第6話 弾む剣撃・弾まぬ会話

 さて、自己紹介を済ませたところで彼女から返答はない。試しに「お名前は?」と聞いてみたところ


「奴隷に名前が必要か?」


 とのことで、教えてもらえなかった。上手くやっていける気がしない。当初の予定通り道行く誰かに売ってしまおうかとも考えた。が、そもそも奴隷商でもない一般人から奴隷を買う人などいるはずがないのだ。


 紹介状の店に行く予定も忠告のおかげでつぶれてしまったし、第一お金がない。どうにかして工面したいところだが、さてどうしたものかと思案する。


 あてもなくジャラジャラ音を立てながら歩いていると、ふいに声をかけられた。


「なあ、あんたはなんで奴隷なんか探してたんだよ」


 意外なことに彼女であった。別に奴隷にこだわっていたわけでも無いが、ここで下手な答えをして機嫌を損ねてしまうのも怖いのでなるべく言葉を選びながら、しかし、率直に答える。


「そ、そうだね。仲間が欲しかったから、とか?」


 すると、彼女の顔が歪むやいなやアハハと周りに注目されてしまうくらい、大きく笑った。


「仲間が欲しくてだ? 馬鹿言ってんじゃねえ。お前の言う仲間ってのは、こうやって鎖でつないで連れ歩くものなのか?」


 返答として最悪だったらしくまた不機嫌になっていく。鎖を握る手が重く感じる。そんなどんよりとした空気を割くように、突然活気が流れ込んだ来た。


「さあ皆々様! ここに並ぶは血気盛んな聖都の新兵たちでございます! この中の誰か一人に一撃でも当てられたら、術法鉱をご進呈! 腕に自信のある方なら誰でも! ご参加いただけますよ! 料金は5黄でございます!」


 紫色の衣装に身を包んだ男が、声高々に呼びかけをする周りに、賞金がでるらしく人だかりが出来ている。たぶん5黄てのが通貨のことだろうか?術法鉱とやらに価値があるなら、手っ取り早くお金を工面するには好都合であるが、鍛えられた兵士に勝つ腕も金もない。別の方法を探ろうと考えていると、


「お前、私の実力知りたくないか?」


「へ?」


「へ、じゃねえよ。勝ってきてやるて言ってんだよ」


 突然の申し出に戸惑ってしまったが、確かに彼女なら兵士相手にも太刀打ちできるかもしれない。しかし、肝心の参加費が......


「費用が、無いんです」


「はあ!? 費用がないだ? はー、とんだ奴を主人に持っちまったな」


 深くため息をつかれ、申し訳なさで委縮してしまう。


「任せな、それもどうにかしてやるよ」


 またまた意外な提案が飛び出してきた。 


「どうにかって、どうやって?」


「まあ見てな」


 そう言うと、鎖ごと俺を引っ張るようにして群衆をかき分け、広場に躍り出た。


「なあおっさん、挑戦してやるよ」


「これはまた礼儀のなってない奴隷だ。口の利き方に気を付けるんだな。まあいいだろう、聖都は寛大である。ゆえに、奴隷の挑戦であっても受けようではないか!さあ、料金を払いたまえ」


「それがさあ、こいつ1黄も持ってないんだよ。そこで、私が勝って術法鉱から払ってやる」


「なにをふざけたことを。払うもん払えないならどっかいってくれ! バカがうつる」


「はあ!? 勝てるんだからそこから出すって言ってるだろ!」


 彼女の言っていることは滅茶苦茶である。が、こんなことになったのも不甲斐ない自分のせいであると思うと、申し訳ない気持ちになる。


「まあいいじゃないか。元々新兵の教育、お披露目をかねての催しだ。収益を目当てにしているわけじゃない」


 言い合う男の後ろからぬぅっと出てきた、全身銅色の甲冑の男が諭すように語りかけた。


「まあ、あなたがそうおっしゃるなら。いいだろう! その申し出も聖都は寛容に受け入れよう! さあ、そこの主人よ、手錠を外したまえ」


 言われるがままに外すと、手をブラブラし伸びをした。


「さて、誰が相手をしてくれんだ」


「そうだな、誰か自信のある者は!」

 

 銅甲冑の呼びかけに新兵たちが顔を見合わせる。


「はい! 自分がいきます!」


 どうやら銅色があの中で一番偉いらしく、新兵はそろって白色の甲冑を身につけてるので分かりやすい。


 新兵は彼女に木刀を差し出して、それから説明を始めた。


「いいか、ルールは簡単だ。その木刀で一撃でも俺に浴びせられたらお前の勝ちだ。俺は見ての通り全身鎧だから、遠慮せずたたいてもらっていい。まあ、ケガをしないうちに降参した方が賢いがな」


「は、そのセリフそっくりそのままお返しするぜ」


「それは楽しみだ。威勢だけに終わらないでくれよ」


 両者距離を取って見合い、剣を構え合図を待つ。正直不安でたまらないが、ここは彼女にすがるしかない。


「はじめ!」


 合図を皮切りに両者ともジリジリと距離を詰め始める。奴隷という立場仕方のないことなのかもしれないが、観衆は一様に彼女に向かってヤジを飛ばす。しかし、そんなことをものともしていないのか、彼女はとても楽しそうに見えた。


 決着はふいに訪れた。相手がいきなり踏み込んだかと思うと、素早く距離を詰め、斜め上から切りかかった! 瞬間、彼女は剣を斜めに構え、寸でのところで剣撃を滑らせ、踏み込んだ足を蹴飛ばし、体勢を崩したところで脇腹に鋭く一撃をいれて見せた。


 バキンと鈍い音を立て木刀が宙を舞う。新兵がグウと低くうなり地面に手をつく。その呆気なさに一瞬事態を呑み込めず静けさに飲まれるが、


「勝負あり! そこまで!」


 の言葉に辺りをどよめきが包み始めた。彼女は勝者を告げる言葉を聞き、満足げに笑みをこぼすと進行役の男に近づく。


「さあ、約束通り術法鉱をよこしな」


「まあ待て。奴隷に分からんかもしれんが、物事には順序がある」


 そう窘めると、ざわめく観衆に向かって声高々に話し始めた。


「聖都は何者にも等しく寛大である! 奴隷であっても例外ではない! さあ、その健闘を称え報酬を受け取るがいい!」


 差し出された袋を強引に奪い取ると、笑顔のまま戻ってきた。何がそんなに良かったのか分からないが、上機嫌な彼女に少しほっとする。


「ほら、勝ってきたぜ」


「ありがとう」


 袋を受け取ると礼を伝えたばかりの彼女に手錠をかけなおす。少し思うところもあるが、自分の身を守るためだと言い聞かせる。


 進行役の男が催しの終わりを告げると、観衆は散っていった。受け取ったこれをどうしようかと悩んでいると、先ほどの銅色の男が話しかけたきた。


「いい腕をした奴隷だ。どこで手に入れたんだ?」


 奴隷呼びが気にさわったのだろうか、途端に彼女が不機嫌になる。余計なことをと思いつつも男の質問に答える。


「さっき、近くの商館で引き取ったばかりです。それで......」


「ああ、自己紹介がまだだったな。聖都第七騎士隊隊長、タンデイル・ザイウスだ。今はわけあってあの新兵達を任されている」


「三水 銀です。それで彼女は」


「教える義理はないね」


 予想通り、この人はそれなりの地位にいるようだ。一挙一動に風格が現れている。しかし、そんな人物に対しても例外なく名前を教えない、彼女の徹底ぶりに、感心さえ覚える。


「まあ、名前など大した問題ではないさ。それよりも新兵を負かせてみせたその腕だ。あいつらも新人とは言え、それなりに訓練は積んできている。女と思い勝負を焦りすぎたと弁明していたが、それだけではないだろう。一体どこで剣の腕を磨いたんだ?」


 その質問に対しても彼女は口を閉ざす。気に入らないのかもしれないが、この空気の中に立たされる俺の身にもなってほしいものだ。


「これも答える義理はない、か。ああ、いきなり話しかけて悪かったね。それじゃあ失礼するよ」


 立ち去ろうとするところを引き留める。理由はどうあれ友好的に話しかけてくれたのだから、聞きたいことの一つや二つ聞いておくべきだろうと考えたからだ。


「すみません。この術法鉱を通貨に替えたいんですが、どうすればいいか教えて頂けませんか」


「そういうことなら、冒険者組合か、もしくは両替商のところに行くといい」


「ありがとうございます! それでもう一つゲキリュウサイについてなんですが......」


「君らも参加するのか。そうか、なら両替は必要な分だけにしておくといい」


「え? それはどうして」


 そのときザイウスを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら新兵が呼んでいるらしい。


「すまない、もう行かなくては。失礼するよ」


「引き留めてしまってすみませんでした」


「いや、気にすることはない。それじゃあ」


 ゲキリュウについて聞くことは出来なかったが、とりあえず行先は決まった。組合にはあまり良い印象がないので両替商のところへ行くことにする。まだまだ長い一日になりそうだ。




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