魔鏡戦線

玉樹詩之

第1話 プロローグ

 世界には、表と裏が存在する。

 光と闇が存在する。

 正義があれば悪がある。

 そんな人間界にも裏側は存在する……。



「速報です。再び鏡守町きょうしゅちょうで、殺人事件が起きました。被害者は、地元のコンビニエンスストアでアルバイトをしていた、上村達也さん、二十二歳。犯行現場は、彼がアルバイトをしているコンビニエンスストア店内で起きました。犯人はナイフを片手に入店し、殺害後もその場に立ち尽くしており、現行犯で逮捕された模様。警察の調べによると、強盗目的ではなく、『ただ、魔が差したんです』の一点張りで、捜査は進んでいない。とのことです」


 テレビからは、今朝のニュースを淡々と読むアナウンサーの声が聞こえている。それをいつものように、夢現で聞く二人の男がいた。一人は父。一人はその息子であった。


「また殺人事件かよ。俺たちの町はどうなっちまってんだ?」


 答えを教えてもらえるわけでもないが、テレビに向かって息子の日向陽平ひゅうがようへいがぼやいた。これはここ最近、毎朝のことであった。


「知らんな。そんなことよりもう学校に行く時間だろ。さっさと行け」


 息子の発言に対し、父、日向光平ひゅうがこうへいが答えた。これもまた毎朝のことになっていた。


「おっと、もうそんな時間か!」

「おうとも。さっさと行け。バカ息子」

「うるせぇ。言われなくてももう行くわ!」


 陽平は洗面所に向かい、天然パーマでダサくなった自慢の金髪に、ワックスを塗りたくった。そして髪を綺麗に後ろに持っていき、中学からおなじみのオールバックにした。


「うし、決まったな!」


 陽平は洗面所を出て、玄関口で靴を履いた。


「そんじゃ親父、行ってくるぜ!」

「気ぃつけろよ」

「おう!」


 陽平はボロアパートの玄関を勢いよく開け、共同廊下を走り、階段を下り、アパートから出て行った。

 ――その瞬間、よそ見をしていた乗用車が、陽平の横っ腹に突っ込み、陽平の全身に重い一撃が走った。


「ぐはッ!」


 陽平はボンネットに乗り上げ、それに気が付いた運転手は、当然車を止めた。

 もう少しで夏休みになるという頃であった。陽平も、運転手も、少し気の緩みが生じており、不運な事故が起こってしまったのだ。

 光平はその音ですっかり目を覚ました。もしやと思い、いち早く外に飛び出した。そこには光平が予想した通りの結果が待っていた。しかし光平の顔には笑みが浮かんでいた。まるでこの瞬間を待っていたかのような……。 アパートの住民は大きな音に構わぬ者もいたが、大半の人が玄関から顔だけをのぞかせた。

 日向宅は二階の角。五号室であった。隣人は優しい方だったので、今の音で出てこないわけが無く、


「なにが起きたの!?」


 穂村千亜希ほむらちあき。今年で大学二年生の女性だ。去年横に越してきて、もうあとわずかで一年の付き合いであった。


「日向さん! なにかあったんですか!?」


 身支度が終わり、ちょうど大学に向かうところだったらしい。


「少し事故があったらしい。俺が見てくるよ」


 光平は先ほどまでの怪しい笑みをすぐに隠し、階段を駆け下りて行った。


「陽平! 大丈夫か!?」


 父はとぎれとぎれに声を上げる息子を抱き、名前を呼んだ。しかしそれに応えることは無かった。

 間もなく救急車が到着し、息子に付き添って救急車に乗る。

 父の声は陽平に届いていた。陽平はそれに応えようと必死にもがいていた。しかし声は出なかった。この時、(俺は死ぬのか……?)と、陽平は暗闇の中で生死を彷徨っていた。


 目が覚めると、そこは病室で、キレイな看護師さんが陽平の顔を覗き込み、「気分はいかがですか?」と、陽平の気分を伺い、すぐにでもリンゴの皮をむき、新鮮なそれを食べさせてくれる。陽平はそう思っていた。が、


「よう、クソガキ。生きてっか?」


 そこには毎朝毎晩毎日見る顔がいた。父、光平の顔であった。


「おーい。……おっかしいな、目は開いてんのにな……。もしや、口が利けなくなったのか?」

「んなわけじゃねぇよ」

「なんだ、生きてるじゃねぇか」


 急のことで、父はまだ剃ってもいない顎ひげを撫でた。


「ここって、家だよな?」

「あぁ、そうだ」

「病院じゃねぇのかよ」

「バカ野郎。そんな金があるか」

「嘘だろ? 保険でなんとかなんねーのかよ?」

「ハッハッハッ! 嘘だよ!」

「はぁ。なら病院行こうぜ」

「それは無理だ」

「は? なんでだよ?」

「だからな。嘘だと言っただろ。お前が生きているということが」

「あのな。いくら俺がバカだからって、それは通用しないぜ?」

「そうか……。両手は動くか?」

「あぁ。動くぜ」

「じゃあ脈をとってみろ」


 陽平は半信半疑で自らの手首を抑えた。

 ……脈は……無かった……。


「親父……。どういうトリックだ?」

「トリックもくそもねぇよ。それが現実だ」


 陽平は黙った。光平も黙った。そしてただ時間だけが流れた。


「あのな……」光平が徐に話し始めた。

「俺もそうだったんだ……。高校二か三年のころ、俺も死んでんだ……」


 父は息子にすべてを話す決意を決めた。息子はそれを受け入れる気持ちを整えた。


「親父、それは信じられねぇよ。手を出せ」


 光平は黙って左手を差し出した。陽平はわずかに動く手で、父の脈をとった。……父にも血液は通っていなかった……。


「分かったか? これは俺とお前が、やっと同じ世界に来たってことだ」

「同じ……世界……」

「しっかしな、この境地に達すると同時にな、仕事が与えられるんだ。封魔の仕事をな」

「封……魔?」

「あぁ。今までお前と俺が食ってこれたのも、封魔の仕事でだ」

「夜中に家を出て行くのはそういうことだったのか?」

「気が付いていたか……」

「何となくだけどな」

「そうか。なら話は早い。体が動くようになったら、また詳しく話すぜ」


 陽平はしばらく寝込んだ。調子はとても良かったが、体は腕以外自由が利かなかった。その間も、父は夜中に出かけ行き、朝日が昇る前に帰って来る日が続いた。

 学校には事故でしばらく休むと伝えられており、誰も陽平が死んだことは知るはずもなかった。


 事故から一週間と少し、ようやく陽平は体を布団から出した。事故に遭ったとは思えないほど体は軽く感じられた。


「親父、もう起きられるようになったぞ」


 父の部屋に向かって言ったが、返事は無かった。今朝帰ってきたばかりで、まだ寝ているのだろう。

 陽平は高校に行く支度を始めた。支度と言っても制服に着替えるだけで、持っていく物は特になかった。

 父が起きてくる気配は無かったので、静かに玄関を開け、登校することにした。

 アパートを出て、事故に遭った道路を渡り、ずーっと真っすぐに進む。すると突き当りに商店街がある。そこには入らず左に曲がり、少し行ったところに大きな県立高校が建っている。そここそが陽平の通う、鏡守高校であった。

 そこに通う馴染みの面々は、陽平が事故に遭ったことをもちろん知っていた。そして陽平もそれを知っていて、堂々と教室に向かった。

 授業は始まっていた。父親の承諾を待っていたせいで少し時間が経ってしまっていたようだ。

 陽平は自慢の髪を整えるように、ワックスで固めた髪を後ろに向かって撫でた。一つ大きく息を吐き、少し気を遣って後ろの引き戸を開けた。

 ガラガラッ!

 建付けの悪い引き戸は大きな音を立てて開いた。その音に慣れていた陽平は、驚くことは無かったが、中で授業を受けている生徒たちは、一斉にその音が鳴るほうを見た。


「おはよう!」


 振り返る皆に、陽平は大きな声で答えた。

 教室は一瞬静まり返った。そして次の瞬間には陽平を囲むようにクラスメイトが群がった。


「お前! よく生きてたな!」

「心配してたんだよ!」


 見た目とは反し、陽平の人望は厚かった。

 陽平はいつも通りに接してくるクラスメイトを見て、やはり自分は死んでいるのだが、死んでいないことを自らの右手首の脈を測りながら感じていた。


「みんな座って! 授業中よ!」


 数学科の女教師が生徒たちをなだめたが、誰一人その説教を聞く気配はなかった。もちろん陽平も耳を傾けるわけがない。


「なぁ。誰でもいいから俺の右手首を握ってみてくれないか?」

「あぁ、いいぜ。でもなんで手首なんて?」

「良いんだよ。すこし気になることがあるんだ」

「まぁ、お前がそう言うなら良いけどよ」


 そう言って男友達の一人が陽平の右手首を軽く握った。


「……脈ならあるよ?」

「そうか……」


 陽平の脳内はクエスチョンマークで埋め尽くされた。自分で測ると脈はまったく通っていないのに、他人が手首に触れると脈は通っていると言うのだ。


「早く座りなさい!」


 大人しい数学科の教師もさすがに怒りをあらわにした。何人かの生徒はそれを聞いておずおずと席に戻った。陽平やその周りにいた親しい友は、少し経ってから教師の目が針のように鋭くなったことを察し、何事もなかったように席に着いた。

 授業は不自然に再開された。しかし陽平の小さな脳みそにその授業が入ってくることは無かった。なぜなら自分の生態系の謎を解明しなくてはいけなかったからだ。

 そのまま悩み続けていると、授業はあっと言う間にすべて片付いていた。陽平は疾風の如く帰宅した。友たちは事件の真相や家で何をして過ごしていたのかなど、聞きたいことは山ほどあったのだが、陽平はそんな気を回せずに教室から姿を消していた。……つい先日越してきた、転校生の存在に目もくれずに……。

 疾風の如く帰宅した陽平は、勢いよく玄関を開けると父の部屋に飛び込んでいった。しかしそこに父の姿は無かった。するとトイレが流れる音が聞こえてきた。そしてそこから出て来るのは、当然父であった。のんきに頭を掻きながら出てくると、おまけに欠伸も付け加えた。


「ふわぁぁあ。おう、お帰り」

「親父……」

「わーってるよ。話すって、座れ」


 陽平と光平はいつも二人が食事をするテーブルに着いた。


「俺は本当に死んだのか?」

「あぁ。それは覆らない。だがな、お前が今存在しているということは、お前は託された人間だからだ」

「何をだよ……。俺に何をしろって……」

「お前が死んだばっかの時も言っただろ。封魔だよ」

「親父と同じ仕事をするってのか?」

「あぁそうだよ。めんどくせーことに俺はこの町の主任になっちまった。そして俺の下に就くのが、お前を含めたガキどもだ。ったくやってらんねーぜ」

「いつからだよ?」

「なーに寝ぼけたこと言ってんだ。今日からに決まってんだろ?」


 親父に言われるがまま、陽平は夜中に目を覚ました。


「親父……起きたぞ?」

「おう、初出動だな?」

「あ? あぁ、そうなるのかな」

「さっさと行くぞ」


 光平は手ぶらで玄関に立っていた。


「何もいらねぇのかよ?」

「あぁ、現地で渡すもんがあっからよ」


 陽平は親父の背中を追った。久しぶりに見た親父の背中は少し大きく感じた。

 数分見慣れた道を歩き続けると、陽平が通う鏡守高校前で立ち止まった。


「ここなのか?」


 陽平は親父の背中に問いかけた。


「あぁ。お前よりここにお世話になってるかもな」


 光平は大きな校舎を見上げながら言った。


「てか、誰も来てねぇじゃん」

「あぁ、そうだな。今日は誰も来ない」

「は? 昼間はガキどもが何たら言ってたじゃねぇか?」

「それは明日からのことだ。今日はお前に基本を教える。お前とチームになる奴らはな、一人は封魔家業を継ぐ嬢ちゃん。もう一人は去年デビューした大型新人だ。ってことはお前が足手まといになるよな?」

「は? 決め付けんじゃねぇよ。運動神経は良いほうだぞ?」

「ったくバカだな。そう言うので済む仕事じゃねぇんだよ」

「とりあえず早く教えてくれよ」

「お前がうだうだ言ってたんだろうが!」


 光平はバカ息子の頭を小突いた。


「いってーな!」


 光平は閉まっている正門に足をかけた。そして次の瞬間には軽々門を超え、学校に侵入した。


「勝手に入って良ーのかよ?」


 光平は黙って進んでしまう。


「おい! 待てよ!」


 陽平は焦って父の背中を追った。

 当たり前だが、校舎内は静まり返っていた。二人の足音だけが寂しく校舎内にこだました。


「どこに向かうんだよ?」


 …………。


「なぁ、なぁってば」


 …………。


「おーい。親父?」

「――うるせぇな! 黙ってついてこい!」


 久しぶりに父が激昂し、陽平は後ずさりした。あまりの気迫に気圧されたのだ。

 …………。

 夜の校舎内はとても冷ややかであった。いつも歩いている廊下が、別の物に見えて仕方がない。


「ここだ」


 そう言って光平が立ち止まったのは、教員兼実習棟一階の保健室前であった。下駄箱から右に進んでいき、広めの中庭を通り、たどり着く場所が実習棟。そして実習棟に入り、左に曲がって真っすぐ突き当りまで進むと、右手に保健室が位置している。


「ここって、保健室やん」

「あぁそうだ。ここにしかないんだよ」


 光平はポケットから鍵を取り出した。そしてそれを鍵穴に挿入し、施錠が外れる音がすると平然と保健室に入っていった。ここまでくると陽平は何も口に出すことが無かった。


「封魔の仕事はな、ここを通って初めて開始される」


 光平は保健室に入ってすぐにある、大きな壁面鏡に手を添えた。


「ただの鏡だろ?」

「いいや、よく見てろ」


 父は左手に、白と黒で繕われたミサンガを巻いた。そしてその左手を先ほどと同様、鏡に手を添えた。

 ――すると光平の体はみるみる鏡に吸い込まれていった。陽平は慌てて父の右手を引っ張った。


「いででで。そんな強く引っ張んなよ」


 父は容易に鏡から抜け出してきた。


「おいおい。なにが起きたんだよ……」

「このミサンガをつけるとな、俺らがいる人間界とその裏の世界、魔界を繋げる、思念世界っていう世界に行けるんだ」

「はい? 何が何だかさっぱりだぜ?」

「簡単に言ったら関所だ。魔界から迫る、魔を思念世界で食い止めろってこった」

「……? まぁよく分かんねーけど、死んだ俺らだから行ける世界ってことだよな?」

「ご名答。お前にしては鋭いな」

「そんくらい俺でも分かるわ!」


 光平は保健室を歩き回り始めた。そして一番奥、窓側にあるベッドの下に手を突っ込んだ。


「あぁ、あったあった」


 光平は大きな鞄を引っ張り出してきた。


「何だよそれ?」

「んだよ。さっきの直感はどこ行った?」

「えぇーっと……」

「はい、遅い。正解はお前たちのミサンガと封魔に必要な道具でしたぁ~」

「ちっ、腹立つな。さっさとよこせ」

「はいよ」


 父はそう言って、息子にミサンガを投げた。


「これだけかよ?」

「ったりめーだろ。鏡に入れなかったら元も子もないからな」

「じゃあさっさと行こうぜ」


 陽平は恐れず鏡の前に立った。父は息子の背中を見るように立ち、鏡に入る息子を待った。


「ふーっ。よし、行くぞ!」


 陽平は白黒のミサンガを左手に巻き、左手を鏡に突き立てた。

 ブォォォォン。

 鏡面には波紋が広がった。一歩進むと左手は肘まで吸い込まれ、もう一歩進むと左手は見えなくなった。陽平は唾をゴクリと飲み、大きく一歩を踏み込んだ。


「……い。……夫か?」


 父の声が聞こえる。陽平は素早く瞬きをした。


「あ、あぁ、ぼんやりと」

「起き……か?」

「あぁ、大丈夫だって」


 陽平は体を起こした。頭を左右に揺すり、再び数回瞬きをした。周囲には見たことのある風景が広がっていた。


「どうだ? この世界には慣れたか?」

「慣れたのなんのって、本当に成功してるのか?」


 陽平は上半身を起こして周りを見た。それは紛れもない保健室であった。


「あぁ、成功してるっての」

「ふーーん? ま、とりあえず鏡に入れたから、俺は合格だろ?」

「あぁ、そうだな。記念すべく初の部下だ」

「はぁ!? 俺以外部下持ったことねーの?」

「ん? そうだけど?」

「……はぁ。マジか……」

「なんだぁ? 心配か?」

「あたりめーだろ」

「大丈夫だ。俺の力が協力に不向きなだけだ」

「それもそれで心配大ありなんだが?」

「さてと、じゃあ君に神具を託そうかな?」


 光平は先ほどの黒い大きな鞄から、長方形の紙切れを何枚か取り出した。


「なんだそれ? ただの紙切れじゃん」

「いいから受け取れ」


 陽平は三枚の白紙を渡された。大きさは、それこそ千円札ほどであった。


「何だよこれ?」

「あ、これか? これは妖神符ようじんふってんだ。これを一枚持って、我に魔を制する力を。って言ってみな」

「それだけでいいのか?」

「あぁ、それだけだ」

「……俺に魔を制する力を!」

「我だって――」


 陽平の持つ紙が淡く光った。すると次の瞬間、陽平が持っていた紙は二本のマチェーテに早変わりした。


「ほう……それがお前の神具か……」

「……これが? 弱そうだなぁ……」

「んなこと言うなって。それも使い方によっては強いって……ぷっ」

「親父、今笑っただろ?」

「わ、笑ってねーよ!」

「はぁ、これで戦えるのかよ……」

「戦えるって。ぷっ、期待は出来ないが、あとは妖術次第だな」

「また笑いやがった……。妖術?」

「あぁ、見てろ」


 そう言って父は、息子に見せつけるように妖神符と呼ばれる紙を取り出した。陽平が持っていたのとまったく同じ紙であった。


「我に風の力を!」


 光平が左手に持つ白紙が、みるみる変色していく。


「白紙だったのに……。どんどん黄緑色になってる?」


 光平が持つ紙は、あっという間に黄緑色に染まってしまった。すると光平の左手の周りを渦巻くように、一陣の風が発生した。


「これが妖術だ」

「す、すっげぇ!」

「お、馬鹿野郎。触んじゃねぇぞ?」

「これ触ったら痛ーの?」

「当たりめーだろ。だから触んじゃねぇぞ!」


 陽平は、父の左手を守るように渦巻く風をしばらく眺めた。


「なにちんたら見てんだ。次はお前の番だ。さっき渡した紙、一枚左手に持て」

「お、おう!」


 陽平は言われるがまま、白紙を左手に持った。


「俺に風の力を!」


 …………。

 冷たい風が嘲笑うかのように吹きつけた。


「あのな、お前も風の力とは限らねーんだよ。あと、妖術は一人一属性だけだからな。覚えとけ」

「ちぇ、早く言えよな」

「いいか? 我の秘めたる力よ。って言えば何かしら出るはずだ」

「結構アバウトだな……。まぁいい、やってみるか」


 陽平は白紙を取り出し、左手に持ち、眼前に構えた。


「俺の秘めたる力よ!」


 陽平が持つ紙は、みるみる黄色に変わっていった。


「ほう、こりゃ珍しい……」

「うおぉぉぉ! 俺の力はなんだ!?」


 白紙が真っ黄色に染まると、陽平の左手は小さな稲光を放ち始めた。


「そりゃ雷だな」

「雷? 電気ってことか?」

「あぁ、そう言うこった。結構珍しいぜ。あと、お前と相性良いかもな」

「へっへっへ。さっきの笑いは撤回してもらおうか!」

「けっ。図に乗るなガキ。扱えなきゃ結局笑い者だぁ! ハッハッハ!」


 光平は嬉しそうに大笑いした。これは陽平の能力を貶した笑いではなく、期待を込めた笑いであった。

 …………。

 二人は思念世界を後にし、静かに学校を出た。陽平は色々と疑問が残っていたが、今はそれどころではなかった。


「親父ぃ~。体が重い……」

「俺のほうが重いってんだ!」


 光平は大きくなった息子をおんぶしていた。慣れていない思念世界ではしゃいだ陽平は、体力を無駄に消耗してしまったのだ。


「ったく、高校生になった息子をおぶることになるとはなぁ」

「へへ、すまねぇ……」


 光平は重くなった息子をおぶり、その重さを体感したことで、息子の成長を知った。

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