第12話 無力の悪あがき
視界いっぱいに広がる絶望が明確な殺意を放ち迫る。立場をわきまえずにあんな事をしたのだから当然と言えば当然なのだろう。死にたくない、だが、彼女を庇った結果だと思えば幾分かましだろうと開き直る。
「お前の相手はこっちだろうが!」
彼女の激高が響く。良かった、あの調子なら多分大事には至っていないだろう。あとは逃げてさえくれればいいのだが。
すぐそこまで迫ったその時、化け物の動きが止まり妙な動きを始めた。なんだ?助かったのか?
「背中がガラ空きなんだよ!」
化け物の背に影がみえる。彼女だ!どう上ったかは分からないが、体にしがみつく姿がそこにあった。
背に前足が届かずもどかしい動きを続けていた化け物であったが、左右に体を振り始めた。振り落とすつもりらしい。それでも落とされまいと必死に掴まりついには首の付け根にたどり着く。
「さあ、これで終いにしようぜ」
大きく剣を持ち上げ勢いよく首に突き立てる。響くような悲鳴をあげる化け物をよそに、差し込んだ刃を左右にねじ込み、血しぶきにまみれながら深く深く刺し込んでいく。
すると、今度は悲鳴の代わりに口から体液をこぼし、それを皮切りにゆっくりと命を失っていく。そうして二度とその大きな口は開かれなかった。
ゆっくりと剣を引き抜き、滑るように彼女が降りてくる。化け物にもたれるように一息ついたところに駆け寄っていく。
「もう少しましな援護の仕方はなかったのかよ。おかげで血でベタベタだぜ」
「バカ言え、してやっただけでもありがたいと思え。だいたいな、こっちは君のせいで死にかけたんだぞ!」
「かけただけだろ、大げさな奴だな。それより見ろよ、案外二人でもどうにかなるもんだろ?」
倒した獲物を叩きながら自慢げに言う。終わりよければ全てよしとも言うのだから今はこれでいいのかもしれない。
「はあ、もういいさ。それより体は何ともない?」
「一撃喰らってもうクタクタだし、さっさと信号出して戻ろうぜ」
投げ渡された銃に最後の弾を込めて空に打ち上げる。緑の煙が木々の合間を縫うように立ち上る。
これでしばらくすれば観龍者の方が来てくれるらしい。その間することもないので、先ほど役に立たなかった杖を取り出しそれっぽく念じてみるが、やはり何も起こらない。
「お、杖なんか取り出して何やってんだよ」
「いやー魔術が使えないかと思って念じてるんだけど、やっぱり上手くいかないね」
「ふーん、どれ貸してみろよ」
そう言われ杖を渡すと、驚いたことに軽い顔をして杖の先を光らせて見せた。力だけが取り柄だとお思っていたが、こんな芸当を持っていたとは。
「すごいなそれ! どうやってるんだ?」
「どうって、こう魔力を流し込む感じだな。感覚だ感覚」
杖を返してもらいもう一度念じてみる。流し込む感じと言われてもよく分からないが、つまりは習うより慣れろということなのだろう。
しかし、いくらやっても杖は反応しない。
「あはは、まだ出来ないのかよ。お前才能無いなぁ」
「う、うるさいな今に出来るようになるさ」
杖に流し込む、杖に流し込む。指先の感覚に集中する。さあ、こい!と力を強めると、かすかではあるが杖が熱を帯び初め、微かであるが杖先を光らせるに至る。
「おお! やったぞ! いやーやれば出来るものだな」
「そんなの出来てる内に入るかよ。ま、せいぜい頑張んな」
なんと言われようと、こっちに来てから初めて嬉しいと思える出来事に、少しだけ心躍らせる。
そうこうしているうちに観龍者と思しき男性二人組が現れた。
「いやー、お待たせしました。すごいですね、お二人で狩られたんですか?」
友好的な笑顔をにじませながらこちらに近づいてくる。ああ、これでやっと解放される、そう思った時であった。
「そこで止まりな!」
いきなり後ろから彼女の制する声が飛んできた。
「えっと、私何かしましたか?」
まさかの一言に困惑を隠しきれない返事が返ってくる。誰だっていきなりあんなことを言われればこうなるであろう。
「す、すみません。気難しい奴なんです。気にしないでください」
「この間抜け! まだ気が付かないのかよ!」
こいつめ、せっかく人が取り繕ったのにこれでは台無しである。虫の居所が悪いのか何なのか知らないが、少しは気を使ってくれてもいいだろう。
「え、えーと、とりあえずお話よろしいですかね? この後の手続きなんですが」
「聞こえなかったのか? 近づくなと言ったんだ!」
「おい、いい加減にしろ! わざわざ来てもらったのに失礼だろう」
「もういい、お前は黙ってろ。おいあんたらいい加減下手な芝居はやめな。それだけ殺意を向けられちゃ嫌でも分かっちまうぜ」
殺意?彼女は先ほどからなにを言っているんだ?もしかして打ちどころでも悪かったのだろうか。
「避けろ!」
とその時、俺の頬を何かがかすめた。一瞬何が起こったのか分からずに頬を触ると濡れている。血だ。
「え、はあ?」
え、どういうことだ。目の前にいるのは観龍者の方で、飛んできたのは矢で、つまりどういうことだ。落ち着け、落ち着くんだ。
「おい! なに外してんだ! おかげでばれただろ!」
「どうせあっちの女は気づいてたんだ。今更だろ」
男の話しかける先、木の上に弓を持った人影が現れる。なら、先ほどかすめたのは矢か?でもどうしてだ、狙われる理由に心当たりなどない。
「まあいい、予定通り君たちにはここで死んでもらおう」
そう言うと更に木の陰から二人姿を現す。
「ちょっと待ってくれ! 俺たちが何をしたって言うんだ! 第一観龍者がこんなことしていいのか?」
「観龍者? 残念だったな、そいつはとんだ勘違いだ」
「そ、そんな」
狼狽する俺を無視するように剣を抜きこちらに向けてくる。まずい、話の通じる相手では無さそうだ。こちら二人に対して相手は五人、彼女に至っては先ほどの戦闘でだいぶ疲弊しているはずだ。分が悪いなんてもんじゃない。
「多勢に無勢だぜ、どうするよ旦那様」
俺の不安をよそにずいぶんと余裕を含むように彼女は言う。それが強がりなのか何なのかは知らないが、不利であることは変わらない。しかし、他力本願ではあるが打開策はある。
「あいつらが観龍者でないなら、信号を見た本物がこちらに向かってるはずだ。ここは時間を稼いで到着を待つ」
「ふーん、どうやって」
「大丈夫、俺に任せて」
彼女から離れ、彼らに向き直る。大丈夫、戦うわけじゃない。時間稼ぎなら俺でも出来るはずだ。そう言い聞かせ一歩二歩進む。
「お別れの挨拶はすんだか? なら、ここで消えてもらう」
「ま、まて! こいつを見ろ!」
素早く杖を相手に向け、なるべく平然を装った顔をするよう努める。
「俺がその気になれば魔術でこの距離からお前らを倒すことが出来るんだ! だから、その、下手に動こうとするなよ!」
勿論そんなことできるはずもないが、そのことを知らない彼らにとって俺の力は未知数である。また、動きを制限することで簡単に攻勢に転じられる恐れをなくし、無力を露呈させない作戦である。
つまりはったりだ。だが、出来ることの最善を尽くした。あとは彼らが人一倍用心深い集団であることを祈るだけである。
「な、なに?!」
やった! どうやら効いたみたい――
「そんなちっさい杖でなにが出来るっていうんだよ! 薪に火でもつけようってか?」
と大笑いし始めた。思わず彼女に振り返るが、呆れた表情を浮かべているだけである。どうやら祈りは届かなかったらしい。杖の大きさで力量が決まるとは、作戦を立てるにはこの世界を知らなさすぎたのだ。
心臓が高鳴り鼓動が早くなる。嫌な汗が全身から出始めるが、次の考えは出てこない。だめだ思考を止めるな。腕を突き出したまま体が動かない。何か発しようにも口が思うように動いてくれない。恐怖がじわじわと体を包み始める。
と、足元に何かが突き刺さり思わず声をあげその場にへたり込む。矢だ!木の上の奴が射ってきたんだ!
「あははは! ほらどうした、俺たちを倒せるんじゃなかったのか? 何かして見せろよ」
あざけるように笑い、反応を楽しむようにまた一つ矢が飛んでくる。どうにかなるはずもないのに、言われるがまま一心不乱に杖に力を込める。すると今度はすんなりと杖に光がともる。
しかし、それもつかの間に光は激しい発光へと変わり、杖がミシミシ音を立てついには弾けてしまった。
「野郎、魔術強度を越えたらしい。こいつはとんだ新米だ!」
ああああ!どうするどうするどうする!恐怖が一気に思考を奪い去り悲鳴に近い言葉が頭を鳴らす。力んだ手を緩ませることもできずにただ相手を見ることしかできない。
と、その時だった。杖を持っていた右手を黒いもやが包みはじめ、腕を伝って肩まで登り始めた。
「何だよこれ! 離れろよ!」
左手で必死に払うが消える気配はない。くそ、もう散々だ。頼みの観龍者も来なければ疲弊している彼女に頼れるはずもない。万策尽きた。
「あはは! あいつ一人で何やってやがんだ」
「もういい、始めるぞ」
ついに俺に飽きたのかジワリジワリとこちらに歩みを進め始めた。ああ、俺が無力なばかりに人一人すら助けることが出来ないのかと、もやを叩くことすら諦める。
「あんまりうちの主人をいじめてくれるなよ」
絶望に肩まで漬かった俺とは対照的に、彼女は語気を荒らげた。
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