょうか?」


ツミキは生徒会室で、さやとクリスマス飾りのことについてアイデアを出し合っていた。生徒会のメンバーは、副会長の相模が3年生・男子、同じく副会長のさやが1年生・女子、書記の久我が2年生・男子だった。会計を任されたツミキだったが、例の生徒会の活動ができなくなった2年生の代わりに、さやが兼任していたので、雑用でもやっていろと言われた。


2年生で生徒会長をしている綾珂は、性格がとにかく強引で、体つきもそれはもうある意味強引で、家がこのあたりの地主らしく、地域から押されるの存在だった。他のメンバーは、綾珂のお気に入りが集められており、決まった直後に、投票に操作があったのではとうわさが立っていたらしい。


ツミキは生徒会の役割について全く興味がなかったが、クリスマスの飾りについてだけは関心を向けた。同じ1年生ではあったが、自分の会計の役割をやってくれていた彼女には感謝もあったので、さやさんと呼ぶことにした。


学校のクリスマス飾りは、綾佳が1年生で生徒会副会長を務めた去年から始まったものだった。生徒達はテンションが上がるしかない。クリスマスは賑やかな方がいいと思っているツミキには、楽しい行事だった。あれやこれやとさやと一緒に話していると、時間はあっという間に過ぎていった。


「うわっ、やばい。さやさん、俺帰る時間なんで」

「はい。また明日ね」


ツミキは急いでカバンを肩にかけ、八雲の教室へと走った。八雲は旧館から1度教室に帰る。自分の教室を過ぎ去り、八雲の教室に入ったが、八雲はそこにいなかった。他の生徒に八雲がいなかったか尋ねると、さっき帰ったとの事。


ツミキは玄関に急いで、朝ぶっきらぼうに置いた靴に足を突っ込み、校門に向かおうした。


「あら、今日の雑用はもう終わったのかしら」


綾珂が後ろから話しかけてきた。ツミキは無視して足を前に出した。


「ラプンツェルを追いかけるの?」

「そうですよ。だからもう話しかけないで下さい」

「へー、彼女今日何を借りたのかしら」

「会長をには全く関係ないですよね」

「まあ、そうね」

「では、さようなら」


ツミキは今度こそ校門に向かった。そうすると八雲が校門を今まさに通り過ぎようとしていた。ツミキは八雲の傍へとさらに速度を上げた。


「八雲!ひとりで帰るなよ」


と、八雲の肩へ手をかけた。


「きゃっ!」


っと八雲は驚きの声を上げ、持っていた本をばらばらと落とす羽目になった。


「ごめん」


ツミキはしゃがんで本を1冊ずつ拾い上げる。八雲も膝を曲げ拾おうとする。


「本、手に持ってたんだね。わからなくて」

「カバンに入らなかっただけだ」

「またシェイクスピアか」

「もう読み終わる」

「これ何?全然わからん」

「漢文だ」

「これ読めるの?」

「授業を聞いていれば誰でも読める」

「でも、これ白文ってやつだろ」

「授業を聞け」

「これは、、、」

(それはっ!!)

「『吾輩は猫である』夏目漱石、か」

「ありがと」


そう言って八雲はツミキから本を取り返そうとした。が、ツミキがおもむろに立ってそれを阻む。八雲は否応なしに立ちあがる。ツミキは『吾輩は猫である』を見つめる。その顔はツミキが一言二言、言いたい時の表情だった。


「八雲、これどうした」

「借りた」

「八雲がこれ借りないよね」

「決めるな」

「日本近代文学だし、猫ついてるし」

「はぁ?日本文学でも読む。猫がなんだ」

「八雲、猫、嫌いだろ。それは昔っから変わらない」

「見たり触ったりが嫌なだけだ。文字はどうってことはない」

「文字も絵もダメだろ」

「勝手なこと言うな」

「そんな八雲を俺は知らない」

「お前が私の何を知ってるんだ」

「全部」

「いい加減にしろ」


八雲は怪訝な顔をして、ツミキから本を取り上げた。これ以上この本の事で追究されたくはなかった。4冊の本を抱えて八雲は歩き出す。ツミキは横に来て八雲の顔を覗き込み、まだしゃべろうとする。


「猫嫌いな八雲が絶対その本を手にするはずがないんだ」

「本の事をあれこれ口出しするな」

「わかってる。だけどその本は納得いかない」

「知るか」

「説明してくれるまで八雲の部屋の中までついて入っていくからな」


(それはまずい)


八雲は立ち止まる。4冊の本をツミキに押し付け、自分のカバンをあけた。少しだけ八雲の時間が止まった。それは時間にして10秒もなかっただろう。その間、八雲の頭の中がフル回転していたことは、ツミキが知る由もなかった。


「これ」


と、八雲は4冊の本をツミキから受け取り、代わりに渡したのは、


「これ、デコデコ八雲専用ブックカバーじゃん!!使ってくれてたんだ」

「黙れ」

「やっぱり気に入ってくれたんだ!!」

「違う」

「この中の本は何?」

「それは私が最近気に入ってる作家。日本文学」

「『月に吠える』か、名前は何て読むの?」

「おぎわらさくたろう(荻原朔太郎)」

「へー、でもこれって、図書館の本じゃ、ない」

「買った。いつでも読めるように」

「そっかー!いつでも俺の事考えてくれてるんだ!!」

「それはない」

「やっぱり俺をお嫁さ」

「帰る」


八雲は、本をツミキからひったくり、カバンに入れた。嘘も本当も何もかもを入れて。


つづく

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