第10話 緑地を狩場に
狭い空間に身を寄せ合うように乗り込む。見慣れない道具やら武器やらに少しテンションが上がるが、これから約一日かけて望まぬ場所に連れていかれると思うと、上がった気分も滅入ってくる。
「すまないな、少々きついと思うが、なに、話でもしてひと眠りすればすぐに着くさ」
「いえ、乗せてもらえるだけでもありがたいですよ」
本当は今すぐ降りたい。だが、正直に言えば龍に興味もある。このまま便乗しておけば、狩りに参加せずとも傍から異形の怪物を観察できるかもしれない。
なにより、これからは何事も前向きに考えないと精神がもたない。帰る方法も分からない状況で、絶望の沼にはまってしまうのは避けたい。
滅入った気分を誤魔化すように質問をぶつける。
「このでっかい槍のついた台は何に使うんですか?」
「ああ、それは拘束具だよ。暴れる獣や龍なんかに撃ち込んで動きを止めるんだ」
「へえ~、今回も使うんですか」
「いや、基本は防衛のためにしか使用しないな。元々定点防御のために開発されたもので、よほどのことが起こらない限りまず出番はないな」
それでもこれを運んでいくということは、少なからずその危険があるのだろう。すると、何処からか低く唸るような音が響いてきた。
「さあ、出発の時間だ。忘れ物はないな、と言っても剣一本だけだったな」
兜から茶化すように爽やかな笑顔を覗かせる。そうしてゆっくりと動き出す荷車。これでもう戻ることは出来なくなった。
門を抜けると、生活の見られた繁華な街並みから、大きな木々が道を囲うように群生する光景に変わる。その間をゴトゴト揺らしながら進んでいく。
「そういえば、他の騎士の方々はどこにいるんですか?」
「この荷車の一両目に乗っているよ。他の隊も列に点在しているはずだ。我々の仕事に護衛も含まれているからね」
そうなんですね、と荷車が二両編成であることを今知る。本来は備品置き場として活用するはずだった二両目を、わざわざ開放してくれたから、こんなに狭いのだろうか。
「ほかにも、君が椅子の代わりにしているその箱、中に爆発する槍が入っているぞ」
「へえ!?」
思わず変な声が出る。
「あはは、心配しなくてもそう簡単に爆発しないさ」
「脅かさないでくださいよ。はあ、それでこの危険物はなにに使うんです?」
「簡単な話投げつけて爆発させるのさ。対象は特に決まっていないが、硬い敵によく使われるかな」
硬い物、壁とか盾だろうか。なんにしても物騒なものだ。そんなものを尻に敷いているのは心地のいいものではないが、贅沢を言えた立場でもない。
そうとは知らずに、隣でいつの間にか呑気な寝息を立てている彼女がうらやましい。
これ以上驚かされても心臓に悪い、話題を変えよう。
「ところで、なんでこんな暗くなってから出発するんですか。道は見えづらいし明るいときの方がいいんじゃ?」
「それは到着したときに明るい方が都合がいいからだよ。夜に設営なんかしてたら襲われかねない、そこで、日が昇っている間に到着してことを済ませてしまおうって考えさ」
「へえ~」
そのあと、狩猟の目的が生息地に隣接する農地の保護にあること、殲滅を目的としていないため過度な狩猟が禁止されていることなど、色々と教えてもらっているうち、うつらうつらと眠りに落ちた。
どのくらいたっただろうか、尻の痛みに起こされて目を覚ます。横では相も変わらず眠ったままの彼女。俺に気が付き、『おはよう』とザイウスさんが声をかけてくれた。
空はうっすらと白んでいて、そのうち日が昇り始めた。これが太陽であったならその方角が東である。だが、今は違う。
「そろそろつく頃だろう」
そう言われて再度外に目を向けると、視界を遮っていた森林のかわりに、ただひたすらに草原が広がっている。
「ここは?」
「農地を抜けた少し先さ、もうすぐお尻の痛みともおさらば出来るだろうね」
心を見透かしたような言動に、ドキリとするが、騎士と言えど俺と同じく辛いのだと気が付き、ひそかに笑う。
辺りが完全に夜を忘れた頃、車列が忙しなくなる。目的地が近いらしい。
「さ、仕事の時間だ。すまないが席を外すよ」
兜をかぶり直し不安定に立ち上がると、備品を跨いで前に向かい、一両目の騎士に話しかけている。
少しして戻ってくると、今度は後ろに向かって手で合図を送る。いよいよ到着の時であろうか。
「よし、ここから先は少し揺れると思うが我慢してくれ。道と違って整備されていないところを進むからね」
「草原に止まるんですか」
「その通り、そしてそこが今回の宿泊地さ」
そう言い終わらないうちに、草原に乗り上げると揺れが激しくなる。
「なんだよ、まだついてなかったのかよ」
激しい揺れに起こされたのか不機嫌が横から飛んできた。硬さにも平気な顔で寝ていた彼女だが、さすがにこれは無理だったらしい。
「もう少しの辛抱だ、すぐに着くよ」
ザイウスさんがそう窘めてくれるが、しかめっ面は治らない。ゴトゴトゴトゴト揺られていると、そのうちゆっくり止まり始めた。
「さあ到着したぞ! 降りたら散策でもして待っていてくれ。だが、あまり遠くには行かないでくれよ、すぐに招集をかけるからな」
痛むお尻とおさらばして、いざ新天地といこうではないか。ゆっくりと荷車を降り大きく息を吸い込む。ああ、嗅いだことが無くても不思議と分かる。緑の匂いだ。
パァン!と痺れた音を立てて尻に激痛が走る。彼女に手錠で叩かれたのだ。
「なにボサッとしてんだよ! 行くぞ!」
子供はどうしてこうも元気なのだろう、と尻の痛みに悶える間もなく、嫌になるくらい鎖を引っ張られる。
「お、おい! あんまり遠くに行くなって言われただろう!」
そんな言葉も気に留めず、グイグイと走っていく。思わず手を放すと今度は草原に倒れこむ。
「あはは、気持ちいいな」
何がそんなに楽しいのだろうか。やはり子供の考えはよく分からない。
「気が済んだらそろそろ戻ろうか。すぐに呼ばれるらしいし」
つまんないの、といった感じで立ち上がると、しぶしぶと来た道を戻り始める。荷車まで戻ると、ザイウスさんの車両を先頭に他の車両が集結しており、同じような塊が横に連なって続いていた。
ザイウスさんを探していると、騎士隊の中に見慣れない女性が一人見えた。緑の服装に大きな双眼鏡、男性に引けを取らない身長にスラッとした顔だち、誰だろう。
「ああ、ミスイ君。もうすぐ招集をかけるから、他の参加者と一緒に待っていてくれ」
「はい、ところでこの方は?」
女性に一瞥して尋ねる。
「そうか、知らないのも無理はないね。こちらは」
「自己紹介くらい自分でしますよ。初めまして、今回のゲキリュウサイを取り仕切ります タイス・レティーラ です」
「タイスさんはゲキリュウサイの運営をしてくださっている、観龍者の一人さ」
「カンリュウシャ?」
どういった職業か検討が付かないといった顔をすると、タイスさんが補足してくれる。
「観龍者とは、龍の生態調査ならびに、討伐数の管理などを任されている観測者のことです。以後お見知りおきを」
「あ、ありがとうございます。三水 銀です、よろしくお願いします」
挨拶をすませると、すぐにザイウスさんらに向き直り、また話合いを始めた。ここに居場所はないと感じ、言われた通りに他の参加者のところにむかう。
しかし、ここでも装備の差に疎外感を覚える。居たたまれないでいると、ザイウスさんとは違う騎士が現れた。
「ちゅうもーーく! これより設営を始める! 各班速やかにこれを終わらせた後、騎士隊の荷車に集合し待機せよ! それでは始めろ!」
号令とともに各々準備に取り掛かる中、二人取り残されてしまう。そもそも泊りの準備などしていないのに、どうしろと言うのだ。すると、先ほどの騎士が話しかけてきた。
「ミスイさんですね。隊長から話は聞いています。あなた方には我々の設営を手伝ってもらいますので、こちらへ」
「は、はあ、分かりました」
ザイウスさん、ここまで手を回してくれるとは、どこまで出来た人なのだろうか。剣のだしに使った調本人は尻を叩くだけなのに。だが、初日のあれが大きすぎて強く言える立場でもない。
荷車に戻ると見慣れた姿が無く、他の騎士隊と合流しているとのことだ。屈強な男たちに囲まれて一人、体に鞭を打って節々に悲鳴を感じながら荷物を降ろしていく。彼女はジャラジャラとさせながら、暇そうにこちらを窺うのみである。
お昼頃だろうか、空腹が限界を迎えた頃ようやく設営が完了すると、タイスさんが様子を見に来た。
「設営、終わったみたいですね。一息ついているところすみませんが、討伐可能数と滞在期間の最終調整が出来ました。参加者の設営が完了次第伝達お願いします」
「了解しました。それで結果は」
「はい、討伐可能数は二十四頭、滞在期間は四日。日が落ちたら解禁です。合図は閃光で行います。参加者の皆さんには信号弾の配布を」
「ではそのように」
言い終わると馬?のような生物に乗ってどこかへ行ってしまった。忙しい仕事である。
「今聞いた通りです。どうやら参加者も設営を終わらせた様子なので、これから伝えてきます。ミスイさんは休んでいてください」
「それじゃあお言葉に甘えて、ありがとうございます」
久しぶりの肉体労働に打ちひしがれていると、彼女が近づいてきた。
「なんだ、逃げられたかと思ったよ」
「は、まさかこんなところで逃げるかよ。それより屋台が出てるみたいだぜ」
「丁度いいお腹がすいてたんだ」
起き上がり鎖を持つと彼女の言う方に歩き始める。この鎖はもはや形としての役割だけである。
思いの他歩くといい匂いが漂ってきた。一団がまるまる屋台になっているようで、その屋台の一つから、よくタレのかかった串刺しのお肉を頂く。お代は術法鉱でやり取りされ、ここでザイウスさんの忠告の意味が分かった。
ブラブラとキャンプ地まで歩いていると、いつの間にか日も落ちかけている。そろそろ開始の時間になるだろうか。
キャンプ地に着くとザイウスさんが戻ってきていた。
「おお、戻ったか。もうすぐ開始の合図があるはずだ。だが、手柄を焦ってすぐに出発すると痛い目にあうぞ」
「そうですね、第一装備もそろってないですし」
「そうだったそうだった、もう渡しておこうか。明日からは我々も忙しくなるからな」
荷物から皮の鎧と短剣を借りるが、彼女はそんな鎧が役に立つものかと受け取らなかった。
日が完全に落ち辺りが焚き火が染まると、軽い破裂音とともに閃光が空を照らした。
「さあ、合図が出たぞ!」
静かに幕が上がった。
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