第4話 必要条件の出会い

 奴隷と聞いたときは耳を疑ったが、魔術が存在するらしいこの世界に、自分の常識を当てはめること自体間違いなのだろう。


 ずいぶん良くして貰った男に別れを告げ、地図を頼りに道を進む。奴隷の響きはあまり良くないが、無一文の身にとって無料の誘惑は大きなものである。それに、自分で使役せずとも、どこかのもの好きに売りつけることが出来るかもしれない。


 教えてもらった通りに進んでいくとこれまた随分と大きな建物が姿を現した。奴隷商とはそんなに稼ぎの良い商売なのだろうか。不信感は拭えないがともかく中に入る。


 やはり景気は良いようで、内装も先ほどの組合にくらべ凝った装飾がなされている。商談に用いるのだろうか、座りのよさそうな椅子にガラス作りのテーブルが並べられている。しかし、肝心の客も店員もいない。受付のカウンターを覗いてもそこに人影はなく、呼び鈴らしきものがあるだけ。

 

 仕方なく鈴を振ると、カランカランと音が鳴る。しかし、誰も出てこない。今度は大きく鈴を振る。するとカウンター奥の扉からヌッと無精ヒゲをはやした男が現れた。

 

「今は営業してないよ。出直してくれ」


 ぶっきら棒にそう言い捨てると眠そうに大きくあくびをした。おかしいな、地図を読み違えたか? まあ紹介状を見せてからでも、退店するのは遅くないだろう。


「あの、紹介状を預かっていまして」


「紹介状? どこの」


 ずいぶん不機嫌らしいのか、これで間違いだったら怒鳴られかねない雰囲気だ。ビクビクと紙を差し出す。


「ひ、広場の冒険者組合からのです」


 紹介状を出すと奪うように受け取り、中身を読み始めた。すると、眉間にしわを寄せさらに不機嫌な顔に変わっていった。やはり間違いだったか。


まずいと思いつつ、紹介状を置いていくわけにもいかないので男が読み終えるのを待つ。


「あのダブリンめ、まじで見つけてきやがったのか」


 男は舌打ちし、それからため息をついた。場所は合っているようだが、男の態度と言いどうにも状況がつかめない。


「いいぜ、ついてきな」


 棚からジャラジャラと鍵の束を取り出すとカウンターから出でくる。どうやら紹介状は頼りになったらしい。


 受付横の扉の鍵を開け、地下に続く階段を降り始めた。おずおずとその後ろをついていくと、その先に今度は鉄製の重々しい扉が現れる。するとふいに男が口をひらいた。


「どうせタダで奴隷が手に入るだの、上物の女がいるだの、うまい話だけ聞いてのこのこやってきたんだろ」


「ええ、まあ、そんな話でしたね」

 

 今、女と言ったか? そんな話聞いてなかったが、貧弱な力でも扱える可能性がありそうだ。


「は、おめでたい奴だぜ。いいか? 上手い話には裏がつきもんだ。これからお目当ての奴隷に会わせてやるが、そこだけは肝に銘じておくこったな」


 たしかに、普通の奴隷が売れ残るものだろうか。もし病気持ちとかだったら売るに売れなさそうだし、持てあますだけに終わる。ここに来たことを後悔し始めていると、ガコンと大きな音を立てて鍵が外され、ゆっくりと扉は開けられた。


「久しぶりの面会だぜ。せいぜい未来のご主人に愛想よくするんだな」


 鉄格子に向かって男が話しかける。すると声が返ってくる。


「は! 言ってな、ろくでもねえ奴ならてめえ共々ぶっ殺してやるよ」


 そこに居たのは白髪を腰まで伸ばした少女だった。

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