6

一日目。

朝九時くらいになると街も活動的になる。

幾数もの人が騒がしくあちらこちらと進みゆく。車の音もし始めれば、廃ビルの周りを通らなくとも、窓の開けっ放しの廃ビル、悠の仕事場に小さな騒音が響き渡る。

それにも気付かず悠はソファの上で眠り、少し騒音が落ち着いた頃に起きた。

アイマスクと耳栓を取り、軽く首を回した後、机の引き出しの救急箱から包帯を取り出し、血の滲んだ包帯を外し、新しい包帯を巻き直した。

それから立ち上がり、窓へと向かい、下を覗くと四人のスーツ姿の男女と、一台の車が通るところだった。

車が通り過ぎたのを見届けると、悠は机から小さな灰色の袋を取り出す。口は赤色の紐で蝶結びされ、閉じられている。

 しばらくその袋を物惜しそうに見つめ、やがて更にもう一つを取り出して、二つの小さな袋をズボンのポケットに仕舞った。

「仕方ない。あんな約束されたんじゃな……」

 小声でぼそっと呟くと、悠はぼさぼさの髪を片手でさらにくしゃくしゃにして、不機嫌そうな顔で外に出る。

 一陣の強い風が吹く。寝癖髪の形が少し変わった。毒々しい真っ赤な服を着た中年女性が差している日傘が吹き飛ばされ、慌てて女性は取りに行く。

 暑い夏。灼熱の日光が照り付けるこの場所に、これぐらいの風が吹くのがちょうどいいと、悠は髪の毛を弄りながら思った。

 そして、曜の家へと歩き出す。また強い風が吹いた。

 女性はなおも日傘を追いかける。追いかけて、追いかけて、追いかけて、横からトラックが走ってきた。

 二十代程の女性会社員が気付き、悲鳴を上げると、それに気付いた人々は眼を閉じた。嫌なものを見る。そう直感した。クラクションと、何かが擦り切れ、ばきばきと折れるような音が、彼らの鼓膜を痛める。

 数十秒もして、ようやく皆眼を開ける気になった。だが、彼らの予想していた状況とは、まったく違うものだった。

 悠が左手で赤い服の女性の手を引いている。女性は不意を突かれた顔で悠を見ている。

日傘はトラックが轢き、傘布はあちこちが破れ、骨はそこらじゅう曲がったり折れたりしていて、完全に壊れていた。

 悠の周りは時間が止まったかのような状態になっていた。やがて悠は女性に軽く微笑んだ。

「周りに注意しましょう。まだまだ生き足りないでしょう?」

 そう言った彼に女性はすぐにお礼を言い、この場を去っていく。悠も涼しい顔で目的地へと歩き出す。

 周りの人々の時間は未だ静止していた。

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