第7話 不機嫌な可愛らしさとは
広場を離れ両替商を探す。最初に立ち寄った冒険者組合でまんまと術中にはめられたため、今度は両替商に頼ることにした。
話によると金品を扱うため、街中央の大きな広場に位置しているらしい。早々に換金を済ませてそれから服を買おう。彼女のみすぼらしい恰好は嫌が応にも周囲の視線を集めてしまうので、連れていてあまり気分のいいものではないのだ。
そんな考えをよそに相変わらずツンとした態度を続ける彼女。身なりが整えば多少なりとも機嫌がよくなるかもしれないと淡い期待を持つ。
時折感じる奇異の視線を避けるように歩いていると、遠くから賑わいが流れてくる。少し行くと先ほどよりも大きく開けた広場に出た。ここか。
どうやら市場になっているらしく、客を呼び込む声やらで活気にあふれている。流れる人混みをかき分けゆっくりと進んでいくと、大きく反対側に出たらしく商館らしい建物に突き当たった。
市場を囲うように並ぶ建物の中から両替商を探す必要がある、だが、読めない。店の名前らしく書かれた文字はあるのだが、これでは判断できない。
仕方ない、一か八か彼女に頼ろう。
「な、なあ」
「ん?」
「字、読める?」
一瞬何を聞かれているのか分からないといった顔を見せたが、意味が分かったのか次第に険しい表情に変わっていく。
「お前、バカにしてんのか?」
「そ、そういうことじゃなくて!」
また言葉の選択を誤ったらしく、怒らせてしまった。言葉は分かるが読み書きが出来ないことを伝え、何とか彼女を落ち着かせる。
「それで、両替商がどれか教えてほしいんだけど、頼めるかな?」
「なんだそういうことかよ。いいぜ、任せな」
一軒一軒見てまわり、七軒目に差し掛かったところで足を止めた。
「ここだな」
どれも同じように木組みで出来た建物であったが、これだけは扉が鉄で作られているようだ。
「ありがとう」
「文字が読めないとは難儀な野郎だ、奴隷だってそれくらい出来てるのにな。まあいい、さっさと用事済ませちゃおうぜ」
人の事情も知らないでよく悪態を付けたものだ。来たくて来た世界ではないのだからどうしようもないだろう。と言いたかったが、彼女の厚意と腕力にぐっと言葉を呑み込む。
少し重めの扉を開け中に入ると、簡素な内装が目に映る。少し奥に受付用のカウンターがある以外は椅子がいくつかあるだけで机すらない。
受付につくと、若い女性がカウンター越しに挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませ。どの様なご用件で?」
「こんにちは、術法鉱を半分ほど両替してほしいんです。お願いできますか?」
袋をカウンターに載せ、中を見せる。
「かしこまりました! 半分ですね」
皿を二つ取り出し天秤に載せると、袋からゴロゴロと中身を移し始めた。そうしてちょうど均等になったところで片方をまた袋に戻す。
「はい、こちらは先にお返ししますね」
差し出された袋を受け取っていると、今度は棚から四角形をした物体を取り出し、空いた皿に載せ始める。
「こちらですと、黒四枚、青十二枚の黄六枚ですね。よろしいですか?」
「はい、それで大丈夫です」
何を言ってるのかさっぱりだが、ちゃんと計測したらしいのでたぶん大丈夫だろう。
「では、替えてきますのでお待ちを」
そう言うと受付奥の扉をあけ奥に引っ込んだ。手持無沙汰でカウンターにもたれかかり、彼女を見る。
やはり汚ならしい格好ではあるが、前髪から覗かせる赤い瞳と、その白髪はとても美しく見える。
目があった。
「騙されてなきゃいいけどな」
まさか話しかけてくるとは思わず面食らう。こういった場合なんと返事をすればよいのだろうか。まあ、他愛もない会話なんだから変に取り繕う必要もないだろう。
「そうだね。俺よりも君が話してくれた方が、相手も騙そうなんて思わないかもね」
「ああ!? そりゃどういう意味だ!」
あ、しまった。こんなことを言えば誰だって怒るにきまってる。すぐさま誤魔化しを入れる。
「いや、俺よりも頼りがいがあるといった意味で」
その時、ガチャリと扉を開け受付が帰ってきた。
「お待たせしました! あら、座って待って頂いても良かったんですよ」
「ふん、まあそういうことにしておいてやるよ」
良かった。受付嬢になにがあったのかと不思議そうな顔をされてしまったが助かった。
「では、枚数のご確認をお願いします」
皿に載せられたそれを確認する。木札と言うよりは小指ほどの大きさをした四角いメンコに似ている。
それが黒・青・黄と三つに色分けされており、持ってみると少し重みがある。
「これが通貨ですか」
「ええそうですよ。黒四枚、青十二枚、黄六枚。確かにありますよね」
「え、あはい」
「これで取引は終了です! またのご利用お待ちしてますね」
案外あっさり終わるものだな。足を運んだついでに色々聞けないだろうかと思案する。そうだな、宿のあてが欲しい。
「両替とは関係ないんですけど、宿の場所って分かったりしますか?」
その質問に対してあまり良い顔はされなかった。が、ちらりと俺の横にいる彼女を見ると、ウフフと小さく笑った。
「そうですね、本来そのような仕事とは関係ない質問はご遠慮いただいてるんですが、そちらの可愛らしいお連れ様のためにお教えしましょう! いいですか、特別ですよ」
なんだか分からないがまた彼女に助けられたらしい。簡単に地図を描くとそれを渡してくれた。
「そこの丸印がついてる一帯に宿が集中してますので、お好きなところどうぞ!」
「助かりました! ありがとうございます」
それではと手を振り見送ってくれる受付嬢に頭を下げ出ていく。早々に教えてもらったところに行きたいが、彼女の身なりを整えなければ。
市場にはあいにく服の類は無いらしく、宿に向かう道すがら探すことにした。彼女に趣向を聞いてみたが、着られるなら何でもとのことだ。
「ここでいいだろ」
適当に目ぼしを付けて彼女に引かれ店に入る。店主にはスカートタイプの服を勧められたが、ズボンがいいとのことで、それに合わせテキトウに長袖を選び購入した。
不満はないようだがこんな地味な服装で良かったのだろうか。まあ、女性に服など選んだ経験のない俺に、とやかく言われる筋合いはないのかもしれない。
素足でも問題ないと言われたが、ついでだからと靴も購入した。なんだかんだで結構な金額を使ったらしく、黒二枚、青三十枚ほどにまで減った。いまいち実感はわかないのだが。
だいぶ歩いただろうか、明るく染まっていた空も、いつの間にか闇に包まれようとし始めたころ、教えてもらった辺りに着いたらしく宿が連なっているのが見える。
一応地図を確認すると、小さく書かれた文字が目についた。読んでもらおうと彼女に地図を渡す。
すると、腹を抱えて笑いはじめたではないか。ジョークでも書かれていたのだろうか。
ひとしきり笑った後、落ち着きを取り戻したようで、涙を拭い口を開いた。
「ばかみてぇ、『奴隷と言えども女性ですよ! 機嫌をとるのは男性のお役目です!』だってさ!」
「な?!」
「せいぜいよろしく頼むぜ、旦那様」
茶化すように言うと、またケタケタと笑い始める。
また余計なことを書かれていたか!ああもう、ここの世界の住人はそういう性分らしい、と割り切るしかないのか......
だが、楽しそうに笑う彼女を見られたのは少し嬉しくもあった。機嫌も良くしてくれたようなので、怪我の功名とでも思っておこう。
「はぁ、まあいい。ここら辺で宿を取ろうか、どこがいい?」
「雨風しのげて、眠る場所があればどこでも」
こちらの基準が分からないので聞いているのに、これではどうしようもない。
仕方なく、それなりに繁盛していそうな外観の良い宿選ぶ。もちろん彼女に確認をとったので宿であることは間違いない。
一泊青二十三枚、価値観に慣れないがここでいいだろう。鍵を受け取り部屋に向かう。ベッド一つに机と椅子が一つ、一人で休むだけならこれでいいのだろう。が、彼女はどうするつもりなのだろうか。
というのも、部屋を二つか、もしくは寝床の分かれている部屋にするつもりだったのが、
「奴隷にそこまでする必要ないですよ」
と笑われたあげく、彼女もどうでもよいとのことで寝床が一つなのだ。費用が浮いたのは嬉しいが、ベッドを独占するのも心ぐるしい。
疲れも手伝って、とりあえずと思いベッドに倒れこんだが、そのまま睡魔に負けてうつらうつらとし始める。まあ、心配しなくても寝る場所くらいどうにかするだろう......
いきなり脇腹に強い衝撃を受けベッドから転げ落ちる。痛みで息がうまく出来ない。一体何がと、よろよろと立ち上がる。
ベッドに立っている彼女と目が合った。どうやら蹴飛ばされたらしく、鋭い眼光に体が固まる。こ、ここで殺されるのか!?
「何寝てんだよ、飯に行くぞ!」
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