第13話 見せつけろ、その速さを!
その言葉に反応して彼女に視線を移す。
「そう睨み付けないでくれよ。なに、こいつを片付けたらすぐにお相手してやるから、そこで大人しくしてな」
「そりゃ無理な話だ」
そう言ってゆっくりと立ち上がる。この状況で一体何をするつもりなのか検討もつかないが、化け物相手に奮闘した後に体力が残っているとも思えない。まあ、それが何にせよ慌てふためくだけの俺より、はるかにましな行動であることは間違いないだろう。
「はは、よせよ嬢ちゃん。それとも先に殺してくれって話なら聞いてやってもいいが」
「リオード」
言葉の意味を考えるよりも早く彼女は動き出していた。視線で捉えきれない程の速さで駆け出し、次に見たのは男に向かう姿であった。
勢いをそのままに蹴りを浴びせ、崩れたところで頭に回し蹴りを決めた。すると、今度は上へ目掛けて何かを投げたかと思うと、木の上から悲鳴が上がった。
ことに追いつけていないのは相手も同じだったらしく、男の一人がやっと剣に手をかけた頃、彼女の剣筋は既に男の胴体を捉えようとしていた。
「そこまで!」
その言葉に彼女はビタリと動きを止める。それは、俺と同様に声に聞き覚えがあったからだろう。この異様な光景に臆することなくこちらに向かってくる、タイスさんの声に。
騎士を一人連れているだけであるのに、男達はまるで初めからそうであったかのように戦意を潜め、言われた通りに動きを止める。
次に何を言うでもなく俺にゆっくりと手を伸ばす。だが、その間も誰一人としてタイスさんを襲う者は居ない。
「ミスイさん、立てますか」
「え、ええ。ありがとうございます」
差し出された手を握ると軽く俺を持ち上げてみせる。本来沸き上がるべき怒りや安堵の感情は、堂々たる彼女の前に消え失せてしまった。
「さあ、ことの顛末を聴かせてもらえますか」
「それがですね、急に襲われて何が何だかさっぱりでして」
「そうですか」
すると、今度は男の一人に近づく。
「二人を襲撃したのはあなた達五人で間違いないですか?」
「しゅ、襲撃されたのはむしろこちらの方ですよ! 大方、手柄の横取りでも狙ったんですよ」
「ああ!? なに言ってやがる! 襲ってきたのはてめえらだろうが!」
くってかかろうとする彼女をタイスさんの手が制止する。彼らの言っていることはでたらめであるが、二人を倒し更に一人に切ってかかろうとするところで止められたのだ、どう判断されるか。
「なるほど、では質問を変えます。あの龍のトドメはどの様に?」
「それは......」
答えられない様子をみて、こちらに顔を向けてくる。
「首です。彼女が剣でやりました」
「そうですか。あなた達五人を拘束、連行します。武器を置いて膝をつき両手を見えるところに出しなさい」
淡々と仕事をこなす姿は頼もしくもあるが、同時にどこか恐ろし気でもある。それに加え不思議なのは、誰一人として抵抗する者がいない点である。まあ、こちらとしてはどうでもよいことであるが。
タイスさんは彼女を俺の下へやると、三人を並ばせると手を背で結ばせ、男の肩に手を置き始める。
「とりあえず一段落だな」
「そうだね。さっき滅茶苦茶な速さで飛び出ていったけど怪我とかしてない?」
「無力な旦那様のおかげでクタクタですよ」
「なっ、大体君のせいでここに来てるんだから」
「あはは!冗談に決まってんだろ。そうカッカすんなよ」
人の心配を茶化す程度には元気があるようだし、まあ良いだろうと気持ちを落ち着かせるが、やはり若干の腑に落ちなさが残る。無力なのも彼女に負担がかかっているのも事実だ。事実だが、俺だってこんな世界で少女に頼りたくて頼っているわけじゃない。無論感謝していないわけではないが......
(やっぱり帰りてえな)
こんなことがこれからも続くと思うと、前向きに捉えられる範囲にも限度が出てくる。せめて帰りの糸口だけでも分かれば、心の持ちようも違うのかもしれない。だが、無いものねだりをしていてもどうしようもない。
しばらくは魔術についてでも調べて気を紛らわすのもいいだろうか。そうだ、さっきからタイスさんが行っているあれも魔術の一つなのだろうか。
「なあ、タイスさんが何をしてるのか分かるか?もしかしてあれも魔術?」
「ああ、ありゃ拘束術でも掛けてるんだろ」
「拘束ということは手錠みたいなもの?」
「そ、手錠よりも強力だろうけどな」
「ほー、そんな便利なものがあるなら、君にわざわざ手錠を付けなくてよかったのに」
「はあ?」
彼女はまるで信じられないといった感じで俺を見た後、思い出したようにため息をついた。
「あのなぁ、そこらの奴が真似できるような術じゃねえんだよ」
「はあ、なら君も使えないの?」
「まさか、なんなら今かけてやろうか?と言ってもそんな危険を冒そうとは思わないけどな」
「危険というと」
「教えたところで使えるわけでも無い、知りたきゃ自分で調べな」
そこらの奴と言ったが奴隷商もそこに該当しているのだろうか。あんな商売をしているのだから使えてもおかしく無いと思うのだが、奴隷商の男が使わない程の危険とは何なのか。
タイスさんがあんなに易々と術を掛けているところを見ると、そこまで危険なようにも感じないが、自分の浅い考察なんかより彼女の言う通り調べる方がいいだろう。それに、もしかしたら今よりもましな程度に魔術を扱えるようになるかもしれない。その機会があればの話だが。
そんなやり取りをしていると術をかけ終わったのか、今度は木から落ちた男に近づきしゃがみ込み騎士を手招きする。そうして男を担がせると、倒れているもう一人の男のそばに降ろさせた。
「では騎士隊を呼ぶついでに解体業者も連れてきますので、狩猟許可証とあれば契約書を」
「えーと、許可証がこちらで、契約書というのは?」
「解体業者との契約書のことです。もし契約されていないようでしたらこちらで手配しますが、どうしますか」
「えっと、そうですねお任せしてもいいですか」
「分かりました。ではまた後で」
そういうと見張りの騎士を残し、森の中に消えていった。しかし、先程まで自分を殺そうとしていた相手と一緒にいるのは気持ちのいいものではない。そうだな。
「お疲れ様です。その、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
気分を紛らわすついでにタイスさんについて聞いてみようと騎士に声をかける。
「おう、なんだい」
「そのタイスさんについてなんですが、一体何者なんですか?複数人相手に有無を言わさず取り締まりを行えるなんて、並みの人物ではないと思うんですけど」
「あー、あの人個人について知ってるわけじゃないからなぁ、まあ観龍者てだけあってすごい人に違いないんだろうけど」
「観龍者て、そんなにすごいものなんですか?」
「そりゃそうさ、知識や魔術に関しては常人のそれとは一線を画すものを有し、名の通った冒険者でさえも足元に及ぶかどうか」
「へえ~」
通りで奴らが大人しくなったわけだ。だが、この話が本当であるなら一つ疑問が生じる。そう、この撃龍祭のことである。
「そんなにすごい方々なら、わざわざ龍の討伐を冒険者に頼る必要ないんじゃないんですか?」
「ははは、そこが観龍者とよばれる所以でもあるんだな。と言うのも、彼らの仕事が龍の撃退ではなく、あくまでも観察が主体だからな。龍の行動、生態、種類や生息域やらに至るまでを調べ、時に人間に危険が及ぶようならこれを撃退するのではなく然るべきところに伝えるだけ」
「いや、でも今回みたいな被害が確定的なら融通を効かせても」
「そいつは無理な話かもな」
「どうしてですか?」
「彼らが龍を好いているからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます