第2話 仲間

 翌朝、陽平は体を起こそうと寝返りを打った。しかし体のあちこちが痛む。筋肉痛のようだ。おそらく昨夜の疲れがまだ溜まっているのだろう。


「親父ぃ。起きれね~よ」

「うるせぇな、俺だってまだ眠いんだよ……若いんだからさっさと学校行け」

「つかえねーな」


 陽平は重たい体を無理矢理に起こした。体の節々が悲鳴を上げ、今にも四肢がもげそうであった。


「い、行ってきまーす」

「おう、きーつけろよ」


 陽平は家をゆっくりと出た。そして慎重に左右を確認し、道路を渡り、学校に向かった。

 学校に着くと、昨日は気が付かなかった転校生の存在に気が付いた。


「おい、あいつ誰だよ?」


 陽平の席は廊下側から二番目の列の一番後ろであったが、なんとその右隣、つまりは一番廊下に近い列の最後尾に、席が一つ増えていたのだ。


「あぁ、お前が休んでるときに転校してきたんだよ」

「転……校生……だと!?」


 陽平は今までなかった座席をまじまじと見た。立っていても疲れるので、陽平は自分の席に着き、右隣のまだ来ていない転校生がどんな奴か予想を巡らせた。すると後ろの戸が開いた。

 ガラガラ。

 戸が開くと、陽平の知らない顔が入ってきた。長髪の藍色で片目が隠れるくらい前髪が長い。そして何よりとても愛想が悪そうだ。と陽平は思った。


「よう、俺は隣の席の日向陽平だ。よろしくな」


 陽平は相手に詮索する隙も与えず、自ら名乗った。しかし返事は無かった。すると教室は再びざわめいた。隣の教室にいるこの学校のマドンナ的存在、狭戸雪月せばとゆづきが陽平の教室に訪れたのだ。


「狭戸さん、何しに来たの!?」

「俺たちにできることがあれば何でも言ってください!」


 主に男子が集まっているが、女子からの人気も高い。その人気を妬ましく思っている女子も数名いるが……。


「あ、すみません。ちょっとほかの人に用があって……」


 おしとやかなマドンナは、獣のように群がる男たちを説得した。勿論男たちは道を開ける。そして雪月は綺麗な歩行で陽平のほうに向かってくる。


(お、俺に用があるのか……?)


 陽平は期待で胸を膨らませた。そして雪月は陽平と転校生を遮るように立ち、転校生のほうを見た。


「え、俺じゃないの!?」


 陽平は少しでも目に留まろうと大きな声を出したが、それに振り向きもせず転校生に話を始めた。


「あなたが、影浦勇仁かげうらゆうじくん?」

「……。あぁ、それが何だ?」


(こいつ、狭戸さんに向かってこんな口を聞くとは!)


 陽平は口に出さず胸の中で叫び、転校生を睨みつけた。


「そうですか、良かったわ。私は狭戸雪月。よろしくね?」

「狭戸様ですか!?」


 転校生は過ちに気付いたか、大袈裟に椅子から降りると雪月の前に跪いた。


「ちょ、ちょっと止めてください!」


 雪月は頬を赤く染めた。それでも転校生は跪いて顔を上げない。周りからはむしろ新手のいじめに見えていた。


「何なりとお申し付けください、狭戸様」


 転校生はずっとこの調子であった。雪月は困惑した末、


「場所を変えましょ!」


 と言い、二人は教室から姿を消してしまった。

 転校生が帰ってこないまま、一時限目に入ってしまった。陽平からすると、転校生はどうでもよかったが、雪月と二人きりでどこかに行ったということが許せず、貧乏ゆすりを絶えず行っていた。

 そしてそのまま一時限目は終わり、その鐘が鳴り終えると、何食わぬ顔で勇仁と呼ばれていた転校生は席に着いた。


「おい、狭戸さんと何話してたんだ」

「あ? なんだ貴様、狭戸さんだと……? ……様だろ!」


 その大きな声に休み時間の教室は静まり返った。陽平もその声に腰を抜かせた。


「お、おう。でもそんなかしこまっても、狭戸さん嫌がってたぜ?」

「貴様……。いや、確かに彼女を不快にさせていたのは本当か……」


 勇仁は腕を組んで考え込んだ。


「おーい。生きてますか?」


 陽平は勇仁の顔を覗き込んだが、勇仁はしかめっ面で全く気にも留めない。

 結局陽平は勇仁をすっぽかし、その一日を終えた。


「ただいまぁ~っと」


 帰宅すると父が遅めの昼食を取っていた。時刻は三時半を回っており、部活動のない陽平は速やかに帰宅していた。しかし心残りがあった。それは結局二人が何を話していたか聞きそびれてしまったことである。


「どうした、柄にも無く浮かない顔してんな」


 父はコンビニで買ってきたであろう弁当を口にしながら、帰宅した陽平は茶化した。


「あ? 何でもねーよ……」

「とか言って意味深な間を作ってるじゃねぇかよ」

「はいはい、そうですね~っと」


 陽平は父のダル絡みを煙に巻くと、自室に籠った。部屋に入ると早速ベッドに身を投げ、枕に顔を埋めた。


「あぁ~。クッソ~。聞き忘れたなぁ~。あいつ狭戸さんと何話してたんだ~!」


 考えれば考えるほど陽平は謎の深みにはまっていた。しかし陽平がそれに気づくことは無く、被害妄想が続くばかりであった。


 …………。


「おい、起きろってんだ!」


 父、光平が怒鳴る声で陽平は目覚めた。


「なんだよ親父。うるせぇな……」


 陽平の目覚めは過去最高の悪さであった。しかし父の怒りも過去最高であった。


「なんだじゃねぇ! 仕事だっての!」


 その言葉で陽平は、自分が死んでいることを再確認させられる。


「おい、行くぞ」


 光平は我が子の落ち込んだ瞳を覗くと、背を向けて先に玄関に向かった。

 陽平はしばらくベッドに突っ伏していた。父の足音が玄関で止まると、自分を待っているのだと理解し、ゆっくりと体をベッドから下ろした。

 諸々の準備を済ませると、陽平は玄関に向かった。父は既に靴も履いており、ストレスで靴をトントントンと地面に打っていた。それを見て少し速足に玄関を目指し、昨夜託された白紙三枚とミサンガを確認し、靴を履いた。

 深夜の自宅近辺は静かであった。既に十二時を回っているから無理もないか。と陽平は思っていたが、ここで陽平はあることに気が付いた。


「親父、今何時?」


 至ってシンプルな疑問であった。


「何時だって関係ねーだろ」


 父はいつになく素っ気なかった。しかし昨日とは違う夜空に、陽平は納得できなかった。


「んなこと言ったって、まだ昨日より明るいぜ?」


 …………。父が返事をすることは無かった。そして陽平もしばらくしてその口を噤んだ。

 歩き続けて数分、学校の前にたどり着いた。しかし光平は見向きもせず、真っすぐ進み続ける。その背中に何度問いかけようと陽平は思ったか……、しかし陽平は黙って父の背中を追いかけた。

 学校を少し過ぎると、瞳には大きな山が入る。しかしそれは山などではなく、百段近い石段を上った先には、大きな狭戸宅が構えているのだ。和を重んじた大きな平屋で、使用人が何人もいると噂されている。光平はそこに向かってどんどん突き進んでいく。さすがに陽平は口答えをしようと試みたが、父に付いて行くのが精いっぱいで、そんな暇はなかった。


「着いたぞ」


 父は階段前までたどり着くと、固く結んでいた口をようやく開いた。


「ここって、狭戸さん家だよな?」

「あぁ? なんだ知ってんのか?」

「知ってるも何も、地元じゃ有名だろ」

「あいつも偉くなったんだな……」

「あいつって――」

「っしゃ上まで競争だ!」


 光平は意気揚々と石階段に踏み込んだ。


「あ、せっけ!」


 陽平も少し遅れて石階段に踏み入った。

 …………。


「はぁはぁはぁ……。俺の勝ちだろ……」

「あぁん? 何言ってんだ、俺の勝ちだ」

「おいおいふざけんなって……。フライングしただろ、はぁはぁ」

「俺はお前ほど息上がってないけどな?」

「当たり前だろ! 俺より先に上ってるんだから余裕あるだろ!」

「なーに言ってんだ、四十越えたおっさんに負けてる高校生のクセして」

「あ、ぐ、くっそ、言い返せねぇ」


 二人が言い争いをしていると、木製の重々しい扉が、轟音を上げながら開いた。


「な、なんだ!?」

「もっと静かに開けらんねーのか?」


 二人は口喧嘩を止め、両耳を塞いだ。

 一二分の間、門が開く音に二人は耳を閉ざしていると、開いた扉の狭間から、長い白髪の男が顔を出した。


「久方振りだな、光平」

「おう、髪、まっちろだな」

「なに、いずれお前もこうなるさ」


 陽平はどんな関係かも知れない二人の会話に耳を澄ませた。


「んで、邪魔していいのか?」

「当たり前だ。でなければ扉は開けんよ」

「確かに、その通りだな! 行くぞ!」


 光平はぼうっと突っ立っている陽平の背中を思い切り叩いた。当然陽平は驚いて、一歩大きく前に飛び出した。

 親子が門をくぐると、再び大きな音を立てて門が閉まる。それが閉まり切るときには、二人は広い玄関に迎えられていた。


「だだっ広い玄関だな~」

「ちょ、親父!」

「ハハハ! 良いんだよ。こいつは昔からこうだからな」


 どうやら昔からの間柄らしい二人は、その後も長い廊下を賑やかに歩き、陽平はその二人に続いて行く他なかった。


「さぁ、ここです」


 そう言って案内されたのは、豪華な応接室であった。勿論陽平はそこが応接室とは思えなかった。


「うぃ、お邪魔しまーす」


 光平は軽いノリで広間に足を入れた。陽平はそれに続いて行きたかったが、どうにもなれないこの絢爛な空気に気圧されていた。


「どうしたんだね? 気軽に掛けてくれたまえ」

「は、はい!」


 陽平は緊張しながらも、父に続いて未知の部屋に足を踏み入れた。


「お、お邪魔します!」

「ハハハ、親とは正反対だね」

「こんな躾をした覚えは無いんだがな!」

 二人の大人は大声で笑った。陽平は釣られて引きつった笑みを浮かべたが、何が面白いのか全く理解できていなかった。


「よし、それでは娘を呼んできますので、しばしこちらで待っていて下され」


 そう言って狭戸さんのお父さんは部屋を去った。


「なぁ、どういう仲なんだ?」

「なぁに、昔の仕事仲間さ」

「じゃああの人も?」

「あぁ、死んでるぜ。あと、あの人じゃなくて狭戸幸蔵せばとこうぞうな。あいつの名前」


(あいつとか言ってるし、相当仲いいのか? それともただ親父がバカなだけなのか?)


「あいつな――」


幸蔵の話をしようと光平が口を開けたとき、廊下を慌ただしく駆けていく音が屋敷中に響いた。


「な、なんだ!? なんか始まったのか!?」

「んなもんじゃねぇ、畜生、なんかあったのか!?」


 光平は素早く立ち上がり、襖を勢いよく開けた。それこそ衝撃で襖が外れてしまうのではないかと言うほどの勢いであった。


「親父! 待てよ!」


 陽平も父の後を追い、胡坐を崩して廊下に出た。


「雪月様がいらっしゃらないわ~!」

「どこにもいらっしゃらないわ~!」

「大変早く探しに行かなければ~!」


 焦燥した女中たちが廊下を往来しており、二人はまず、その女中たちの足を止めさせた。


「おい! 何があったんだってんだ!」

「すみません! 力になれるなら、俺たちが何とかしますよ!」


 慌てふためく女中たちは、なかなか足を止めない。それどころか廊下を行く女中は増える一方であった。その時――


「静かにせんか!」


 廊下の空気を吹き飛ばしたのは、幸蔵であった。


「雪月がおらんのだな。お前たちのその動きを見ればすぐにわかる」

「なんだ、いつもこうなるのか?」

「見苦しいものを見せてすまない。箱入り娘がいなくなると、私が激怒すると思い、彼女らは壊れたロボットのようになってしまうのだ」

「なるほどなぁ~。んじゃ俺らが捜しに行ってくらぁ~。行くぞ陽平」

「お、おう! 言われなくても行くってんだ!」


 幸蔵は、深く理由も聞かず立ち去っていく親子の背中を見て、よく似た親子だ。と重々胸に沁みた。そして、


「ありがとう、友よ。そしてそのせがれよ」


 と、独り言を呟いていた。


 屋敷を飛び出した二人は、石段を下り終えていた。


「親父、どこか当てでもあるのか?」

「ん? あるわけねーだろ」

「はぁ!? じゃあどうすんだよ!」

「俺らにはこれがあんだろ?」


 そう言って光平は両足の太ももを鼓舞するように二度叩いた。陽平はため息を一つつくと、父の真似をして足を鼓舞した。


「よし、そんじゃ行くぜ!」

「おう、どっちが先に見つけるか競争な!」

「ったりめーよ! また俺の勝ちだと思うがな!」

「今に見てろ!」

「よーい、ドン!」


 光平の掛け声で親子は走り出した。すぐに二手に分かれ、小さい鏡守町をくまなく探し始めるのだった。


 …………。数十分経ったとき、陽平は疲れてコンビニに寄ることにした。


「親父は今頃馬鹿みたいに走り回ってるんだろうなぁ」


陽平はぼやくように漏らすと、週間少年誌を立ち読みし始めた。


「ったく、狭戸さんって意外とお茶目さんなんだな~」


 陽平は他人事に呟いていると、外の雲行きが、深まり始めている夜にも関わらず、明瞭に理解できた。


「これは一雨来そうだな」


陽平は少し大きめの独り言を呟くと、少年誌を棚に戻した。するとその時、予想よりも早く雨が降り始めてしまった。


「やっべ、狭戸さん濡れちまうな」


 陽平がコンビニを出ようと歩き出した時であった。学校方面に向かって走り行く影が、コンビニの前を通過したのだった。そしてそれに続いてまた、走る影が一つコンビニの前を横切って行った。


「おいおいおい、こんな雨になってどこ行くってんだよ!」


 陽平もその影を追うようにコンビニを走り出た。時刻は十一時半を回った頃であった。

 陽平は目を半開きにしながら走り続けた。雨は容赦なく陽平を打った。そして陽平はそんな中、なぜ前を走る二人を追うのだろうかと疑問に思った。なぜなら雪月だという確証はどこにもなかったからであった。しかし陽平の迷いはすぐに消し去られた。それは、困っている人を見捨てることが出来ない彼の性がそうさせたのであった。

 唐突に降り出した雨は衰えを知ることなく、むしろ雨は勢いを増していった。視界が悪くなる一方で、陽平はただひたすらに自分の記憶を辿って道を進んだ。

 視界に前を走る人影は無かったが、陽平はなにか妙な親近感をその道から感じ始めていた。そしてその謎は走っているうちに徐々に解けて行った。まるで氷のように。


「はぁはぁはぁ、やっぱりここだったか……」


 それは陽平には馴染みの景色であった。そびえたつ建物に、それを囲むフェンスや門、そして大きなグラウンド。そう、そこは陽平が通う鏡守高校であった。


「ここに二人入っていったよな……?」


 陽平は荒がる息を抑えながら、速足に校舎に向かった。下駄箱までたどり着くと、すでに鍵は開いており、滴った雨水が道しるべのように行き先を示していた。陽平は当然それを辿っていき、行きついた先はつい先日見たばかりの光景であった。

 鍵もすでに開いており、中には誰もいないはずの部屋からは物音が漏れてきた。陽平はそれに反応し、物怖じせずその扉を開けた。

 開けた先には先日父と潜入した時と同様に、大きな鏡が陽平を迎えた。行きついた先は保健室であった。陽平は保健室に入るとあたりを見回した。ただの泥棒と言う可能性も捨てきれていないので用心深く部屋をチェックして回った。

……。異常が無いことを確認すると、いよいよ疑う場所は一つとなった。


「思念世界しかねーよな……」


 陽平の心には葛藤が生じていた。またあの世界に入らなければいけないのか。と言う負の感情。でも思念世界にさらわれてしまっていたとしたら、みすみす命を捨てたことになってしまう。

 …………。陽平は濡れたズボンからミサンガを取り出した。それを手に巻くと、もう片方に入っていた三枚の白紙を取り出した。なんとあの雨の中で、まったく濡れてもいなければ、湿ってもいなかった。陽平はここで初めて、この紙がただの紙でないことを認めざるを得なかった。


「いっちょ行くか……」


 自分に言い聞かせるように、自らを鼓舞するように、陽平は心と口でこの言葉を発した。気を落ち着かると両手を何度か強く握り直し、鏡に見なおった。

 陽平は鏡に手をかざした。鏡は大きく歪みこの世ではない別世界との架け橋となった。一歩、また一歩と進んでいく度に恐怖が増していく、初めての時はこんなことは無かった。高揚感からだったのだろう。アドレナリンが分泌され、恐怖など全く感じなかったのだ。しかし今は違う。理性を持ってこの鏡に入ろうというのだ。陽平は半身が飲み込まれたときに一番恐怖した。それでも陽平は立ち止まることが出来なかった。理性があるからこそ、今は鏡の中にいるであろう二人を助けなくてはいけないと強く感じていたからであった。

 ブォォォォン。

 まだ聞きなれない音が陽平の鼓膜に届くと、彼の体は完全に思念世界へ送られた。


「ぐっ! まだ慣れねぇな……」


 昨夜とは打って変わり、転送までが長く感じられる。(長い。長い。まだ終わらないのか?)と陽平は何度も胸中で叫んでいた。すると徐々に、眩い光が瞼を越えて瞳に届いた。そして陽平は目を開けた。


「な、長かった……はぁはぁ」


 陽平は全身の毛穴から冷や汗が噴出していることに気が付いた。息も荒ぎ、前回まったく感じなかった窮屈感を全身に感じた。


「よし、二人を探さなきゃな!」


 叫んだ声は震えていた。しかし陽平はその窮屈感を撥ね退けなくてはならなかった。

 思念世界に入り、陽平はあたりを見回した。前回同様あたりには何の違和感も感じない。

 前回の帰路のことである。父は思念世界のことを少しだけ教えてくれたのだ。それは陽平には少し難しく、理解できた点は片手に収まる程度であった。


・思念世界は基本的に現実世界と同じ景観。


・現実とは異なり、心臓を貫かれても死ぬことはない。しかし手首に巻いているミサンガが切れたり燃えたりしたときは、一生現実には戻れないらしい。


 陽平は左ポケットをまさぐり、三枚の白紙を取り出した。これに関しても、光平から伝えられていることがあった。


・紙は思念世界でしか機能しない。


 当然ではあったが、もしかしたら。と言う可能性を僅かながら抱く場合もあるだろう。それで光平はバカな息子に伝えたのであった。

 他にも何個か教わったのだが、陽平はキャパオーバーであった。


「保健室からは出ちまったようだな……」


 陽平はこの世界の理を脳内で復唱しつつ、保健室の探索を終えた。

 前回はこの部屋で能力の確認を行ったのみで、保健室からは一歩も出ていなかったので、再び陽平に恐怖が降り注いできた。指先に力を入れるとドアは少し横に動いた。


「開いた……」


 口に含もうと思った言葉は意に反して零れた。少し開いたドアからは、隙間風が吹き込んだ。寒いとまではいかないものの、物理的な寒さとは違った悪寒が陽平の体を包んだ。


「寒いな。なんか嫌な予感がするぜ……」


 陽平はいつも以上に独り言が増えていた。それほどの緊張と恐怖とが彼を襲っていたのであった。

 校舎内は静まり返っていた。当然のことであるが、この時の静けさは恐怖を倍増させる増幅薬でしかなかった。廊下はさらに空気が重く冷たかった。自分の足音のみが響く不思議な空間に、陽平は更に背筋を凍らせた。


「おーーい! 誰かいるーー!」


 果敢に陽平は叫んだ。しかし返答などある訳も無かった。ただ無音の中に孤独な叫びが轟いた。

 保健室を勢いで飛び出したものの、行く当てはまったくなかった。しかし保健室は突き当りの部屋なので、前に進む他無かった。

 陽平は一人寂しく歩き始めた。今回は前を歩く父もおらず、毎日通っている学校がこんなにも寂しく自分を押し返してくるなど思ったこともなかった。

 バァン!

その時、二階から大きな物音がした。強く扉を閉めたような音であった。陽平は迷わず音の鳴るほうへ走り出した。

 勢いよく階段を駆け上がり、二階の中央に上り立った陽平は、大きく顔を振り、左右に人影が無いかを確認した。


「誰も、いない……?」


 陽平は暗い校舎内をよーく見回した。目は閉じてしまうほど細め、遠く遠くをなるべくその場から見ようと努力した。

 ドカン!

 再び大きな音がした。同じ階である。やはりこの階に誰かがいるのは明確であった。すると左端の教室から誰かが出てくるのが見える。いや、あれは出てきたというよりは……。飛ばされた?

 砂煙のようなものが立ち、黒い人影が誰かを担いで教室から出てきた。一方煙が立つ方には、頑丈な校舎の壁にめり込んでいる人が一人。めり込んでいる!?

 陽平はとにかく走り出した。何もせず走り出した。そして無謀にもその間に割って入ったのは説明する必要もなかった。


「おい! 何してやがる!」

【グルゥゥゥルルル】

「貴様こそ……、何をしている……!?」


 壁に飛ばされた人物は、転校生の勇仁であった。


「てめ、なんでこんなところに!」

「いいから前を見ろ!」

「んだと?」


 ――振り向くとすでに堅強な拳が目の前まで来ていた。運動神経の良い陽平でさえ、それは避けることが出来なかった。


「ぐっは!」


 陽平は来た道を戻されるように強烈な左フックを食らった。


「いってぇ……。てかあいつ大丈夫か!?」


 陽平はすぐに立ち上がり、再び黒い影のもとに走った。


「やいお前! 一体何もんだ!」

【グルルルル。グァァア!】

「貴様は馬鹿か! はぁはぁ、話が通用する相手に見えるか?」

「いや、見えないけど?」

「だったら話で解決しようとするな! ゴホゲホッ」

「おいおい大丈夫か? 俺がおぶってやるよ」

「バカ、あれを見ろ!」


 勇仁は去り行く黒い影に指をさした。


「あいつ、いつの間に逃げやがった!?」

「貴様が茶番をしている間だ。じゃなくて、あいつに捕まっているお方を見ろ!」


 陽平は自慢の視力で観察した。


「うーんと……。綺麗な黄緑色のセミロングに、ぱっちりした目……。あれは……狭戸さん!?」

「遅い! 行くぞ」


 勇仁はよろけながら立ち上がった。息も荒くとても追えるような調子ではなかった。


「おい、お前そんなんで大丈夫か?」

「狭戸……さん、が大変なんだ! 俺が助けなくては……。ゴホッ」

「そんなんじゃ無理だって! 俺が行くよ」

「貴様、力は使えるのか?」

「おう、任せときな」

「その膝の震えが止まったら行くのか?」

「お、おう! いや、震えてなんてねーし! 今すぐ行ってやるよ!」


 陽平は優雅に歩き去る黒い影を追って走り出した。


「待て、貴様だけじゃ!」


 陽平は勇仁の言葉に耳も貸さず、怪しい黒い影に向かって走り出した。


「俺に魔を制する力を!」


 走りながら妖神符を取り出すと、父に教わった呪文を唱えた。妖神符はそれに応えるように、二本のマチェーテに変わった。素早く逆手持ちにすると、右手の一本を相手に投げつけた。


「食らいな!」

【ヴァ? グシァァァァ!】


 黒い影は雪月を支えていない方の手で、マチェーテを簡単に受け止めてしまった。


「なんて馬鹿なんだ、あいつは」


 勇仁は呆れてものも言えなかった。


「へへっ、狙い通りだぜ!」


 陽平は空いた右手で妖神符を取り出し、


「我に雷の力を!」


 全身に雷を纏った陽平は、投げつけたマチェーテに右手をかざした。

 ――次の瞬間、陽平は黒い影の目の前に移動した。


「あいつ、何したんだ!?」


 勇仁の目にはそれが瞬間移動したようにしか見えなかった。


「捕まえたぜ! 狭戸さんは返してもらうかんな!」


 陽平は右手に持ったマチェーテを振り、それは雪月を担いでいない方の手に命中した。そして雪月は廊下に落とされ、振りほどかれた陽平も廊下に着地した。


「狭戸さん、大丈夫?」


 陽平はすぐさま雪月のもとに向かい、肩を回した。


「すみません。ご迷惑を……」

「良いんだよ! とりあえず、あいつんとこに行こう!」


 陽平は雪月の体を支えながら、勇仁のもとに速足で向かった。


「おい貴様、危ないぞ!」

「なっ!?」


 ――振り向く間もなく、背後から人間の手らしきものが陽平の肩を掴んだ。


【グルァァァァ】

「まずい、俺が何とかしなくては……!」


 しかし勇仁は再び膝に手をついてしまう。


「くそ、動いてくれ、俺の両足!」

【グルァァァ。ジャァア!】


 ――影は裏拳を入れるように、右手を左回しに振ってきた。陽平は雪月を庇う様に左側に回り、背中に強烈な一撃を受ける。


「ぐわっ!」


 陽平は裏拳の勢いを真に受けたが、運よくそこに壁は無く、渡り廊下のほうに飛んでいった。


「大丈夫ですか!?」

「う、ぐ、大丈夫……」

「私を庇ってこんな大怪我を……どうしましょう……」

「い、いいんだよ。そんなことより早く逃げてくれ……!」

「でも――」

「俺の努力を無駄にする気か?」


 ――陽平はそう言うと、雪月を後ろのほうへ突き飛ばした。


「待って! ダメェ!」

【グラァァァァァ!】


 影は転んでいる陽平に向かって、容赦なく拳を突き付ける。(俺、ここで死ぬんだな。狭戸さん、逃げ切れるかな……)

ドォォォォン!

 大きな音は影が陽平を叩き潰した証拠であった。あんなに大きな音が立ち、まず生きているわけが無い。と、そこにいる誰もが思っただろう。


「嫌ぁぁぁぁ!」


 雪月の絶叫は廊下に響き渡った。それは勇仁のもとにも届いてた。しかし勇仁の顔にはなぜか笑みが浮かんでいた。


「まさか、あのお方に会えるなんて……」


 影は渡り廊下を粉砕したが、その場から動き出すことは無い。なぜか雪月を追おうともしない。なぜなら、


「おう、ドラ息子! さっさと起きろ!」

「お、俺。生きてる……のか?」

「ったりめーだろ! この状況見て察しろ!」

「てか親父!?」

「お前目も見えなくなったか!? さっさと助けろっての!」


 ――光平はそう言うと、槍で受け止めていた影を大きく向こうに吹き飛ばした。


「ぜぇぜぇ。ったく、年寄りに無茶させんなよな~」

「親父――」

「いいから! こいつは俺が面倒見とくから、そこの可愛い子ちゃんに紙三枚渡したれ!」


 光平はそう言うと、白紙を三枚その場に捨て、飛んでいった影を追って行ってしまった。


「親父……。はっ、狭戸さん! 狭戸さん!」


 陽平は痛む体を引きずって雪月に近寄った。


「狭戸さん。俺、生きてるぜ!」

「嫌、嫌、嫌……」

「くそ、これじゃ埒が明かねぇ」


 陽平は顔を覆っている雪月の両手越しに、思いっきり引っ叩いた。


「貴様! 何をしてるんだ!」


 後方から勇仁の怒号が飛んでくる。しかし陽平はそれを無視して雪月に話しかける。


「おい! しっかりしろ! 俺は生きてる、君も生きてる、だから、その眼でしっかり俺のほうを見てくれ!」

「え、生き、てる?」

「あぁ、俺はここだ」


 雪月は、徐に陽平の頬に両手をそっと添え、


「良かった……。良かった……!」


 と、大粒の涙を頬に伝わらせた。


「貴様……。ちっ、今回は見逃すか……」


 陽平はその顔を見ぬように、静かに抱きしめた。


「あぁ、俺は生きてるよ。生きてるんだ……!」


 ドォン!

 下の階から大きな地響きに近い音が校内を駆けた。


「何事だ!?」

「おいおい、誰が熱いハグかませって言ったよ。えぇ? 息子よ?」

「お、親父! これは違っ、狭戸さんが俺の顔を抱いてるだけで――」

「あぁあぁ良いっての、もう少しその子の気持ちが落ち着いたら話を進めてやるよ。とりあえず保健室に戻るぞ」

「お、おう!」

「あと、そこの坊主。お前も来いよ!」


 光平は勇仁を指さしてそう言うと、階段を下って行ってしまった。


「俺、も?」

「だ、そうだぜ? 早く行こうぜ?」

「き、貴様に指図される覚えは無い!」

「あ、ま、待ってくれよ! 手を貸してくれると嬉しいなぁ。なんて」

「狭戸様……狭戸さんだけだ!」

「そ、そんなぁ!」

「貴様は這いずって来い!」


 そう言うと、眠ってしまった雪月を背負って勇仁は階段の闇に消えて行ってしまった。


「え、マジ? 俺匍匐で行くの?」


 陽平は渋々匍匐前進を始め、保健室を目指した。

 二十分近くかけ、陽平はようやく保健室にたどり着いた。


「ったくおせーぞ!」

「おせーって。なら俺を担いで行けよ、クソ親父」

「んだと?」

「やるか?」

「プププ。その体でか?」

「ぐぬぬぬ」

「あ、あの……」


 親子の喧嘩に割って入ったのは勇仁であった。


「なんだ坊主?」

「狭戸様の容態を見てほしいのですが……」

「おう、そうだったな。こんなガキに構ってる暇は無かったな」

「んだと!」

(でも、なんで勇仁の奴あんなにかしこまってるんだ?)陽平は父に反感の言葉を浴びせるとともに、勇仁の異変に気が散った。


「気絶してるだけだな、こりゃ」

「ほ、本当ですか!? よかった……」

「やけに心配してんな?」

「あ、いや、それは……」

「お前、どっかで見たことあんな? 俺に会ったことあるか?」

「いえ、ありませんよ!」

「んー、そうか。でもどっかで……」


 その会話を、今度は陽平が遮った。


「おい転校生。なんでお前がこの世界にいるんだ?」

「ふん、貴様に関係ないだろう……。いや待てよ? さっき親父って言っていたな?」

「あぁそうだ。こいつは俺の親父だぜ?」

「な、なな、な、なんだとぉぉ!?」


 勇仁はその雰囲気からは想像もつかない雄たけびを上げた。


「うわ、なんだよ急に」

「親……子……だと?」

「それが何なんだよ!」

「あぁ~。こいつ分かったぜ」


 光平は心の声が漏れたように呟いた。


「何が分かったんだよ?」

「そいつはな――」

「待ってください。自己紹介は自分でします。俺は影浦勇仁、去年から封魔師をしている。理由は……特にない」

「お前も封魔すんのか!?」

「ほう、やっぱりな」


 光平は顔を上下に揺すりながら納得の顔をする。


「貴様よりは先輩と言うことになるな」

「聞いた感じそうだよな」

「坊主、大型ルーキーって言われてるやつだな?」

「あ、そ、そうです。お恥ずかしながら」

「じゃあ相当なじゃじゃ馬ってのも本当だな」

「そ、それは!」

「ハッハッハ! 良いっての、俺もそんなもんだ! で、お前はなんでこの町に来たんだ?」


 光平の瞳はいつになく真剣であった。


「実はこの町に今、魔が多く迫っていると通達され、参った所存であります」

「そうか……。あと、そんなかしこまんなくて良いからな! バカ息子の目が点になってやがる」


 そう言われ、勇仁は陽平のほうを見ると本当に目が点になっていた。


「ほらな?」

「そうですね」


 二人は笑った。光平が笑うことは多々あったが、勇仁が人前で笑うのは何年振りかのことであった。少なくとも一年は笑っていなかっただろう。と勇仁は心で思っていた。


「おい、俺見て笑うんじゃねぇよ!」

「わ、笑ってなどいない!」

「ハッハッハ! こりゃ先が思いやられるぜ!」

「ってことは親父……」

「あぁ、こいつも勿論俺の部下だ」

「伝説の光平さんと一緒に戦えるなんて光栄です!」

「お前!」


 光平は殴りかかりそうな勢いで勇仁を怒鳴る。


「あ、すみません……」

「伝説? なんだ?」


 陽平は当然気になって首を突っ込む。


「お前は知らなくていいんだ」


 光平の声は聞き取れないほど低く鋭かった。なにかこれ以上触れてはならない気配に圧倒された陽平は、話を逸らすことにした。


「と、ところでさ、お前の能力は何なんだよ?」

「俺のを知りたいのか?」

「あ、あぁ。知りたいなぁ~」


 勇仁は小さく手招きをした。それに誘われ、陽平は勇仁のもとに擦り寄った。


「貸し一つな」

「あ、あぁ! サンキュな」


 勇仁はもとの位置まで下がり、能力を見せ始めた。


「まずは俺の神具からだな、我に魔を制する力を!」


 勇仁はポケットから妖神符を取り出した。そして右手に持った紙は日本刀に早変わりした。


「おぉ! かっけぇ!」

「我に氷の力を!」


 そして勇仁は続けざまに妖術も出した。左手は冷気を発し、勇仁はそれを刃に沿って撫でた。すると刀は冷気を帯、氷の刃となった。


「うおぉ! すげぇ!」

「ふん、この程度基本だ」

「ほう、坊主はそんな能力なのか」

「はい、これで光平さんを援護出来たらいいんですけど……」

「なーに、そこのガキよりはマシだよ」

「あ、なんだと――」


この時、陽平には先ほどの光平の顔と声が思い出された。そして陽平は言い淀んでしまった。


「あ? ……まあいい。そろそろ嬢ちゃん起きてくれねーかな?」

「そうですね……。相当ショックが大きかったと思いますし……」

「俺がしっかり守れなかったから、だよな……」

「なに、おめぇはよくやったよ」

「ゴホン。そうだ、初めての割にはよかったと思うぞ……」


 陽平が思っていたより二人の言葉は暖かかった。思わぬ声に涙が出そうになるほどであった。


「う、ううん……」

「狭戸さん?」

「お姫様のお目覚めか?」

「狭戸様!?」


 三人が騒がしくしていたせいか、雪月は嫌がるように唸った。


「ううん、わたし、の、せいで……」


 雪月は先ほどの光景を夢に見ているらしかった。


「大丈夫か!」「大丈夫ですか?」


 陽平と勇仁は見事にハモった。


「ったく、二人そろって寝てるやつに大声掛けんなっての」

「いっけねー、そっか」

「俺としたことが、とんだ無礼を……」

「う、うう、私は……」

「やっと起きたな、まずは状況を説明すっか」


 …………。

 陽平らは起きた雪月に、これまでのことを簡略化して伝えた。能力のことや、この世界のこと、そしてこれからのことも


「とまぁ、今のところはここまでかな」

「はぁ、貴様の説明では切りが無かったぞ」

「私は、現世では既に死んでいる。と言うことなのですか?」

「おめぇさんの家庭上、生まれたときからすでに死んでいたと思うぜ。言い方はわりぃが、あんたが成功作ってことだ」

「それじゃ、私には何人も兄妹がいたかもしれないの……?」

「何とも言えねぇがな……」


 少し暖かくなっていた空間は、一瞬で冷え切ってしまった。誰のせいでもなく、ただ真実を知ることがこの結果を招いてしまった。


「とりあえずこれ」


 陽平は少しでも空気を変えようと、父に託されていた妖神符を取り出した。


「これは?」

「一応、狭戸さんの分だ。……でも、やりたくなければ受け取らなくてもいいんだぜ?」

「貴様――」

「良いんだ。今ばっかりはあいつが正しい。嬢ちゃんに決断させてやりな」

「……私……私、もっと強くなりたい。みんなを守れるくらい……!」

「それじゃあこれは」


 陽平はそう言って、雪月の前に三枚の妖神符を出した。


「はい、受け取りますわ」

「んじゃ、チーム結成だな!」

「おお! って、は!?」

「はい。これからよろしくお願いします。あと、貴様に一つ言っておく、このチームに入るのは、光平さんに学び、狭戸様を守るためだからな。邪魔をしてくれるなよ」

「お、おう……」

「ったく、同士討ちだけは止めろよ」

「あの……私は何をすれば……?」

「あぁ、そうだった! まずは力を目覚めさせないと!」


 陽平は父に教わったように、妖神符の仕組みを雪月に説明をした。


「分かりましたわ。……私に魔を制する力を!」


 持っていた紙は弓へと変わった。矢はどこにも見当たらない。


「あれ、矢は?」


 陽平は雪月の身の回りをじっくり見た。それでも矢はどこにもない。


「弓とは矢は別物です。なのでもう一枚紙が必要なのです」


 勇仁は呆ける雪月と、矢を探し続ける陽平に言った。


「なるほど!」


 陽平と雪月が仕組みを理解したその瞬間、


「んじゃ、次は妖術だ」


 光平が矢を出させる前にそう言った。


「親父、まだ矢を出してないぜ?」

「良いんだよこれで。唱えてみな、嬢ちゃん」

「はい。……私の秘めたる力よ!」


 左手に持った妖神符はみるみる深緑色に染まっていった。


「やっぱりな、ビンゴだぜ」


 光平がぽつりと呟き、雪月の左手にはツタのようなものが絡まっていた。


「な、なんですかこれは!」

「大丈夫だぜ嬢ちゃん。あんたは木や草を扱える術ってこった。だから矢も作り出せるぜ? まぁ、体力は消耗するがな」

「なるほど、だから妖術を先に……。でも、なんでこの属性だって分かってたんだ?」


 陽平はもっともな質問をする。


「簡単なこった。この娘の親父も草属性だったからだ」

「ほほう、これが血筋か」


 勇仁は納得がいったように頷く。


「ちなみに草属性は治癒術が使える。俺が知っている限りこの属性のみが治癒できる」

「じゃあ狭戸さん結構必須戦力じゃん!」


 陽平は身を乗り出しながら言う。


「そ、そうなのですか……。お役に立てて嬉しく思います」


 雪月はその場のテンションに付いて行けず、少し困惑していた。


「まぁ女の子だし、大量の矢を背負って歩くのも大変だからな、この術で良かったと俺は思うぜ」


 光平はこの結果を百パーセント知っているような口調であった。しかし幸蔵と仲が良いので、もともと知らされていたのだろう。と陽平は推理した。


「んじゃ、今日はここを出るぞ。明日また集合だ。……っとその前に、狭戸家に行って迷子探しの報酬を貰わないとな」

「親父……。ちゃっかりしてんな……」

「送りたいのは山々なのですが、今日は怪我が深いので先に帰宅させてもらいます」


 勇仁は頭を下げながら詫びを入れる。


「おう、良いぜ。だいぶ食らってるから相当疲労が残るはずだ。しっかり休めよ坊主」

「はい!」


 こうして四人は思念世界から離脱し、陽平と光平は、雪月をしっかり家まで送り届け、幸蔵と光平が二人で数分話した後、親子は帰宅した。勇仁は現実世界に戻ってくると、傷は無くなってはいるものの、疲労が多く残ってしまうのを恐れ、言った通り先に帰宅した。

 帰り道はすっかり晴れており、深夜四時にも拘わらず、綺麗に雲が払われた空は清々しく広がっていた。その空のもとを、二日目の仕事を終えた新人は、父と帰宅した。

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