第8話 12月24日(日)
「八雲ーーー」
「入るな」
「だって、うちに来ないじゃん」
「あら、ツミキ君、どうしたの?」
「八雲の母ちゃん、メリークリスマス!」
「そうだった今日はクリスマスか」
「だから、ケーキ用意したんで、八雲迎えに来ました!」
「そうなの。いつもありがとう」
ツミキは八雲の家に行く時、大抵、インターホンも押さず我が家の如く入ってくる。今日は24日クリスマスイブ、日曜日。八雲は部屋にこもっていた。絶対やってくるであろう幼馴染に対抗するには、立てこもるしかないと。
なのに、母親ときたら、ツミキには甘く、一人娘の良き理解者だと思っている。
「八雲、いい加減にしなさい。ツミキ君を待たせちゃダメでしょ」
「まあ、待つのも悪くないとは思ってはいるんですよ」
「あら、そうなの?」
「だって、俺は八雲のお嫁」
「行くぞっ!!!」
八雲は部屋から飛び出して、ツミキを捕まえ走った。これ以上の会話を、母親に聞かせるわけにはいかなかった。聞いて卒倒する親ならいい。だがうちの親なら、この話はウエルカムだ。人生が決まってしまう。外堀を固められてはたまらない。
久しぶりにツミキの家に入る。室内のクリスマスの飾りつけの異様さに、たじろぐ八雲。ツミキの今日に対する思い入れが半端ない事を示している。そういえば、学校のクリスマス飾りも、昨年と比べて飛躍的にレベルアップしたと、生徒の間では話が飛び交っていた。
「さぁ、上がった上がった」
「黙れ」
おじゃましますと、つぶやいて八雲は靴を脱いだ。ツミキの母親は植物好きだ。とりわけモンステラが好きなので、植え替えや株分けをして、その数が記憶の中の物より増えていた。それ以外は、小学5年生の時に入ったままだった。
「八雲、俺の部屋、行った行った」
「うるさい」
「クリスマスに八雲がうちに来たーーー」
テンションが上がるバカ幼馴染に、八雲はすでに疲れた。部屋に入る前、台所にいるであろう母親にあいさつがしたかった。家の外では会うこともあったが、今日のこの異様な事態に謝罪しようと思った。
「ツミキ、おばちゃんこっちだろ」
「ああ」
「あいさつくらいさせて」
「仕方ないなー」
(何を甘えたな喋りで!)
浮かれたアホ幼馴染を成敗してやりたかったが、家族がいる手前それはできない。
「おばちゃん、お邪魔してます」
「八雲ちゃん、うちに来るのは久しぶりね」
「でもおばちゃんとは外であいさつする時もあるんで、久しぶりって感覚はないですけど」
「まあね。それにしても八雲ちゃんかわいくなったわね」
「いえいえ、変わってませんよ」
「だって高校生なんだし、恋の1つや2つ。ねっ」
「馬鹿馬鹿しいっ。八雲、行くぞ」
ツミキが不機嫌になり、台所から撤収し、八雲を自分の部屋へ押し込んだ。しばらくドアに向かって、怒っていたが、急に振り返り、
パァンッッッッッ!!!!!
「八雲、メリークリスマス!!!」
どうやらポケットにクラッカーを忍ばせていたらしい。八雲は紙吹雪と紙テープにまみれた。心の中で、最近のクラッカーには音だけの商品があるはずだが、こっちの方が盛り上がるからという理由でツミキがあえてこっち選んだと、容易に想像できた。それでも、
「馬鹿かお前は」
と言わずにはいられなかった。紙テープを取り、紙吹雪を払っていたら、
「ジャ、ジャジャジャーン!!!」
部屋の中央にある小さな丸テーブルの上に、似つかわしくない大きさの四角い何かが乗っているとは思っていたが、
「約束の10段ケーキ!!!」
「そんな約束はない」
「これスポンジンの味が全部違うんだぜ」
「知るか」
「はい、じゃあ口開けて、あーん」
「フォークを寄こせ」
八雲はテーブルの前に正座して、10段ケーキの下から、少しずつ味を確かめながら食べた。悔しいが味は美味いし、形もコンテストの作品じゃないかと思うくらい素人の域を抜けていた
(これは運べないよね。だからこっちに来いと言ってきたのか)
すると、音楽が鳴り始めた。クリスマスソングだった。八雲の横顔を見ながら、ツミキは満足そうにしていた。八雲は昔を思い出していた。昔はよく学校から帰って、どっちかの家に行き、おやつを食べていた。部屋で漫画を見たり、音楽を聴いたり、特別なことはなくても、楽しかった。
「さすがに全部は食えない」
「大丈夫!明日も一緒に食べよう!!」
「断る」
「照れちゃって」
「違う」
こうやって八雲を怒らせては、ツミキは毎度ニコニコしている。八雲の反応が楽しくて仕方ないのだ。八雲が必死に自分に抗おうとする態度の一つひとつが愛おしくてたまらない。
「さて、お待ちかねの」
「待ってない」
「プレゼントだーーー!!!」
自分の背中の後ろから、ツミキが金色の巨大包みを出してきた。開けてとせがまれるのが嫌で、八雲はツミキの手からさっと取って、リボンをほどいた。中にはお決まりのテディベアと長方形で刺繍とレースと付いた何か。八雲がその何かを手にして広げて見ていると、
「それ、枕カバーだよ」
「2枚ある」
「洗い替え用」
「2枚とも不要」
「これでさ、寝るときはいつでも俺がそばにいるって思え」
「それ以上言うな」
「言うよ」
いつものツミキとは何かが違う気がした。八雲はツミキを見る。ツミキは八雲を見ていた。段々と顔を寄せてくる。八雲は枕カバーを自分の前に広げた。その抵抗もむなしくツミキは枕カバーを取り上げ、八雲の両手を自分の両手に重ねた。視線はそのままに。
「もうさ、うちに帰ってきてよ」
「なんじゃそりゃ」
「俺たち高校生だし、家から通ってるわけだし、俺八雲と一緒がいいし。
そう考えたら
一緒に八雲とうちに帰ってきて、
一緒にご飯食べて、
一緒に宿題して、
一緒にテレビ観て、
一緒にお風呂入って、
一緒にストレッチでもして、
一緒に寝てたい」
「さらっとおかしなワードが入ってたぞ」
「んでさ、
一緒に朝起きて、
一緒に朝食食べて、
一緒に学校行って。
その繰り返しがいい」
「できるかそんなこと」
「俺、最近不安なんだよ。八雲が遠いよ」
「ここにいる」
「そうだけど、なんか違う気がする」
うなだれるツミキの後ろに奏が見えたような気がした。その奏をシャットアウトするかのように、ツミキが顔を上げる。
「だから、今日キスさせて」
「はぁ?させない」
「じゃ、キスして」
「しない」
「する」
「ちょっと、おばちゃんいるでしょっ!」
「いるから八雲は大きい声を出せない」
「信じられないっ」
「卑怯でも構わない。だからキスする」
八雲は必死で逃げようとしているのだが、足がすくんで力が入らなかった。両腕はツミキに抑えられている。顔を下に向けるしかできない。すると額に優しく暖かいものが当たった。
(おでこ?キス?終わった?)
八雲は顔を上げる。ツミキがニヤついている。八雲は思う、ここまで全部計算していたのだろうと。サンタさん、こいつに天罰をプレゼントして下さいと。
つづく
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