第3話 こんにちは異世界

 喉焼けるように熱く、息をする度に体に痺れを感じる。これもすべてあの頭のおかしい女のせいだ。なにが異世界だ、なにが女神の加護だ。

 

 怒りと気分の悪さで頭がぐちゃぐちゃになっていく。

 

 そんな状態のままどのくらい横になっていただろうか。渦を巻き続けていた思考が次第にはっきりして、体もだいぶ楽になったきた。


 何とか体を起こし揺れる視界で周囲を見渡すと、また、見慣れない景色が広がっている。 

 

 芝生が体を優しく支え、周りには木が生い茂り、少し遠くを見ると簡素に整備された道が続いているのが分かる。

 

 もしかして今までの出来事は悪い夢で、ここはもとの世界で戻ってこれたのか、それとも本当に異世界とやらに連れてこられたのか。疑問は尽きないが、今は確認するすべがない。

 

 行く宛も手掛かりもなく、仕方なしに人の手で整備されたであろう道をたどりとぼとぼ歩いていく。


 それからしばらく道なりに進んでいると、それまで静かであった森の中に音が響き始める。

 

 この先に人がいるのか、あるいは町でもあるのか。どちらにせよここがどこか知る大事な手がかりには違いない。


 そう考えると、先ほどまでの気だるさが消え失せ、期待を胸に駆け出す。

 

 それからすぐに森以外の存在が目に入ってきた。それは木材で出来たような門であった。


 だが、門番もいなければ肝心の扉も開いたままで、不用心とは思うがこちらとしては好都合である。


 門をくぐると、建物が連なる街並みが姿を現した。人工的な構造物とそれに人の姿も確認でき、見知った環境に歓喜が満ち溢れる。


 しかし、喜んだのもつかの間。すぐに違和感に気が付いた。家がどれもこれも木組みで建てられたようなものばかりで、見慣れた現代作りの建物は一切見当たらない。


 道行く人の服装も、ダボッとしていて色味も薄く地味な格好ばかりである。言うなればどこか古臭いのだ。


 歓喜が一変して落胆へと変わる。今ある情報を精査すると、ここはあの女の言った通り異世界に他ならないように思える。


 だが、まだそうと決まったわけではない。観光地の可能性もまだ十二分に残されている。いや、きっとそうに違いない。

 

 とにかく話を聞いてみよう。道に迷ったなら頼るべきはお巡りさんだ。ならば交番の場所を聞けばすべて解決するだろう。


 なるべく話の分かりそうな人を探し、柔和な顔の男性に声をかける。この際皆が金髪であることには目をつむることにする。

 

「す、すみません。すこしお伺いしてもよろしいですか?」


 どうだ。もしかして日本語は通じないのか。そんな不安をよそにすぐに返事が返ってきた。

 

「ん、何だい」


 よし、言葉は通じる。あとはここが日本か、あるいは日本語の通じる観光スポットであることを願うばかりである。

 

「そのですね、交番の場所を教えてもらいたくて」


「こうばん? なんだいそれは」


 しまった。英語の方が良かったか。たしか、ポリスボックスだったか。


「ポリスボックスのことです」


「んー、すまないがそれも分からないな。それにしても君、変わった格好をしているね。どこから来たんだい?」


 日本語は通じるのに交番は分からない。英語で聞いてもダメなら語圏が違うのか。それとも、本当に......まだだ、まだ諦めるわけにはいかない。


 そもそも日本語を理解しているなら日本の名前を出すのが手っ取り早い。


「あ、はい。実はここに来るのは初めてでして、日本から来たんですよ!」


 これでどうだろうか。


「すまないが聞いたことのない地名だな。ここらじゃその黒い髪も見かけないし、ずいぶんと遠くから来られたようだね」


 希望を託した発言は粉々に打ち砕かれた。この人がたまたま日本の記憶だけすっぽ抜けてるという馬鹿げた話でない限り、ここがもとの世界である可能性はほとんどなくなったわけである。


 仕方がない。ここが異世界であるにしろ、とりあえず情報を集める必要があることにことに変わりはない。どこか手早く状況を知れる都合のいい場所はないだろうか。


「そ、そうなんですよ。それで、観光案内所のようなところを教えて欲しいんですけど。なければ情報の集まる場所とか......」


「情報ねぇ、そうだな、この先をまっすぐ行くと大きな広場に出るんだが、そこに冒険者組合があるはずだから、そこで色々聞くといい。冒険者が出入りしてるからすぐに分かるはずだ」


「ありがとうございます!」


「気をつけてな」


 男に別れを告げると広場を目指して歩みを進める。冒険者組合、随分と嫌な響きである。


 過ぎる街並み全てが馴染みなく、服装も周りから浮いていて、なぜ、俺がこんな思いをしなければならないのかと、惨めになってくる。

 

 ふつふつとあの疫病神に対する怒りを募らせていると、男が言っていた場所であろう広場に行き着いた。冒険者が出入りしていると言っていたが、そもそも冒険者を見たことがないので判断がつかない。

 

 仕方なく広場中央のベンチに腰掛けていると、腰に剣の鞘を提げた女性が家に入っていくのが見えた。冒険者と言えば物騒な格好をしていそうだし、多分あそこだろうか。


 ただ、いかんせん言葉は通じるのに文字は読めないので看板があっても判断材料にならないのだ。


 ともかく行動あるのみだ。女性に続いて中に入ろうと戸に手をかける。すると、強い力で押し返され、中から屈強な男が出てきた。


「ああ、すまない。ケガはないかい?」


「あ、いえ大丈夫です。こちらこそすみません」


 男の風体と言い、ここが組合で間違いなさそうだ。男に頭を下げ、中に入る。

 

 内装はいたってシンプルで、入って正面にカウンター、左に少しスペースがあり丸テーブルを囲って椅子が並べられている。階段も見受けられ、外観からの判断も加えると二階建てといったところだろうか。


 さて、肝心なのはここからだ。一体誰に話かけるべきか。と言っても、先ほど目にした女性もいなければ他の冒険者の姿もない。


 キョロキョロと見まわしていると視線に気が付き、カウンターに目を向けると、恰幅のいい男性が不思議そうにこちらを見ていた。


 この格好で入るなり挙動不審に店内を見渡していれば、そんな目で見られても仕方ない。しかし、他に人もいないので話しかける相手を選り好みしている場合ではなさそうだ。


「なにか御用で」


 訝しげな声が歓迎されていないことを教えてくれた。しかし、ここで怯むわけにはいかない。


「ここなら色々と教えてくれると聞いてきたのですが」


 男が露骨に不機嫌な顔に変わる。何か気に障ることでも言ったのだろうか。


「どこでそんな話聞いたか知らないけどね、ここは冒険者相手に商売してるとこなんだ。道案内が欲しけりゃよそを当たりな」


 ああ、そういうことか。確かに俺など相手にしてくれるはずがあるまい。だが、ここで引き下がれば振り出しに戻ることになる。


 悠長に時間を使っている余裕もないし、ここは嘘をついてでも次に繋げなければならない。


「あはは、イヤだなこう見えても冒険者の端くれですよ」


「そんな格好で? 剣を持っているように見えないし、魔術師の杖も見当たらない。あんた、嘘を言っちゃいねえか?」


「嘘なんかついてませんよ。冒険者になってから日が浅いものでして。それで、ここに来れば冒険者がなんたるかを教えて頂けるかなと」


 すると、男は先ほどまでの態度を一変させ急にニコニコと愛想を出し始めた。

 

「なんだ! そうならそうと早く行ってくださいよ。ということは当然ゲキリュサイにも参加なさるんで? 手続きならうちでもやっていますよ」


「え、ええまあ」

 

 ゲキリュウサイ? なんだかよく分からないが合わせておいた方がいいだろう。


「では少々お待ちを」


 男は奥に引っ込んでしまった。しかし、なんとか難を逃れたようでホット胸を撫でる。


 手続きがどうとか話していたが、もし金銭が必要なら不味いことになるかもしれない。


 そんなことを考えていると、男は手に紙を持って戻ってきた。だが、あんのものを持ってこられても、文字を理解することが出来ない以上、話が振り出しに戻ってしまう。


「ではこちらに署名を頂けますかな。そのあとで冒険者についてもいくつかお教えしましょう」


「あ、えー、申し訳ないんですけど、恥ずかしながら読み書きが出来ないんですよ。こちらの言葉を覚えるのに精一杯で」


「ああ、そうでしたか。ではお名前を教えて頂ければこちらで代筆いたしますよ」


「ありがとうございます! えーと、三水 銀 でお願いします」


「ミスイ ギン さんですね、はい確かに!」


 読めない文字で俺の名前を書き記すと、その横に判子を押した。しかし、まだ問題が残っている。


「あのー、これって何かお支払いしたりは」


「ああ、大丈夫ですよ。なんたってお祭りですからね、来るもの拒まずてやつですよ」


 ここまでしてもらって払えるものがないなど言える程肝は座っていない。


 それから、冒険者についても教えてくれるということで、先ほど目に付いた丸テーブルに移動した。

 

「で、ギンさんはなにを専門にしてらっしゃるんですか?」


「んと、えーあ! そう、先ほど言われていた魔術ですよ」


 何があるのかも分からないし、女性が持っていたような剣を扱っている体には到底見えないだろうと思い、魔術を選択してしまった。まあ、今だけ話を合わせていればよいだろう。

 

「ははー、魔術をねぇ。そうですと、触媒か杖はお持ちで?」


「いえ、それをどこで揃えようかと悩んでいまして。どこかそういった専門店はありますかね」


「それでしたら知り合いが店を開いておりますので、紹介状とそれから地図もお書きしましょう」


「何から何まで助かります」


 案外、話してみると良い人のように思える。最初に道を教えてくれた人も親切であったし、それなりに治安のいい場所なのかもしれない。


「いえ、何事も助け合いですから。あそうそう。見たところおひとりのようですが、誰かと組まれたりはしていないんですか?」


「この辺りに来たのも最近で、それに素人もいいとこですから。なかなか仲間になってくれる人は見つかりませんね」


「そうですね~、ゲキリュウサイを目前に控えて、ほとんどの方は既に猟団を形成されています。それに、失礼ながら素人とお見受けしますし、わざわざそんな方をを加入させる危険は冒さないでしょうな」


「そうですか。なら仕方ないですね」


 猟団、つまりチームみたいなものだろうか。考えてもみなかったが、知らない土地で一人右往左往しているよりも、現地人と行動する方が安全に決まってる。


 だが、話の通りなら今から仲間を作るのは絶望的だろう。


「しかし、ゲキリュウサイに一人で参加されるとは、なかなか勇敢な志をしておられる」


「いや、別にそういう訳じゃ」


「ここを訪ねて来たのもなにかの縁。そこで、今からでも仲間を作れるところをお教えしましょう。勿論、紹介状と地図もつけますよ」


「本当ですか!?」


 少しうさん臭くはあるが渡りに船である。使えるものはなんでも使わせてもらおう。


「それでどこなんですか」


「まあまあ、そう焦らないで。簡単ではありますがこれが地図になります。ここ、この印にある店なんですけどね、そこで今ならなんとタダで『奴隷』と契約することが出来ますよ」

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