第15話 一段落

 タイスさんを先頭に、騎士や荷台を曳く人やらで構成された一団が現れる。その中の一人がタイスさんと並んでこちらに向かってきた。


「お待たせしました。こちら解体業者のガンテインさんです。では私は仕事がありますので」


 契約云々もよく分かっていないのに、業者の男と二人残されてしまった。俺よりも少し年上に見える彼は、他の人と違い赤い髪をしている。


「どうも、ガンテインです。よろしく」


 そう言って握手を求めるように手を差し出してくる。


「初めまして、ミスイです」


 その手を握ると、思い切り上下に振られ腕を持っていかれそうになる。


「いやー良かった良かった! こちらも困ってたところだったんですよ。助かりました!」


「は、はあ。それでこれから何をすれば?」


「そうですね、龍の状態を確認して大体の金額を決めて、承諾頂ければ運搬のために解体します」


 ああ、あいつは龍だったのか。


「じゃあそれでお願いします」


 適性金額なぞ知る由もないが、元々狩るつもり無かったのだから、この際足元を見られた金額でもどうでもいい。


 意気揚々と他の業者と合流する彼を見送り、どうにかして魔術を取得するべきかと考えを巡らせる。彼女の言う通りエキスパートらしいタイスさんに教えてもらえるなら、それに越したことはないのだが、職業柄それは難しいだろう。


 騎士に教えてもらうのも、これ以上何かを要求するのはずうずうしにもほどがある。現状頼れる人物は居ないに等しい。


「ねえ、やっぱり教えて貰うことは」


「だめだね」


 やっぱりだめか。少女に頼り切りの生活になるのは避けたいのだが、この先どこかで教えて貰える機会があるまでお預けである。


 と、見積もりが出たのかガンテインさんが戻ってきた。


「いやーお待たせしました。傷跡も少ないですし結構な金額になりましたよ」


「お疲れ様です。でいくらになるんですか」


「術法鉱87ハウンス分ですね」


 ハウンス?この世界の単位だろうが基準がよく分からない。


「それって多いんですか?」


「ええ、まあそれなりには多いと思いますよ。もしかして気に入らなかったですか?」


「やっそんなことないです。それでよろしくお願いします」


「ありがとうございます! では早速解体に移りますのでこっちへ」


「え、何かするんですか?」


「勿論、儀式がありますから」


 儀式の説明もないまま強引に引っ張られるように連れられる。自分で倒したわけでも無いので若干のうしろめたさを抱きつつ、面倒くささも手伝ってやる気が起きない。


 龍の正面まで来るとそこで足を止め、ナイフを手渡される。


「では、適当に一本選んで抜いてください」


「一本て、もしかして歯のことですか?」


「ええもちろん! 討伐者が龍牙を抜くのがしきたりですから」


 それが何を意味するのかは置いておいて、やらなければならないなら仕方ない。特に決まりもないようなので、そこそこの大きさの牙を選び、歯茎に刃を滑らせていく。


 まだ生暖かい肉がモッタリと刃にまとわりついてくる。牙一本取り出すのも素人からしてみれば大変な作業である。やっとの思いで剥ぎ取ると、肉片のついた牙がごろりと手に落ちてくる。


「これで大丈夫ですか?」


「はい、では後は我々にお任せください!」


 他の人とも剥ぎ取ったことを確認し、ガンテインさんの指示の下作業に移っていく。牙なんぞ貰っても嬉しくはないし、討伐者本人でないのなら尚更である。持っていても仕方ないので、本来貰うべき本人に押し付けるべく彼女のところへ戻る。


「ほら、見てみろよこれ」


「んだよ、そのきったねえ物は」


 このしかめっ面を見るに、貰ってくれそうにないが、何とかして渡してしまいたい。


「龍の牙だよ。狩ったら剥ぎ取るのが決まりなんだって」


「ふーん、でどうすんだよそれ」


「討伐者本人が受け取るべきものだから、君に」


 牙を彼女に突き出すと、意外なほどにすんなりと受け取ってもらえた。


「たく、もう少し綺麗に剥げないもんかね。ほら、ナイフ貸しな」


「良いけど、意外だなそういうの好きなんだ」


「別に好きなわけじゃねえけど、こういうのは後で役に立つんだよ」


 受け取ったナイフで肉を削ぎながら答える。これが器用なもので、なめらかに刃を入れていく。


「もう少し大きいけりゃもっと使い道が広がったんだろが、これが一番デカかったんだよな?」


「いやぁ、適当に取って良いって言われたからそこまで見てなかったかな」


「はぁ~、お前ってホント何にも考えないで生きてきたんだな。んなもん一番デカやつを取ってくるに決まってんだろ。第一最初から私をよんどきゃ良かったんだ」


「は、はあすみません」


 何も考えずに生きてきたは言い過ぎな気もするが、実際そうだったのだからぐうの音も出ない。


「と言うか、魔術も知らないし、ホント今までどうやって生きてきたのか謎だよな」


「あはは、運よく家族に恵まれましてね......」


「家族、ね......」


 目に見えて彼女の雰囲気が暗くなる。失念していた、この歳で奴隷として扱われていたのだ、家族や過去に何かあってもおかしくない。案の定反応からして地雷を踏んだことは明白である。


「いや、でもほら、これからは二人なわけだし、俺が兄貴みたいな?」


 とっさのフォローなので滅茶苦茶なことを口走ってしまった。


「あはは! お前が兄貴だ? こんな頼りない兄貴がいてたまるかよ。たく、なに勘違いしてるか知らねえけど、そんなこと言ってる暇があったら魔術の充てでも考えてな」


「はは、そうだよね」


「まあ、奴隷よりかは幾らかマシかも知れねえけど、よっ!」


 と、言葉を言い切ると同時に俺の背中を思い切り平手打ちした。革の軽快な弾みが小さく体を震わせる。


 兄貴なぞと口走ってみたものの、実際のところ彼女とあとどの位一緒にいるかも考えたことはなかった。自分が無力である内は必然的に共に過ごすことになるだろうが、いつまでも一緒にいてくれる保証はない。


 ならば何かあったときのために、力を付けておく必要があるだろう。となるとやはり魔術の話になるが、結局充てがないの堂々巡りである。ああもどかしい。


「しっかし、これいつまで待ってりゃいいんだ? いい加減待ってるだけってのも退屈だぜ」


「運搬用に解体するって言ってたし、それが終わったら帰れると思うよ」


「て言うか、これ待ってる必要もないだろ。見張りだって騎士の野郎達が居るし、腹も減ったし帰ろうぜ」

 

 そう言えばまだ昼食を取っていないことに気が付き、それに反応するように腹の虫が騒ぎ出す。特に彼女のことを考えるなら休息に戻るべきだろう。


「うーん、じゃあナイフを返すついでに聞いてくるよ」


 ガンテインさんのところに行くと、背中から大きく切り開かれた龍の姿があった。彼の指示の下体を血で濡らす男達の手によって、生物としての形を終えていく。


「お借りしたナイフを返しに来ました」


「ああ、そこら辺に置いておいてください!」


 彼はこちらに振り向く余裕もないほど忙しいようであった。


「あのー、それで先に野営地に戻っていても大丈夫ですか?」


「ああ、そうしてください。それじゃまた!」


 そうと決まればさっさと腹を満たしに戻るまでである。彼女を連れ周りの騎士に一瞥してから帰路につこうとする。が、一人呼び止める声があった。あの騎士である。


「やあ、もう戻るのかい?」


「ええ、お腹もすきましたし」


「それで話しは変わるけど、そちらの彼女の髪は、その、生まれた時から白いのかい?」


「はあ、多分そうだと思いますけど。どうなの?」


「当たり前だろ、変なこと聞くなよ」


「いや、悪かったね大した意味はないんだ。気にしないでくれ」


 そう言ってまた持ち場に戻っていった。髪の色、そう言えば以前にも髪について質問された覚えがある。そこまで特別な意図があるようには思えないが、あの質問は一体何を意味していたのだろう。


「よく分からないけど、とりあえず戻ろうか」

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