第14話 世界のあれこれ教えてください。

「好いてる? あの化け物を?」


 龍が好きなんてにわかには信じられない。もし他の龍がこの大口と同じような化け物であるなら尚更である。


「信じられないだろ? でも実際そうなのさ。それだけの人物でないと観龍者なんてやってられないのかもしれないな」


「好きな物だから殺したくないってことですか」


「まあこんな話憶測に過ぎないけどな。観察が仕事だからてんで討伐には参加しないってことになってるけどな」


「そんな理屈で討伐に参加しなくていいなら、そもそもこの催し自体がそこまで重要じゃない物なんですか?」


「はは、そんなことないさ。撃龍祭が聖都主体の開催なことは君も知ってるだろ?」


「あ、いえ全然知りません」


「ええ、それりゃまた......」


 どうやら彼が困惑するほどには常識的な話らしい。聖都、そう言えばあの広場でも聞いた名前だな。ザイウスさんもその聖都の所属だったはずだし、彼もそうであるのだろう。ああ、しまったな、もしかしたらずいぶん失礼な返事だったのかもしれないい。


「その、随分遠くから来た世間知らずなものでして、すみません」


「なに知らないならしょうがないさ。しかし随分遠くから来たんだな、聖都に詳しくない地域ならまずここらの出じゃないだろうし」


「いやーそのそうですね、ここに来るにも大変でした、あはは」


 そりゃそうである。なんせ世界が違うのだ、随分なんて話ではない。


「ちなみにどこから来たんだい? 名前を聞いても分からないだろうし、方角だけでいいから教えてくれないかい」


 方角か、そもそも存在しない土地なのだからテキトウに答えるしかないし、第一、東西南北が通用するのかも分からないのだが、しかたない北辺りにしておこう。


「北、だったと思います」


「北? ここから北となると聖都に突き当たるんだがなぁ」


 途端に彼が訝し気な態度に変わってしまった。しまったな、どうにかして誤魔化すしかない。


「間違えました間違えました、えーと東です! 東だったはずです!」


 もう少し慎重に答えるべきだったか、だが、そもそもこの世界の住人でないことを隠す必要はない気がするし、ありのままを答えてしまってもいいだろうか。いや、だめだ。この世界で友人を作るより先に変人認定されるのはごめんである。


「東ぃ? あはは、人をからかうもんじゃないよ。東に人が住んでるなんて聞いたことがない」


「え!? ああ、そ、そうですよね。すみません」


「まあなにか事情があるんだろうけど、つくならもう少しマシな嘘にするんだな」


 かってに納得してくれたのは大いに助かるのだが、東に人がいないというのは一体どういうことだ。まだ異文化圏と交流が無いだけなのか、そもそも陸地がないのか、聞いてみたいところだがこれ以上話を広げるのも危険だろう。


「おいおっさん! さっきからくっちゃべってるけど、あれは放っておいていいのか?」


「はは、女の子がそんな荒っぽい言葉を使うもんじゃないよ。それに俺はおっさんて歳でも」


「そんなこと言ってないで、あれ、どうにかした方がいいんじゃないか」


 彼と一緒になって彼女の指さす方に目をやる。すると、意識が回復したのか先ほど運ばれてきた男がもぞもぞと動いているのが見える。


「ああ! こりゃまいったな」


 そう言うとガチャガチャ鎧を揺らしながら男の下へ駆けていく。縄もないし術を掛けるのだろうか。しかし、あれは危険だと言っていたし何か他の手を使うのか。と、彼がこちらに手を振ってきた。


「おーい! すまないがこっちに来て手伝ってくれ!」


 手伝う?なにを?非力な俺に出来ることであればいいのだが。


「私は行かねえぜ」


「初めから来るなんて思ってないよ。じゃ」


 暴徒の相手なぞ出来るものではないが、騎士と一緒なら下手なこともするまいと彼の下に走る。


「疲れてるところ悪いね、こいつをあっちで燃やすから運ぶのを手伝ってくれ」


「ええ!? 生きたまま燃やすんですか!」


 自分の常識が通用しないとはいえ、信じられない言葉に耳を疑う。まさかここまで野蛮な行為が横行しているとは思いもよらなかった。


「そんなことするわけないじゃないか。第一こいつはとっくにこと切れてるよ」


「でも動いてるじゃないですか!」


「もしかしてダンダラ症を見るの初めてか?」


「だ、え? なんですかそれ」


「まあいい、兎に角足を持ってくれ」


 言われるがままに足を掴むと、もぞもぞと動く体を抑えながら脇に手を入れ持ち上げる。そうして少し離れたところまで運んでいくと乱暴に地面に降ろす。


「やっぱりやめましょうよ。いくら襲われたと言ってもこうも野蛮なことは」


「まてまて、よく見てみろ」


 よく見ろと言われても、燃やされると知ってバタバタと暴れているようにしか見えない。ああ、やはりこんな酷い世界になど来たくなかった。惨たらしいことに、お腹に剣まで刺さって、ん?剣?


「あ、これは」


「分かったか? これがダンダラ症。死体に取り付いて操るんだ」


 彼の言う通りよくよく見てみれば、生気なく開かれた口に焦点の定まらない瞳。動きも足掻いているというより痙攣に近いものがある。


「さ、火をつけるから剣を抜いてくれ」


「え、僕がやるんですか」


「だって、これ君か彼女のだろ」


 ああ、あの時彼女が投げたのは借りてたの短剣だったのか。しかし、死体からましてや動いてる身体から剣を抜き取るのは気持ちのいいものではない。


「早くしてくれ。そのうち歩き出しちまうぞ」


「は、はい」


 柄に手をかける。動きが伝ってきて思わず声が漏れるが、込み上げるものを抑えゆっくりと引き抜いていく。傷口からの出血が無いことに改めて死を実感するが、それでも体は動き続けている。


「よし、じゃあ離れて」


 言われる前に既に離れていた。こんな気持ちの悪いものに近づきたい人の方が少ないだろう。


「フダナシか」


 よく分からない事を言うと、腰に付けている袋を手にとり、中身を死体にかけていく。そうして今度は俺のとよく似た杖を取り出し先を死体に向ける。


「闇を照らし賜え」


 と、先端から火の粉がこぼれ液体に降り注ぐと、次第に炎が体を包んでいった。これも魔術の一つだろうか。


「今のは?」


「ああ、職業柄つい癖でね」


 魔術について聞いたつもりだったのだが、なぜだか照れくさそうに言うと杖をしまった。


 と、ふいに肉の焼ける臭いが鼻をつき思わず咽てしまう。


「ああすまない、ありがとう。もう戻ってくれていいぞ」


「い、いえ。気にしないでください。それよりダンダラていうのはなんなんですか?」


「今見た通り死体を操る生き物で、植物みたいなものらしいんだが、なんで死体なんかに取り付くのかよく分かってないんだ。で、こいつが厄介なことに良くないものをおびき寄せるてんで、燃やすように言われてるんだ」


「その良くないものというのは?」


 すると彼はそれまでの軽快な語り口を閉ざし、まるで子供にでも言い聞かせるようにゆっくりと語り始めた。


「現実的な話だと捕食者のことだろうが、どうもそれだけじゃないらしい。これは遠征中に聞いた話なんだが、ある化け物が死体を集めてるって噂だ」


「何故そんなことを?」


「さあね、俺が聞いたのはそれだけさ。それにこんな話信じるだけ無駄ってもんだ」


「そ、そうですよね。死体なんて集めて何になるわけでも無いですし」


「ま、こうやってちゃんと俺が燃やしてやってるんだから、どうこうなるわけでも無い。やることもやったし、そろそろ戻ってくるだろうから彼女と一緒に待っていてくれ」


 こんな不気味な話より魔術について聞けばよかったと思いつつ、暇を持て余している彼女のところに戻る。


 魔術と言えば、先ほどの戦闘で彼女がそれらしきものを使っていたことを思い出し、そのことについて尋ねてみる。


「ねえ、そういえばさっきすごい速さで動いてたけど、何か使ったの?」


「うわぁ、お前身体強化も知らないのかよ」


「はい、知らないです。なんかすみません」


 なんだか知らないが軽蔑されてしまった。そこまで身近な存在なのだろうか。


「じゃあ、ちょっとそこで見てろ」


 そう言うと倒れた化け物の傍まで行き、その外皮に手を付ける。


「リオード」


 するとメリメリと音を立てながら、いとも容易く肉をむしり取ってしまった。そこまで軟らかいものだとも思えないが、それを持ってこちらに戻ってくる。


「ほら、これが身体強化。魔力で力を補うのさ」


「それでさっきも素早く動いたってこと?」


「そう言うこと。こんな初歩的なものも知らないなんて、お前相当だな」


「いやぁはは、こっちに来るまで魔術なんて見たことなかったから......」


「嘘だろ!? 今までどうやって生きてきたんだよ」


 驚きたいのはこっちの方である。が、これらの技術を身につければ、晴れて非力な立場から脱却できるのだ、希望も湧いてくるというものである。


「と言うことで、早速自分にご教授頂ければと」


「嫌だね」


 希望は一瞬でかき消された。まさかここまで即答で拒否されるとは誰が思うだろうか。


「まって! せめて身体強化だけでも教えて頂ければ、足を引っ張ることもなくなるだろうし」


「私はお前の先生じゃねえんだ、誰がそんな面倒なことするかよ」


「ええ~そんなぁ。そこを何とか」


「そんなに使いたきゃあそこのおっさんか、観龍者とやらに教えてもらいな。そら、丁度戻ってきたぜ」


 そう言われ振り向くと、大人数を引き連れるタイスさんの姿が見えた。

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