第8話 守るべきもの 中
千亜希奪還に成功していたころ、兎鞠と勇仁はテント内の薄暗さと、魔者二体の素早さに翻弄されていた。
「こいつら、移動ばかりで攻撃してこないぞ」
「ふぅ、それならそれでラッキーね。相手の動きを観察するのよ」
兎鞠と勇仁は背中合わせで飛び交う二体の魔者を観察する。
【グルアァァ!】
狼男は移動の最中に勇仁に攻撃を仕掛け始める。
「くっ、しかし攻撃は浅い。反撃の余地はある」
「ふぅ、そろそろ撃ち落としにかかる?」
「はい、待ってるだけじゃ始まらないですからね」
兎鞠はエアガンを構える。狼男に狙いを定め、標準を左右に揺らしながら、定まったところで空気弾を発射する。
【ガアァァ!】
狼男の足に命中し、魔者は動きを停止する。
「よし、このまま仕留めてきます!」
「待ちなさい。あたしは鳥と戦うのは嫌よ」
「え、でも注射は」
「大丈夫、あたしも持ってるわ」
兎鞠は得意げに注射を二本見せつけると、勇仁の返答も聞かず狼男の方に走っていく。
「あ、ちょっと!」
【ギャアア!】
勇仁が兎鞠を追おうとすると、背後から鳥女が勇仁に襲い掛かる。
「ぐっ……」
勇仁は辛うじてその攻撃を刀で受け、その場に倒れこむ。鳥女は尚も追撃をしようと爪を刀にぶつけ続ける。
「このままでは凌ぎ切れない……」
勇仁は右手一本で刀を持ち、左掌を鳥女に向け、徐々に氷柱を生成する。
「間に合うか……。いや、間に合わせる!」
勇仁は十五センチほどまで伸びた氷柱を右翼に刺す。
【ギャアアアア!】
鳥女は慌てて飛び始めるが右翼の傷が響き上手く飛ぶことが出来ない。
「あらあら、いたーい攻撃が入っちゃいましたね~。ほらこっちにおいで、治してあげましょう」
マントの男は革靴をコツコツと鳴らしながら鳥女に近づいて行く。
「やらせない!」
勇仁は小さい氷柱を三本ほど生成し、勇仁が左手を振るうと三本の氷柱はマントの男目掛けて真っすぐ飛んでいく。
「危ないことをしますね!」
マントの男はすぐにそれを察知し、氷柱を回避すると再び奥に消えていく。鳥女は治癒されることなく終わったが、マントの男の姿は見失ってしまう。
「勇仁! 注射を準備しな!」
右奥で戦う兎鞠が突然大きな声で勇仁に指示を出す。
「りょ、了解です!」
勇仁は左手に注射を持ち、怒り狂った鳥女の猛襲を右手一本で防ぐ。
「どうするんですか!」
防戦一方の勇仁は、兎鞠を背に大きな声で問いかける。
「今そっちに持っていくわ!」
怪我を負って尚走り続ける狼男を兎鞠が威嚇射撃で追いやっていく。
「もう少しであんたの背中に行くわ。鳥はしっかり抑えておいてね」
「はい、任せてください」
勇仁は片手で攻撃を防ぎながら、すり足で後ろに下がっていく。
「今よ!」
兎鞠の声で勇仁は鳥女を強く上に弾き、その勢いのまま振り返り、背後まで迫っていた狼男に注射を刺す。
【グギャァァ!】
「ふぅ、ちゃんと魔を抜き取ってやりな」
「はい!」
勇仁は注射の押し子を最後まで引っ張り、注射内にはどす黒い液体がどんどんたまっていく。
【グアァァ……ア……あ】
狼男は魔を吸い取られたことにより、徐々に力が抜けていく。しかし最後の足掻きで勇仁に一発蹴りを食らわせてくる。勇仁はそれによって入り口付近まで吹っ飛ばされてしまう。
「ぐっ、兎鞠さん!」
勇仁が叫ぶと当時に、兎鞠はスライディングをし、上に弾かれた鳥女の着地点に滑り込む。
「ふぅ、空の旅はおしまいよ」
兎鞠は左翼に狙いを定め、空気弾を二発打ち込む。
【ギャアア!】
鳥女の左翼は凍り付き、ステージの上に落ちる。兎鞠は落ちてきた鳥女を躱し、注射を刺して魔を吸い取る。
「ふぅ、なんとかクリーンに事を終えたわね」
兎鞠は立ち上がって白衣に付いた汚れをはたく。
「お疲れ様です」
勇仁は静かな声でそう言ったが、いつもより声の調子が高く、安心の色がうかがえた。
「ふぅ、あとはあいつだけね」
兎鞠と勇仁はテント内を隈なく探し始めるが、ステージ裏、客席、入り口付近、どこを探してもマントの男の姿は無かった。
「どこ行きやがった……」
「しっ、静かに」
兎鞠は口元に人差し指を立て、耳を澄ませる。
「風の音よ」
ヒュゥゥゥゥ~。と、テントの奥から隙間風のような細く高い風音が聞こえてくる。
「奥に裏口があったのか……」
「逃げられたようね」
二人が落胆していると、背後から声が聞こえてくる。
「勇仁……」
「父さん?」
勇仁は振り返り、ステージ中央で寝転がる父を見つける。人間の姿に戻っており、鋭い爪や牙は一切見当たらない。
「勇仁……伝えたいことがある……」
勇仁の父、宗治は今にも消え入りそうな声で我が子の名を呼ぶ。
「父さん!」
勇仁は駆け寄って父を抱き起す。
「勇仁、最期にこの姿に、人間の姿に戻してくれてありがとう……。でも、父さんはもう無理そうだ……。全身に力が行かないんだ……」
「大丈夫、助かるって。魔は浄化したんだ!」
「いいやダメだ……。父さんと母さんは生身でこっちに連れてこられてしまったんだ……」
「なんだって……!?」
勇仁はすぐに父の手首を握り、脈をとる。
……。勇仁の指に伝わる脈は無かった。
「困ったもんだ。魔力で動かされていたもんだから……あの男がいないと、俺たちは衰弱する一方だ……」
「今すぐ連れてくる! だから死ぬな!」
「無理だ……。あの男がいようとも、結局は奴の言いなりになるだけだ……。せめて魔力の刃があれば、助かるのだがな……」
「魔力の刃……?」
「そうだ……。俺と優佳が刺されたナイフだ……。しかしそれを持っている奴は誰か分からん……」
「クソ……。クソッ!」
勇仁は父を抱きながら悔し涙をその胸に湿らせる。
「こっちも意識が戻ったみたいよ」
兎鞠は先ほどまで鳥の容貌をしていた女性を抱き起し、手首を握る。勇仁は涙目で兎鞠を見る。しかし兎鞠は首を横に振って下を向く。
「勇……仁」
「母さん!」
勇仁は父の頭を膝に乗せながら振り返る。
「大きくなったね……。またこうして勇仁の顔が見れるなんてね……思っても見なかった」
「母さん……俺、助かる方法絶対に見つけてくるから!」
「気持ちだけで嬉しいわ……。迷惑ばっかかけてごめんね……」
母、優佳の目からは涙が零れる。
「はぁはぁ、一つだけ……お手伝いがしたいわ……。私たちね。ナイフで刺された後、変な研究施設に運ばれたの……。そうして変な球体に入れられて……でもそこからの記憶が無いの……」
「ふぅ、球体。ね」
兎鞠はその言葉に顔をしかめる。
「そこに行けばもしかしたら、父さんと母さんを救うナイフが……」
「ふぅ、心あたりがあるわ」
「本当ですか?」
「えぇ、目的地はすぐ近くよ」
「行きます。ここまで来て救えないなんて無しですよ?」
「その言葉を待ってたわ。勿論教えるわ。でもまずはご両親を保健室まで運ぶわよ。ここじゃ体に悪いわ」
兎鞠は優佳を背負ってテントを出ていく。
「はい」
勇仁は涙を拭い、父を背負って兎鞠の後を追った。
…………。
そのころ陽平は、現世の狭戸宅に到着し、穂村姉妹と合流していた。
「久しぶりの生身だけど、二人とも大丈夫か?」
「えぇ、少し反応が鈍いけど……」
千亜希は手をグーパーしながら反応を確かめている。
「私も久しぶり過ぎて……」
千夏は肩を落として背中を丸めている。重力に耐えきれない老人のようであった。
「あぁ~。急がねーと。俺先行ってもいいか?」
「えぇ、私たちは感覚が戻り次第追いますから」
「あざっす!」
陽平は雪月の部屋を後にして、廊下の突き当りの壁をノックして地下への階段を出現させる。穴に落ちるように階段を下っていき、研究室の扉を開けた。研究室は以前の戦闘から整備がされておらず、割れたガラスが所々に散っていた。
「クローン体とやらはどこだ?」
陽平は研究室をうろつき、時計回りに全体を調べるが、これと言ってそのようなものは見つからず、入り口に戻ってきた。
「おっかしいな~。研究室はここだけだよな?」
陽平は再び時計回りに歩き始め、入り口と真逆にあるもう一つの扉に手をかける。
「あとはここしかねぇよな。お邪魔します」
陽平は残された扉、幸蔵の書斎へのドアノブを捻る。ここを知る人物が少ないこともあり、鍵はしておらず陽平は容易に部屋へ侵入することが出来た。
「よし、ちょっと物色させてもらいますよ~」
陽平はこじんまりとした部屋を端から調べ始める。書斎とあって本が多く、三個ある机を順に調べるほかは文字を読むことになりそうであった。
「ん~。どこだ~?」
陽平は手掛かりを探すべく最後の右端にある机を調べ始める。引き出しを順に開けていくが、特に変わりはなく陽平は回転いすに座り込む。
「はぁ~なんもねぇな~」
陽平は背もたれに寄り掛かり、本棚を眺める。
「いっぱいあるな~。これ全部読むのかな?」
陽平は立ち上がり、適当に一冊本を取り出そうとする。
――すると取り出そうとした本は途中で止まり、扉から正面にある大きな本棚二つが真ん中で分断される。
「な、なんだこれ!?」
本棚は地鳴りのような音とともに大きく口を開け、その先には再び研究室が広がる。
「からくり屋敷だな、ここは」
陽平はあっ気に取られながらその部屋に侵入していく。雪月が囚われていた部屋と大きさはほとんど同じであったが、水槽のようなものは複数存在していた。それは大小さまざまで、入っているものも異なるようであった。
「こんなかにクローン体があんのか?」
陽平は一つずつ水槽を見て回る。
「なんじゃこりゃ、ナイフ? こっちの二人は雪月の時と同じか……」
左端にはナイフ、そこから右に人間が二人水槽に入れられていた。そしてまたその右にずれ、水槽の中を覗く。しかし最後の水槽には何も入っておらず、陽平は奥へ進んでいく。奥には再び水槽が数個あり、そこにクローン体が入っているようであった。
「これだな」
陽平は水槽の横にある機械のボタンを押し、クローン体を一体取り出す。
「うし、これでさっさと戻ろう」
陽平はクローン体を担ぎその場を去ろうとしたとき、そこに穂村姉妹が合流する。
「ごめんね~。それがクローン体?」
「はい、そうみたいです」
「何これ、ナイフあんじゃん!」
千夏は機械のボタンを押し、ナイフを勝手に持ち出してしまう。
「こら、何してるの!」
千亜希はすぐに千夏を注意する。
「良いじゃん。役立つかもよ?」
「う~ん……確かに」
千夏に言いくるめられ、千亜希は納得してしまう。
「それでいいんすか!?」
「う~ん、備えあれば患いなし?」
「それそれ! ってことで行きましょ!」
「あ、ちょっと待てよ!」
穂村姉妹は取るものを取ってさっさと部屋を後にする。陽平はため息をつきながらその二人の後を追った。
…………。
雪月とすぐに合流できるよう、陽平たちは鏡屋に向かい、そこから思念世界へと赴いた。
「すまん、遅くなった!」
転移を終えるとすぐに陽平は謝りを入れたが、そこに雪月の姿は無かった。
「雪月!?」
陽平は消えた雪月を探して周りを見回す。しかしいるのはクッションに頭をのせて眠っている千里だけであった。
「お母さん、ここにいた女の子、どこに行ったか知らない?」
千亜希は横になっている千里に声を掛けた。
「あの子なら家に帰ったよ。真実を知るために」
「どう言うこと?」
「私が知っていること、すべて話したのよ。私が生身の人間だってこと、そして私を救えるのは研究室にあるナイフだけって……」
「ナイフ? これのことかな?」
千夏は先ほど現世で手に入れたナイフを千里に見せる。
「こ、これよ! 私はこれで刺されたの!」
千里は千夏が持っているナイフに手を伸ばす。
「ママ、これをどうしたらいいの?」
千夏はナイフとともに手を握られるが、簡単に千里には渡さず、固くナイフを握る。
「これで私の心臓を刺すのよ、前から」
千里の言葉に三人は黙り込む。
「それでどうなるんだよ?」
陽平は沈黙を破って問いかける。
「私の体は現世に戻るわ。おそらくナイフを刺された場所に……。実のところ私にも分からないの……」
千里の声は徐々に弱まっていた。
「千夏……。出来ないなら――」
「ううん、私がやる」
千夏は自分の手を握る母の手をそっと外し、ナイフの刃先を母の胸に当てる。
「千夏、やるのよ」
「ママ、先に現世で待っててね」
千里は優しい母の笑みを浮かべると、千夏を母の胸に当てていたナイフを押し込んだ。
――ナイフの刃がすべて胸に入り切ると、千里の体は神々しく光りだし、そしてそのままフラッシュとともに髪の毛一本と残さずに姿を消してしまった。
「成功したんだよな?」
「そう願うしかないわよね」
千亜希は涙を堪えようとする千夏の背をさすりながら言った。
「陽平くん、先に行って。この子が落ち着いたらすぐに行くわ」
「はい、俺が黒幕をとっちめてきます!」
陽平は螺旋階段を下り、鏡屋を飛び出ると走って学校方面に向かった。
高校前を通り過ぎようとしたとき、門の向こう側から陽平を止める声が聞こえてくる。
「おーい!」
陽平はその声で右を向く。するとそこには勇仁と兎鞠の姿があった。
「お前ら、そっちは片付いたのか?」
「いや、それがマントの男には逃げられてしまった」
「でも厄介な魔者二体はやったんだな?」
「あぁ……。でもそれもまだ処理しきれていない。ちょっと必要な物があってな」
「必要な物?」
「あぁ、ナイフが必要らしいんだ」
「ナイフ?」
陽平が勇仁と会話をしていると、商店街のほうが騒がしくなり始める。
「ふぅ、また何か起こったようね」
兎鞠と勇仁は正門を乗り越え、道路に出ると商店街の方を見た。
「すみませ~ん!」
「助けてくださ~い!」
商店街から数十体の魔者を連れて穂村姉妹がやってくる。
「うぇ、マジかよ」
陽平はその勢いと量に本音が出る。
「おい、お前は先に行け。俺はもうお前に頼る人生を送るつもりはない」
勇仁は陽平を押しのけ、魔者が向かってくる方に歩き出す。
「ちょ、あの数は」
「ふぅ、厄介ね。あの量じゃ私も手伝わなきゃいけないじゃない。あんたはさっさと目的地に行きな。片付け次第みんなで行くわ」
「わ、分かりました! 俺、行きます!」
陽平は四人と魔者の軍勢を背にし、狭戸宅に向かって走り出す。体力の限界など考えもせず石段を上っていく。頂上に着くと予想通り門は既に開いており、誰かが狭戸宅に侵入した形跡があった。
「ここにいてくれよ……」
陽平は少し開いた門に手をかけ、また少し門を開け、狭戸宅の庭園に入り込む。
――陽平の体が庭に入り切ると、門は大きな音を立て突然閉め切られてしまう。
「なんだ!?」
突然の閉門に陽平は後ろを向く。大きく重い門が突然閉まる訳も無いが、振り向いた先に人影はなく、陽平は辺りを警戒する。
――辺りを見回し始めた途端、陽平の頭上で風を切る不自然な音が聞こえてくる。
「今度はなんだ?」
陽平はその不自然な音に誘われて頭上を確認する。すると鋭利で長細い得物が空から降ってきていた。
「嘘だろ!」
陽平は咄嗟に後ろに下がり、門に背をぶつける。
「こ、これは……槍? さらにこれ……」
陽平の背中は門にぴったりと張り付いていたはずであったが、体は庭の中心に落ちた槍に少しずつ近づいており、すでに門からは数メートル離されていた。
槍に近づいて行くうち、それが風を帯びていることを視認する陽平。
「これは間違いねぇ。親父だ」
陽平がそれに気づくとともに、槍に帯びていた風は消え、槍に続いて人間が降ってくる。着地で地面が揺れるほどの豪快な着地を決める男は、紛れもない陽平の父であった。
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